16話 ワイバーンの巣は宝の山でした。
「ではナタリーさん。数日ほど出掛けてきます」
「いってきます」
「ああ。気を付けていってくるんだよ」
「「はい」」
そういって出発した2人を見送るナタリー。いつもより少し豪勢な朝食を用意してくれ、ヒメカ達は感謝しつついただいた。
本来なら日帰りも出来るが、せっかくなので少しゆっくりしたら? というナタリーのお言葉に甘えて出発を遅らせることにした2人は、ギルを送り出してからの出立となった。
「お土産を買わないとな」
「そうだね。石を買ったら久しぶりにアクセサリーでも作ってみようかなー。土魔法と付与魔法の練習も出来るし」
「良いと思う」
お土産の算段をつけつつ、目的地に一番近い地点まで転移した。
「ここからどの位で着きそう?」
「馬車で3時間くらい?」
「俺達の足なら1時間強ってとこか」
「そうね。『速度上昇』かける」
「ありがとう」
目の前の街道を進まず、真っ先に森に分け入る2人。地図は頭に叩き込んでいるので最短距離を進む気でいる。
そうして30分ほど走った後、再び街道へ出た。鉱山という目印もあるので迷うこともなく、裾野にある、鉱山夫やその家族が暮らす村に着いた。
しかし、村にはどんよりとした空気が漂っていた。
「ねえ、何だか変じゃない?」
情報収集がてら村に一つだけあった酒場へ赴くと、すでに日が昇ってしばらく経っているのに、鉱山夫らしき人達は酒をあおっていた。酒好きな人ならばそれもあるかと思うが、どうやらそういうわけでもないようだ。
ヒメカとユウトが入口で立っていると、管を巻く酔っ払いに捉まった。
「おうおう嬢ちゃんら。見かけねぇ顔だなぁ」
ブハァと酒臭い息を吐く酔っ払いの男だが、2人は男の向かいの席に座った。
「私達、鉱石が欲しくて王都から来たんです」
「ああん? そりゃ残念だな~。こんな時に来るなんてな~」
「何かあったんですか?」
「何かも何も。鉱山にワイバーンが住みついちまったんだ。おかげで危なくて仕事が出来やしねぇ」
酔っぱらっているが、受け答えはしっかりしていたので情報収集を、と話を切り出すと、男は急に陽気になったかと思うと、すぐに気分が下降してついには泣き出してしまった。
「ワイバーン、ですか……?」
「冒険者に依頼を出そうにもこの村にゃ金がねぇしよ……ぅぅぅ……俺達が何したってんだぁ……」
「まあまあ。これでも食べて元気出してください。……それで、ワイバーンの巣っていつからあるんですか?」
慰めるようにポーチからしれっと新作料理を出すヒメカ。
「ぅぅ……たしか半月ほど前だよ……これ以上仕事が出来なかったらもう俺たちゃ終わりだぁ……あ、美味い……」
「半月も……」
ヒメカもユウトも、一応、下調べしてから来たのだが、何分辺鄙なところなもんで情報がほとんど集まらなかったのだ。むしろ情報がないからやってきた、というのもある。
(なあ、ワイバーンって竜種の一番弱いやつだったよな?)
(そうよ。空を飛ぶし魔法耐性高め。単体のランクはB+。巣を作っているってことは複数いるはずだしAランク相当だろうね)
(俺達でどうにか出来ると思う?)
(魔法耐性がどの程度かによるかな。なんなら一当てしてみる?)
(だな)
ファンタジーの定番である魔物との邂逅。初めての竜種。2人は少しワクワクしながらワイバーン退治に乗り出すことにした。
その日は情報収集がてら村人と話をして村長に繋ぎをつけ、村の中にテントを張らせてもらい、一夜を過ごした。宿がないことは想定済みのため、準備はしてきておいた。日々MPが増えている2人のマジックポーチの容量だと、その程度の荷物は負担にならない。
翌日、日が出るのと同時に、村とは反対側からワイバーンの巣がある鉱山を目指す。
「とはいえ、今日は目視確認だけだけど」
「巣の場所も確認出来たら重畳」
さすがに下級とはいえ竜種を相手にするため、いつもよりは慎重に行動する2人。ただし、そこに緊迫感はなかった。
「んー……ワイバーンのせいか、魔素が濃いわね」
「?」
「悠はほとんど魔法使わないからね。私も最近分かるようになってきたばかりだけど。こういう場所にはポーション系の素材が多かったりするらしいよ?」
「! 帰路で採取してもいい?」
「勿論。ただ、ワイバーンが住みついて半月だし、あまり期待はしない方がいいかも?」
「分かってる。けど、この辺初めて来たし、変わった素材が見つかれば、と」
「それならいいけど。……そろそろ『探知』と『遠視』してみるわね」
「ん」
ヒメカがワイバーン探しをしている間、ユウトは周辺を警戒。今日は索敵範囲も広くしなければならないため、いつも以上にはっきりと役割分担している。
