29話 英雄誕生? その呼び名は辞退します。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
翌日、ヒメカとユウトはランスの工房を訪れていた。
「嬢ちゃん!! 良かった!! 生きてたんだな!!」
「レキさん、勝手に私を殺さないでください。この通り、怪我一つありませんよ」
五体満足なヒメカに、だばぁと音がしそうなほどに号泣する男。ユウトが来た時、レジに立っていた男とは別の男である。
「ところでランスさんはいますか? 昨日、武器がボロボロになってしまって研ぎに出したいんですけど……」
「親方なら組合の会合に行ってる。たぶんもうすぐ戻ってくると思うけど、中で待ってるか?」
「じゃあ、その間お手伝いします。悠もいいよね?」
「ああ」
「そりゃありがたい! 経理の連中が喜ぶぜ!」
レキと呼ばれた男が案内役をしようとするが、下働きの青年に止められて仕方なく別の人に案内を頼んだ。
「レキさんってもしかして結構偉い人?」
「レキさんが売り場に立つと武器がよく売れるんですよ。口も上手いですし、鍛冶も出来るんで説明も丁寧で」
「武器を見繕うのが上手いから、どれにするか迷った時は相談するといいわよ」
「へー」
雑談をしながら歩くと、すぐに目的の部屋へ着いた。この部屋では経理の人間が働いていて、毎日数字と戦っている。名工ランスの鍛冶屋ということで税関も目を光らせているらしく、一つのミスも許されない。そのくせ、そういうことにてんで関心がない職人に、四苦八苦させられている可哀想な部門である。
「「ヒメカさん!!」」
ヒメカ達が入室すると、2人の計理士が歓喜の声を上げる。
「良かった。無事だったんですね」
「最前線にいるって聞いた時は生きた心地がしませんでしたよ」
「御心配おかけしました。でもこうして無事に戻って来られたので。あ、紹介しますね。弟のユウトです」
「はじめまして」
ヒメカの紹介でようやく存在に気付いたようで、少し気恥ずかしそうにしながら計理士2人も挨拶を返した。
「はじめまして。ランス工房の経理をしております、ミュラと申します」
スレンダーな眼鏡の知的美人。キリッとした表情がとても良く似合う。
「はじめまして。同じくトートと申します」
少しふっくらとした壮年男性。ストレスが多いのか、少々頭頂部があやしい。
「あと1人、ローランドさんっていう男の方がいらっしゃるけど今はいないみたい」
「ローランドは親方と一緒に会合へ出かけております。ところでヒメカさん達は……」
「ランスさんを待たせていただく間お手伝いをしようかと」
「おお! それは大変助かります! ですが昨日の今日でお体は大丈夫ですか?」
「問題ありません」
ヒメカの返答にホッと胸を撫で下ろす。それならば、と、遠慮なく仕事を割り振るミュラはさすがであった。
「おーい。こっちに嬢ちゃん達が来てるって聞いたんだが」
「あ、親方。お帰りなさいませ」
「ヒメカさん、ユウトさん、こちらはそのままでいいので。お手伝い、ありがとうございました」
「あん? 仕事を手伝ってもらってたのか?」
「はい。なので最大限便宜を図ってあげてくださいね」
「お、おう……」
ニコニコと笑顔のミュラに何故か顔を引きつらせるランス。どうやら親方よりもミュラの方が強いようだ。ヒメカはそれを知っていたようで、微笑ましく眺めている。
「ま、いいや。武器のメンテだろ。こっちで話すぞ」
場所を移動し、やってきたのはランスの打った武器が置いてある部屋。
「お前さんらが街を守ってくれたお礼だ。この中から好きなのを持ってけ」
「あの……俺達研ぎ直してもらうだけで充分なんですけど……?」
「まあ気にすんな。俺がこの街の英雄に恩返しできることといえばこの位だしよ」
「「英雄?」」
何だそれは。と首を傾げる姉弟に、ランスが説明してくれた。
なんでも、今回の湧きの脅威は関係各所から連絡が入っていて、知らない者はいないとか。キュクロープス1体だけでも普通は甚大な被害が出るという。しかし、わずか7人でそれらを含む魔物の大群を足止めし、街を守りきったという話を冒険者達から聞かされ、瞬く間にその呼び名が広まったのだそうだ。
「何故それが俺達だと?」
「黒髪黒目で剣士と魔法士の姉弟ってんで特定は簡単だろうな。ユウトは冒険者の間で有名なようだし」
ユウトに関してはナストの事が大きいだろう。ヒメカが魔法士なのは、日頃から当たり前に魔法を使うことから知れ渡っている。
「そういうのはナスト達に任せますよ」
「私達はこの街出身というわけでもないですし、ずっと滞在するわけでもありませんから」
この街に常駐している者の方が何かといいだろう、と、適当な理由で辞退したい2人。
「残念だがもうすでに噂は広まってるし、ナスト達も含まれてるからな」
「「えー……」」
そっくりな表情で嫌がる姉弟。しかし、ランスの武器はちゃっかり貰い受け、研ぎ直しもお願いしたのだった。
ランスの店を後にした2人は、一度ギルドへ寄って湧きの情報を集める。結果、現状、魔物の数は昨日より減っており、ピークは過ぎたのではないかと推測できる、との答えが返ってきた。だとすると、最短記録を更新するかもしれない、とも。
キュクロープスとオーガ、ミノタウロスの回収は完了しているというので、解体してもらい、キュクロープスの皮と報酬を受け取ってギルドを出た。
「外は冒険者で溢れてるだろうし、今日は休みにするか?」
「それもそうね。防具を仕立てたいし、服も見たいからゆっくり買い物でもしようかな」
「あー……ボロボロになったしな……」
「着られないことはないんだけどねー」
ヒメカとユウトは比較的マシな方だが、それでもやはり破れたり穴が開いたりしてしまっている。自分達で繕ってもいいが、どうせ防具を仕立てるわけだし、服も新調しようということになった。
「♪~」
「やけに機嫌がいいけど何かあったっけ?」
ファッションに無頓着な部類のヒメカが、服や防具でここまでご機嫌になるわけがない。そう確信するユウトは、鼻歌を歌うヒメカに疑問を投げかける。
「ふっふー♪ MPがついに1万を超えたの!」
今までにない程に目を輝かせるヒメカに、ユウトはフッと遠い目をした。
(姉さんがどんどん強くなっていく……)
食材を見ても喜ぶが、それはなんだか違う気がする。ステータス値が軒並み上がったことを喜んだ朝の自分を棚に上げて、たまには姉に年相応の喜び方をしてほしいと思うユウトであった。




