15話 聖女様は偽物? いえいえ、私は聖女ではありません。
その日、ヒメカは教会で治療に励んでいた。
すると、なんだか外が騒がしい。
(女の人の声?)
「はい。治りましたよ。お大事になさってくださいね」
治療を終えて男性が出て行くのと入れ違いに勢いよく女性が飛び込んできた。間仕切り用の簡単なカーテンなのでそのまま倒れそうになったのを、女性を追ってきたらしい見習い二人が支えた。
「貴方が聖女を名乗っている不届きものね!!!」
顔を赤くして激怒している女性はまだ若い。少しくすんだ金髪に緑の目を吊り上げて声を荒げている。
「……聖女ってどなたのことですか?」
「……へ?」
ヒメカは首を傾げる。ヒメカは聖女を名乗ったことなど一度もない。周りが勝手に言っているだけで、本人はノータッチなのだ。
「私のことを指しているならばきっと人違いですよ。だって私は一介の冒険者ですから。聖職者になった覚えはありません」
ニコニコと笑顔で否定するヒメカに毒気を抜かれた女性は、「あれ?」とか「えっと……」とか言っているが知ったこっちゃない。
「ところで次の怪我人は貴方でよろしいのでしょうか?」
おっとりのほほんと確認するようにヒメカが言うと、女性は「いえ……違います……」といって出て行ってしまった。
昼休憩に入ると、いつもの中庭で弁当を広げる。いつもより少し遅くなったため、アーリャとは入れ違いになってしまった。
すると、そこへ今朝の女性がやってきた。
「いた!」
「人を指差してはいけませんよ?」
「あ、ごめんなさい……じゃなくて! 貴方やっぱり聖女じゃない!!」
根は素直なのだろう。しかし、騒がしい。
ちなみに今は昼休憩中。つまりは仕事中ではない。しかも相手は怪我人でもない。
よってヒメカは適当にあしらって仕事に戻ることにした。
治療院の閉院の時間となり、仕事を終えたヒメカは治療院を出ると、またも昼間の女性に出会った。というより待ち伏せだが。相手をしたくないヒメカだが、これ以上付き纏われても面倒なので、仕方なく相手をすることに。
「貴方、“聖女を名乗っている不届きもの”って言っていたじゃないですか。私はそのように名乗ったことはありません」
「あ、え、……そうなの?」
「そうです。私は治療しているだけなのに何故かそう呼ばれるようになって戸惑っているただの冒険者です。というか、私、聖女なんて柄じゃないです」
「そ、そんなことはないわよ……?」
「そんなことありますよ。じゃなきゃ冒険者とかしませんって」
ケロッと答えるヒメカに女性は押され気味。そこからはヒメカのペースで進み、しばらくすると何故か2人仲良くベンチに座っていた。
「やっぱり環境って大事ですよ。ほら、来られる方は怪我人なわけですし、ただでさえ治療師の数が足りなくてお待たせしてるわけですし。やっと順番が来たと思ったら治療師が不機嫌とか嫌じゃないですか。雰囲気作りも仕事の一環だと思っていたらいつの間にか聖女なんて呼ばれるようになってしまったんです」
「ああ、なるほど。貴方も大変ね」
彼女の名前はオルガ・クリストス。教会の総本山で神職についている巫女なのだそうだ。
教会にはちゃんとした聖女がいて、その聖女の身の周りの世話をする女性神官を巫女と呼ぶらしい。
それで今回、聖女の噂を聞きつけて、巫女の中でも位の低いオルガが様子を見にやって来たらしい。そして聞き込みをしてヒメカに行きついたようだ。
「まあ、でも治癒魔法の練習がたくさん出来るからつい来ちゃうんですよね」
「? 治癒魔法の練習って魔法を発動させるだけじゃないの?」
「いえいえ。傷の具合で消費魔力量が変わりますから。いかに無駄な消費を抑えて迅速に治療できるかとか考えながらやっています」
「へー。考えたこともなかったわ」
「結構役に立ちますよ。常に必要最小限の消費魔力でやっていればコントロールの練習になりますし、何より魔力切れを起こしにくくなって術者が楽ですしね。マナポーションの消費も抑えられます」
「マナポーションの消費量が抑えられれば大幅な経費削減になるわね」
「あ、やっぱり教会も経費削減とかあるんですね」
「勿論よ。神官や巫女にも生活があるもの」
「ですよね。まあ、良かったら試してみてください。最初の内は失敗すると思いますが魔力コントロールは覚えて損するものでもないですし」
