4話 姉はチートでポンコツです?
翌日。予定通り午前中は討伐系の依頼をいくつかまとめて受注し、余った素材と依頼に関係ない魔物は全て売り払った。またしても午前中のみで1つランクを上げ、Dランクになった2人は異常なほどのスピード出世である。
好奇の目を向けられながらも平然とする2人が向かったのは、これまた予定通り教会だった。
「さて。どうしようか……」
「午前中の依頼で怪我しなかったからなぁ」
教会は大盛況らしく、怪我人が列を作っていた。そんな中、健康体である2人が紛れ込むのも……と考える。
「あ。じゃあこういうのはどう? 適当な怪我人に回復魔法の練習台になってもらって、成功したら依頼を受注して教会へ行くの」
「ああ。それならこっちも気兼ねせずに教会へ行けるし、いいんじゃない?」
失敗することも考えて、すでに並んでいる人には声を掛けず、一度冒険者ギルドへ引き返すことにした。あそこなら多少の傷くらい放置してそうな人がいそうである。
「悠、悠、あの人とかよさそうじゃない?」
「声かけてこよう」
探す条件としては、失敗しても成功しても後腐れがないことである。今の所、他者とパーティを組む気がない2人なので、回復魔法が使えることで勧誘を受けることは面倒な事この上ない。
「あのーすみません」
「あ? 俺か?」
「はい。実は折り入ってお願いがありまして……」
声をかけるのはユウトだが、交渉事はヒメカがつつがなく行い、声を掛けられた冒険者らしい体躯のお兄さん(おじさん?)は、今から教会へ行くところだったから、と快く練習台になってくれた。さらにさらに喜ばしいことに、彼の知り合いにも声を掛けてくれ、一度で2人とも練習することが出来た。最初に声を掛けた方がゴーシュさん、ゴーシュさんの知り合いの方がザライさんというらしい。
「おお。治った、治った」
パックリいっていた腕の傷が一瞬で消える。割と深手だったが案外簡単に治るものだな、と2人が思っているが、それは否定された。
「いやいや。教会の連中もここまで早く治らねえよ。むしろ、初めてでよくこの傷治したもんだよ。二人ともあんがとな」
「こちらこそ、練習台になってもらってありがとうございます。これで教会の依頼を受けられます」
「ああ、あんたらあの依頼受けようとしてたのか」
「こんだけの腕があれば即回復要員に回されるだろ」
2人とも気の良いお兄さんで、Bランクの冒険者なのだとか。若手の育成にも協力的でこのギルドでは割と顔が知られている人達らしい。ユウトは武器屋で騒いでいたBに近いCランクだとのたまっていた冒険者を思い出したが、すぐに頭から消した。思い出してもいいことなどない。
「? なれない人もいるんですか?」
「ん? ああ。俺は使えんから良くわからんが、魔法ってのは個人差が大きいみたいでな。依頼を受けたはいいが、時間がかかったり成功率が低かったりすると調合に回される奴もいるんだよ。その場合報酬が減るんだ。タダ働きにならないだけマシだけどな」
「へー。俺、そっちがいいな」
ぶっちゃけ、回復魔法が使えることが分かった以上、むしろそちらの方がいい。
「いやいや。兄ちゃんも確実に回復要員に回されるだろ。あそこはいつ行っても人手不足だし」
「回復魔法が使える奴は貴重だからなぁ。つーか、調合もすんのか?」
「興味はあります」
「んーじゃあ、知り合い紹介してやるよ。怪我を治してくれた礼だ!」
そういうと、ゴーシュは返事も聞かずに席を立ち、細身の男性を引き連れて戻ってきた。
「こいつはナルっつー冒険者なんだが調合も出来る。ナル。こっちがユウト。調合に興味があるっつーから暇なときに教えてやってくれねーか?」
「初めまして。ユウト・ホウライと言います」
「どうもご丁寧に。私はナル・ニューランです。こんな若者が調合に興味を持ってくれるなんて嬉しいですね」
ナルという男は冒険者らしくない、といったら失礼だが、ひょろっとした体躯と品の良い風貌で、むしろ研究者と言われた方が納得できる。
「ナルは学院卒のくせに素材採集を自分でしたいからって冒険者になった変わり者でな。その分、色んな知識があるから教わって損はないぞ」