「……目視確認。ワイバーン一体。あ、これバレてるわね。一直線にこっちに向かってきてる」
「勝てそう?」
「問題なし。迎撃する?」
「お仲間呼ばれても面倒だし、ここなら村に被害もないだろ。巣の調査は一旦保留」
「了解」
すかさず強化系魔法を重ね掛けし、それぞれ得物を構えて接敵に備えた。
結論から言うと、2人に襲い掛かったワイバーンは首と胴が切り離されて絶命しました。「これが竜種……?」
「下級とはいえ弱すぎるだろ」
わざわざ地上戦ではなく、空から攻撃しようとしたところは良かった。良かったのだが相手が悪かったとしか言いようがない。
地面から見上げるしかない人間をあざ笑うかのように、ブレスを吐こうとしたワイバーンはその開いた口に大きな氷塊を叩き込まれて無効化、体は拘束魔法で絡め捕られてそのまま地面に墜落した。後はユウトがとどめに首を刎ねた。
竜種に多少の期待をしていた2人は、肩透かしを食らった気分である。
「もうこのまま巣を見つけて討伐して良い気がしてきた……」
「隠れて行動も特にしなくていいよね」
「あの程度なら何匹いても拘束魔法で縛っておいて順に首を刎ねればいいんじゃないか?」
「じゃあそういうことで」
竜種に期待を抱き過ぎていたのだと反省した2人は、さっさと殲滅することに決めた。
「ああ! 良かった! あんたら無事だったのか!」
「朝、鉱山に向かうのを見たってやつがいたんだ! あれだけワイバーンが出るって言ったのに鉱山に向かうなんてそんなに死にたいのか!?」
「でももう大丈夫だ! 村長がギルドに依頼してくれてたらしくてギルドからの調査員が来てくれたんだ!」
ユウト達が巣を殲滅し、採取をしながら村へ戻るとそれはもう大騒ぎだった。
2人が出発してすぐ、滅多にない客人が鉱山へ向かって行方不明になっていたことに村は一時恐慌状態に。そんな時に現れたのが、調査にやってきたギルド職員数名だった。2人のDランク冒険者がワイバーンに向かって行ったと聞いてギルド職員も頭を痛めた。
予定ではその日の内に一度調査を行いたかったが、功を急いた冒険者が万が一ワイバーンを刺激して、興奮したワイバーンが村へ襲撃を掛けるか分からなかったため、足止めを余儀なくされたからだ。
「御心配おかけしました。でもワイバーンは殲滅してきましたのでご安心ください」
『へ?』
ヒメカの言葉に水をうったように静まり返る村。文句を言おうとしていたギルド職員すらも目を見開いて言葉を失くしている。
「あの……それ、本当ですか?」
「はい」
言葉を振り絞るギルド職員に、なおも静まり返る村人達。ようやく言葉の意味を理解したのか、今度はドッと沸くような大歓声。
「ありがとう! ありがとう!」
「おら、おら達、もうこのまま飢えて死ぬんだとばかり……ぅぅ……」
「酒だ! 酒もってこい!!」
「皆さんお静かに! 君達、すまないが調査に協力してくれないか? 疑うわけではないがにわかには信じがたい話だし……」
「あ、はい。巣の場所までご案内します」
このまま酒盛りが始まりそうな中、仕事に忠実なギルド職員によって巣まで案内することに。
「この巣にあった貴金属などはどういう扱いになりますか?」
「基本的に発見者の物だから君達の物だ。ただ装飾品なんかには届の出ている盗品が含まれている場合もあるから一度ギルドで照会してもらった方がいい」
「わかりました。ありがとうございます」
巣に案内し、ワイバーンの死骸も見せると、ギルド職員の疑いはすっかり晴れた。それどころか、この巣にあった貴金属等はすべて総取りでいいらしい。元々、竜種は光物を好む習性があるらしく、この巣も例にもれず大量のお宝が溜め込まれていた。職員が言うには、以前住んでいた巣からも持ち込まれたのだろうとのことだ。
「いや、こちらこそ疑ってしまってすまない。竜種への挑戦は冒険者の夢の一つでもある。だが、それで周辺への被害が出ることも多いんだ。あまり無茶はしないように」
「重々承知しています」
勝てると確信したからこその殲滅作戦だったため、2人が反省などするはずもなく。
「それにしても君達は強さも規格外だが本当に運がいい。その若さで冒険者の夢を叶えてしまうのだから」
「冒険者の夢ですか?」
「これだけの富を手に入れたらもう一生遊んで暮らせるだろう?」
「……なるほど」
まだまだ冒険者を楽しむ気満々で物欲もさほどない2人には豚に真珠、猫に小判。宝石がたくさん手に入ってラッキーくらいにしか思っていないようだ。
(この年で楽隠居って……)
(まだ王都しか見て回ってないんだけど)
(この一件が片付いたらそろそろ旅に出てもいいかもな)
(そうね)
かくして、今後の身の振り方を決めた2人であった。