「え? いいの? 多分指導料として結構な額入ってくる画期的なアイディアよ?」
「あ、じゃあ上位回復魔法教えてください」
「……普通お金を欲しがるものじゃないの?」
「過ぎたお金は人を狂わせますから。私は今ぐらいでちょうどいいです。いざとなればレシピ売るか料理屋でもすればひと財産稼げるって知り合いにお墨付き貰ってますし」
「……何故かしら? 貴方が困窮する姿が全く思い浮かばないわ」
「弟も冒険者としての腕は良いですし、現在調合の勉強中なんで引退したら薬屋をやってもいいですね。調合は弟に任せて私はその他諸々を、なんて」
「貴方、結構ちゃっかりしてるのね……まあいいわ。一応上司に報告しておく。上位回復魔法は大司教様以上の御方の許可がいるからあまり期待しないでよね」
「出来ればいいな、位なのでいいですよ。いざとなったら自分で研究しますから」
「どうしよう……出来るわけないといいたいのに貴方なら出来てしまいそうな気がしてくる……」
「うふふ」
上位回復魔法は欠損部位の再生も可能とのこと。ヒメカの見解では人体の知識と鑑定と回復魔法を併用すれば不可能ではない気がしている。ただ、現状、ヒメカの鑑定では、欠損部位は傷が塞がって年月が経ってしまったものは欠損した状態が平常と判定されるため、少し研究が必要なのだ。
「まあ、いいわ。許可が下りたら冒険者ギルドに連絡しておくから」
「ありがとうございます」
オルガも結構忙しいらしく、この後、報告書の為にももう少しだけ調査をした後に本部へと帰るのだとか。そういうと、オルガはさっさと立ち上がって別れた。
「ということがあったのよねー」
「へぇ。人騒がせではあるけど、本部の人間と繋ぎが取れたのは良かったな」
「そうね。それで、悠の方は順調なの? 何か必要な素材ある?」
「んー今のところはない、かな。マジックポーチのおかげでむしろ当分採取しないでいいぐらいにはある」
「そっかー……じゃあ、私、明日は鉱山の方に足を延ばしてこようかな。ルート開拓してくる」
王都から馬で20日の場所にそれはある。普通なら王都住まいの冒険者が行く場所ではないし、珍しい魔物がいるわけでもないため、地元民以外向かう者はほぼいない。
しかし、潜在魔力量が多い上に戦闘では素手or剣で戦うヒメカは『地点登録』をいくらでも使えるため、ちょいちょい色んな場所に行っては活動範囲を広げ、その土地の名産を買って帰って来るのだ。
「それ俺もついて行っていい?」
「いいけど。何かあるの?」
「宝石が安く手に入らないかと思って」
「ああ。確かにちょっと値が張るよね」
魔石ほどではないが宝石の類には微量の魔力が宿っている。ヒメカも魔道具屋で見かけたことがあった。魔道具屋の宝石はクズ石ともいえる粗雑な石ばかりだが、それでも安くはなかった。ユウトはその微量の魔力を抽出して何かできないか研究したいらしい。
「姉さんって石に魔法を込めるとか出来ないの?」
「んー出来ると思うよ。付与魔法にそういうのあったはず。ただ付与術士じゃないからどのくらい効果があるかは分からないけど」
「付与術士?」
「石に魔法を込めるのを専門にしている魔法士さんのことよ。細工師と兼業している人も多いらしいわ」
魔法士として生計が立てられない者が選ぶ道の一つでもある。付与魔法は魔力消費が少ないから出来ることでもある。ただし、其の道を極めようとすれば、相当な知識と魔力操作を必要とする繊細な作業でもあるため、本職といえる者はこの王都でも両手で足りるくらいしかいない。
「結構詳しいけど知り合いでもいるのか?」
「うん。レオさんっていって、本職と呼べる売れっ子さんだよー」
レオ・クォルン、38歳。細工師をしている家に生まれ、平民ながら素質があるからと学院へ入れられ、かつての貴族子息令嬢に馬鹿にされながらも無事卒業。学院へ通えるだけの魔力はあるが魔法士にはならず、常に上質な作品を作るために日々研究を怠らない職人気質。かなりの平民贔屓でもある。
「よく繋ぎが付いたね」
「レオさんの幼馴染の人が治療院に何度か来たことがあってね。街でばったり会った時に冒険者だって話したら紹介してくれたの」
着々と人脈を増やすヒメカに感心しつつ、ユウトもまた後日その恩恵にあずかるのだった。