「ゴーシュさんのお知り合いなら問題ないですし僕は構いませんよ」
「え、と、それじゃあお願いしてもいいですか? 姉さん、そういうわけだから……」
「ええ。教会へは私一人で行くわ。申し遅れましたがご挨拶させてください。ユウトの姉のヒメカ・ホウライと申します。ナルさん、御手を煩わせて申し訳ありませんが、弟をよろしくお願いします」
ニッコリ余所行き笑顔のヒメカが挨拶すると、初めてヒメカを認識したナルは顔を真っ赤にさせた。
「あ、え、えええええと、その。お、弟さんは、その、しっかりお預かりしますので……///」
「ありがとうございます」
((あ、これは、惚れたな))
ゴーシュとザライは研究バカの春にニヤニヤしているが、ユウトだけは少し可哀想な目でナルを見ていた。
「そ、それでは僕は一度受付を済ませてきますね!」
颯爽と受付へと駆けて行く。
「……では私も依頼を受けてきますね。ゴーシュさん、ザライさんありがとうございました。ナルさんにもよろしくお伝えください」
「「へ?」」
(やっぱり……)
ヒメカはナルの気持ちなどこれっぽっちも気付いていなかった。むしろ、女性慣れしてないのかな? と思った程度。よって、女性である自分は長居しない方がいいよね。という結論を出したのだ。
「姉さん、もう少しここに居たら?」
「ううん。教会の依頼も受けたいし、もう行くわ」
応援するつもりはないが、あまりにも気の毒だと思ったユウトが一応引き留めてみるが、あっさり断られてしまった。
ヒメカがいなくなり、ユウトはポカンとしているゴーシュとザライに一通り説明した。
「……俺ぁそこまで鈍くないと思ったんだがなぁ」
「その方面じゃなければわりと鋭い方だと思います。というか恋愛に興味がないだけかと」
「そっか……ナルには悪いが縁がなかったってことだな」
急いで戻ったのだが、すでにヒメカの姿はなく、ナルは分かり易く肩を落とした。生ぬるい視線を向けられながら慰められる姿があったとか。
一方、ヒメカはすぐに受付で依頼を受け、教会へと来ていた。
「あの、スミマセン。ギルドからの依頼で来た者ですが……」
「え? あ、はい! 助かります! どうぞ裏口から入ってください!」
建物の裏手で休憩中だったらしい、見習い神官服を着ていた少女に声を掛けると、飛び上るほど歓迎された。よく見れば少女は若干気怠そうにしていて、人手不足なのが見て取れる。
さあさあ、と背を押されて案内されたのは神官長の部屋。この教会の神官を取りまとめる人は女性で、仕事の割り振りや細々とした書類仕事などをしているそうだ。
「神官長! 失礼します! ギルドから応援の方が来ました! 美少女ですよ美少女!」
「アーリャ、嬉しいのは分かりますが、少し落ち着きなさい。……初めまして、ですね。私は神官長をしておりますアリアナ・コランと申します」
「冒険者をしております、ヒメカ・ホウライです」
第一印象は大事、ということでヒメカは丁寧なお辞儀を心掛ける。一礼して顔を上げると、何故か驚かれていた。
「あの……?」
「あ、ああ。申し訳ありません。あまりに綺麗な所作だったもので。ヒメカ様は貴族の血筋の方なのでしょうか?」
どうやら少し丁寧過ぎたらしい。ヒメカは姿勢を正すと、余所行きの笑顔を張り付けた。
「貴族様なんて恐れ多いことです。私は平民の出です」
「では親御さんの教育がいいのでしょうね。早速で申し訳ないのですが、こちらへいらしてくださいませ。アーリャはもう下がっていいですよ」
「はい。神官長さま」
アーリャと別れ、神官長の後を着いていくと、そこは教会の治療院。衝立で簡単に仕切られていて、その1つに案内される。
「ヒメカ様は今日が初めてですので私が一緒につかせていただきますね」
「はい。よろしくお願いいたします」
神官長自らが様子見をするとは、と大体の人は緊張するところだろう。だが、ヒメカの肝はそこまで細くない。むしろ、相変わらずのマイペースなチートっぷりが発揮されるのだった。
「はい。終わりましたよ。お大事になさってくださいね」
