36話 温泉に入りたいです。
せっかくヴィーゼへ来たのだからと、町を観光することにした2人だったが、案外すぐに出発を決意した。
「温泉入りたい」
「奇遇ね。私もそう思ったところよ」
借家には風呂場はなかった。なので、魔法で風呂釜や衝立を作っていたが、やはり温泉は別格だろう。
「セキトバやスイとの初めての旅にも丁度いい距離だし、そろそろここを出ようか」
「そうね。そうしましょう」
セキトバやスイは賢いのである程度カバーしてくれるだろうが、騎手が素人に毛が生えた程度となれば、疲労もするだろう。
幸い、ヴィーゼから温泉街までは馬で片道半日程度だし、宿も多いらしいので安心である。
そうと決まれば行動は素早く、借家を返却し、セキトバとスイに会いに行く。2頭の馬具や道中の食事などは商人が用意してもらったので、馬具の装着だけするとすぐにでも出立した。
「スイ、よろしくね」
「セキトバ、頼んだ」
ヒメカがスイに、ユウトがセキトバに乗って出発。とりあえず魔法の補助なしで温泉街へ行くことにした。
「やっぱこの2頭凄いな」
「魔物にも魔法にも怯える様子がなかったわね」
道中、何度か魔物が現れ、ヒメカが魔法で退治&回収したが、全く問題なかった。
セキトバは魔物がどうした、といった感じでむしろそのまま蹴散らしそうな様子で、スイは魔物ってなあに? と言わんばかりにのほほ~んとマイペースに走り続けた。スイが人間だったら鼻歌でも歌っていそうなリラックス加減だ。
「さて。そろそろ休憩にしましょうか」
「昼食だな」
適当な場所で一休み。まださほど疲れてはいない様子だが、練習がてら2頭の世話を一通りやってみる。マッサージは大好評でした。
「エサの配合もその内着手したいわね」
「ポーションも効果があるらしいから俺はそっちの改良かな」
2頭は嬉しそうにしているので、無駄ではなさそうだ。
食休みもしたところで、再び温泉へ向けて出発した。
「着いたー」
「予定より早かったな」
「ねー」
2人が騎乗に慣れたのもあるが、何より2頭の足が速かった。乗っている人間が冒険者の平均より軽かったせいもあるが、荷物を乗せなくていいのもあって馬にとっても快適だったのかもしれない。
「とりあえず宿探し」
「セキトバとスイのお世話は丁寧にしてもらいたいから良い所を探そうね」
良い所を探す=勘だが。
街中で馬に乗ったままは危ないので馬を引きながら良さそうな宿を探す。2人とも運も勘も良い方なので、気の向くままに歩みを進め、とある宿に行きついた。
「「ここにしよう(か)」」
「「決定(だね/だな)」」
意見が割れることもなくさっくりと決まる。
「とりあえず2泊?」
「その位でいいんじゃないか? 温泉に入りたくなったらまた来ればいいし」
「それもそうね」
きちんと『地点登録』している2人は、温泉に入る為だけにここへ『地点移動』する気しかない。お風呂文化に乏しいこの世界でのオアシスである。
わくわくしながら宿へ入っていき、2頭の世話もしっかりお願いするために、平均よりも少し高めにチップを渡して、宿に温泉はついていなかったので、風呂屋へと向かった。
「はぁ……」
念願の温泉につかってほっと一息。
風呂場は男女で別れているのでヒメカとユウトは別々になったが、大体似たようなリアクションであった。
「お嬢ちゃん見ない顔だね。観光かい?」
「はい。温泉があると聞いたので来ました」
「じゃあ温泉は初めてかね?」
「(この世界では)初めてですね。凄く気持ちがいいです」
温泉効果もあって(?)いつもよりも表情筋が緩む。地元民らしき女性と仲良く話しながら、この町のおすすめ情報を教えてもらう。残念ながら温泉まんじゅうはなかったが、蒸し野菜はあるらしい。海が遠いため、海産物は無理だった。
「卵なんかも蒸すと美味しいよ!」
「それは楽しみですね!」
1人と話しているとどんどん増えていく女性達。地元民だけじゃなく、旅の商人や冒険者なども話に加わり、色んなお店の情報が飛び交った。
「もっとお話したいんですが、のぼせる前に上がらせていただきますね」
「おっとそりゃ大変」
「ちゃんと水を飲みなよ」
「ありがとうございます。ではお先に失礼します」
芯まで温まったので話を切り上げて上がることにしたヒメカ。ユウトももう上がっている気がするため、少しだけ急いで着替えながら外へ出ると、予想通り、ユウトが待っていた。
「そっちは賑やかだったな」
「あ、やっぱり聞こえてた?」
「男湯は静かだったしな」
雑談がてら、仕入れたばかりの情報を話すヒメカに、今日の夕食は話に合った蒸し料理の店に決まった。ユウトも魚介類がないことを残念に思い、今度海の近くの町へ行ったら買いだめしようと話しながら食堂へ向かった。
蒸し料理は評判通り美味しく、ユウトはそれ+プリンも食べられたのでご満悦で宿に戻った。
部屋へ戻る前にセキトバとスイの様子を見に行ったが、問題ないようだったのでそのまま宿の中へ。
「やっぱり温泉はいいわねー」
「こっちは基本水浴びだからな。『洗浄』でもいいけどなんか物足りない……」
「石鹸があるだけいいんだけど、自作の方が香りも良いし汚れも落ちるし。化粧水・乳液は完全自作だし」
「よく作り方知ってたよな」
「ネットで調べたことがあってね。精油の方法までは知らなかったから悠が知ってて助かったわ」
「調合に似たようなのがあったからな」
美容には無頓着だが、習慣化していたために、ユウトが調合を習い始めた頃に作った。それから何度も改良を重ね、自分の肌に合わせたオリジナルの基礎化粧品が完成したのだ。
それもまたこの世界では最先端なのだが、2人がその価値に気付くわけがなかった。
温泉に入ったせいか、ベッドでゴロゴロしながら話していると、あっという間に夢の中へと旅立った。