仕事であるという意識の元、笑顔を心掛けながらもサクサク治療を終えるヒメカに、神官長もビックリである。
「(とても早いし、跡も残らない。それにもう3時間も治療しっぱなしなのに魔力切れを起こさないなんて……)ヒメカさん。もう少し重症の方をお連れしてもよろしいでしょうか?」
「ええと……私、初級の回復魔法しか知らないのですが、可能なのでしょうか?」
「ヒメカさんならば問題ありませんよ。それにいざとなれば私が中位回復魔法をかけるので安心なさってください」
「わかりました。ではお願いします」
それ以降は若干難易度があがったが、相変わらず治療はサクサク終わる。重症といってもゴーシュやザライと同程度の少し深手の怪我ばかりだったのだ。案外拍子抜け、と思ったが、神官長の驚く顔を見るに、言わない方が良いのだと察して口を噤んだ。
一度の治療にMPを10消費しているが、討伐任務をこなした故か、ヒメカの現在のMPは1680。150人ぶっ通しで治療しても余る計算である。
ちなみに、治療を受けた者にも好評であった。新人は時間ばかりがかかって効果がイマイチ、ということも少なくない為、ブースに入ってくる者は少し不安そうにするが、治療後は満面の笑みで帰っていく。早くて確実で愛想まで良い美少女だなんてまさに聖女だ! と。
そんなこんなで夕の鐘が鳴り、お仕事終了である。教会の依頼は働いた時間分+貢献度によっては特別手当を貰える。ヒメカとしては回復魔法の練習、位の感覚なので特別手当はあまり期待していなかったが、報酬の中にはがっつり入っていた。
神官長からはむしろこの程度で申し訳ない、と謝られてしまったが、「こちらも勉強させていただいていますので」と返事をすると、自然と好感度が上がった。
「よろしければ是非また依頼を受けていただけると助かります」
「こちらこそ、ここへはまた来たいと思っていますので、よろしくお願いします」
目指せ、高位回復魔法取得。
ヒメカが宿へと戻ると、すでにユウトが帰っていた。机に向かって薬草図鑑を広げながら書き物をしている。
「おかえり」
「ただいま。すぐ夕飯作るね」
「ありがとう。教会の仕事はどうだった?」
「結構簡単だったよ。神官長がずっと付き添ってくれたし。最初は擦り傷切り傷位の軽傷者相手だったけど、後半はゴーシュさん達位の怪我も治療させてもらえた。それでも、人が途切れることなかったし、人手不足は本当みたい」
なんとなしに言っているが、治療院の神官たちが同じ事をしようとしたら、マナポーション大量消費必須の自転車操業レベルの忙しさなのである。それをケロッとした顔で休憩なく半日続けられるヒメカの恐ろしさよ。
「悠の方こそどうだったの?」
「一先ずポーションとマナポーションの作り方を教えてもらった。けど調合は数こなさないとだから、明日は調合用の素材を採取してくる予定。研究室にはいつでも出入りしていいって言ってもらえたから少なくとも1ヶ月は素材採集と調合の繰り返しかな」
「それなら私も週に3、4回は教会通いしようかな。教会の依頼はギルドポイントつかないから悠とランク離れないだろうし」
「しばらくはほとんど別行動になるな」
「素材集めは協力するよ。『地点登録』があるから一度行った場所なら『地点移動』で転移が出来るし。MPは一か所につき2、転移は一度に50消費するけど悠も覚えておく?」
「ポーション作成以外で魔力使う予定はないし、往復しても余裕あるか……教えてもらえる?」
「じゃあ、ご飯の後でね」
「あ、そうだ。一つお願いがあるんだけど、週1でいいから、俺がナルさんの家に行く日、2人分の弁当を作って欲しいんだけど……調合室にこもりきりでお昼買いに行くのが面倒になりそうでさ」
さすがにナルさんが可哀想だったから、とは言えないユウトである。
「ああ、その位いいわよ」
この世界へ来る前までは、ほぼ毎日家族の弁当を作っていたヒメカには大した手間ではない。簡単に了承を得られたユウトは、内心ホッとした。
その日の夕食も美味しく頂き、『地点登録』と『地点移動』を教わって1日が終わった。
一部修正しました。