13話 レシピの代金はキッチンでお願いします!
「…………ごめん。勝手に断った」
「別にいいわよ。私も気に入らなかったし。お飾りの護衛なんて御免だわ」
ギルドの食事処でテーブルに突っ伏すユウト。そしてそれを宥めるヒメカの図。例えこの一件で貴族との関係が悪くなろうとも、別にこの国以外でも冒険者業は出来るのだから困るほどの事でもない。いざとなればナルさんに口添えを頼もう、位にしか思っていない。
「おーおーどうした? 元気ないな」
「ゴーシュさん」
「今日はザライさんとご一緒じゃないんですね」
酒片手にユウトの隣の席へ座るゴーシュ。兄貴肌な彼は、珍しいユウトの落ち込んだ様子に声を掛けてくれたようだ。
「ザライといつも一緒にいるわけじゃねえさ。それよりどうしたんだ?」
「お飾り護衛をしろ、とのことだったので指名依頼を断っただけですよ」
ニコッと微笑むヒメカ。遠目から見れば穏やかな席だろうが、すぐそばのゴーシュは背筋に冷たい物を感じた。
「お、おう…………まあ、なんだ。災難だったな」
普通はDランクパーティに指名依頼など来ない。そのことをツッコむことすら憚られたゴーシュはとりあえず当たり障りのない言葉を返す。
その後、ゴーシュと姉弟は他愛ない話をし、途中、ザライも合流して話に花を咲かせた。
「今日は昼食を御馳走してもらっちゃってすみません」
「いやいや。昨日ヒメカに貰った料理の方がウン十倍美味かったぞ。家内と息子も大喜びだ」
「あはは。ザライさんのお役にたてて何よりです」
「たしかにありゃあ美味かった。レシピの一つや二つ売ればかなり儲けるんじゃないか?」
「どうしてもお金に困ったらそうします」
「あー……その、だな。悪いとは思うんだが、ケーキの調理法だけでも売ってくれないか? 家内がどうしてもって……」
「ああ、差し上げますよ。ちょっと待っててください」
奥さんに頼まれたのだろう。ザライは申し訳なさそうに頼むと、ヒメカは快く紙とペンを取り出し、ザライに渡した料理のレシピを書く。紙もインクもこの世界では高価な物だし、レシピをタダで譲るとは、と、大いに慌てさせるが、本人は気にしない。魔物狩りで金はそれなりに稼げるので問題ないとでも思っているのだろう。
「頼むから気にしてくれ……!!」
「えー? ……あ、そうだ。ザライさんの家ってオーブンありますか?」
「ん? ああ。あるぞ。俺も現役だし、家内も元冒険者で稼いでたからな。思い切って奮発したんだ」
「じゃあ、今度それを使わせてもらえませんか? レシピの代金ってことで」
「いやいや。全く割に合ってないぞ!? その位いくらでも貸してやるよ!」
「本当ですか!? 実はオーブンのレシピもあるんですよね~。で、いつ伺ってもいいですか?」
目をキラキラさせるヒメカに押され気味のザライ。この世界に来て思い切り料理が出来ていないヒメカにとってはレシピなんかより余程価値がある。
「それなら今からウチに来るか……?」
「いいんですか!? あ、でもいきなり伺って大丈夫なんですか?」
「俺らの知り合いってえと冒険者ばっかだからな。こっちの都合もお構いなしにやってくる輩ばっかりなんだよ」
そいつみてえにな。とゴーシュを指す。
「はっはっはっ! じゃあ俺も久しぶりに行くかな。ナタリーやギルに会いに」
「まあ、こういう奴ばかりだから気にするな」
「では遠慮なく。あ、でも材料を買って来ないと」
「市場は通り道だから寄ってきゃいい。じゃあ、行くか」
「ありがとうございます」
「お邪魔させていただきます」
席を立つザライに、姉弟はきちんとお礼と挨拶を忘れない。少しばかり驚かれたものの、一向はザライの家へと出発した。
ザライの家に到着した一向を迎えてくれたのは、ザライの奥方であるナタリーだった。
「いらっしゃいゴーシュ!……と、随分綺麗な子達だね。私はナタリー。そこの男の嫁だよ」
「はじめまして。ヒメカ・ホウライと申します」
「弟のユウト・ホウライです」
「あらまあ。随分礼儀正しい子達だね。まあ、お入りよ」
女性らしくありながらそれなりに筋肉のついた女性。さすが元冒険者といったところか。性格はさばさばしていて肝っ玉かあちゃん、という言葉がしっくりくる。
いきなりの訪問の理由をザライが説明すると、ナタリーの顔が一気に明るくなった。
「あんたがアレを作ったのかい!? 若いのに凄いねェ。是非ともウチの自慢のキッチンを使っておくれ!」
「ありがとうございます!」
早速、キッチンへ閉じこもる女性陣。残された男共はテーブルに着いて、これから出て来るであろう美味を待つことにした。
「そういや、ギル坊はいないのか?」
「あいつは学院だ。どうやら魔法の才能があるみたいでなぁ。検査で引っかかって9歳から通わされてるんだ。まあ、学院は貴族ばっかだからなかなか馴染めないみたいでなぁ……」
ザライは溜息を吐きながら教えてくれる。
「そうなんですか?」
「この国じゃ上流階級になるほど魔力量ってのは多いらしくてな。平民で学院に通えるほどの魔力持ちは多くないんだ。だから肩身が狭いというか針の筵というか……」
「え、でも治療院には……」
「あそこは孤児の中でも魔力持ちを優先的に集めたトコだ。だから膨大な魔力を持ちながら平民に寄り添うお前の姉ちゃんは平民の期待の星なわけよ」
「…………姉が聞いたら即刻ここを出るとか言いそうですね……」
「え!? 何でだよ!?」
「いいことじゃねえか」
「あの人、あの見た目と能力で「目立つのは嫌だ」とか諦めの悪い事言う人なので……」
「「……お前さんも大変だな……」」
なんだか物凄く同情されたユウト。さもありなん。
その点、ユウトはある程度は達観している。
しばらくすると、美味しそうな匂いが漂ってきた。前回食べた物に似た匂いもするし、そうじゃない匂いもする。これは今回も期待できそうだと男どもの腹の虫が鳴いた。
すると、タイミングよく息子のギルが帰ってきた。
「ただいまー……あれ? なんか良い匂いがする……」
「おう。ギル坊久しぶりだな~」
「ゴーシュおじさん! 久しぶり! いらっしゃい!!」
「お邪魔してます」
「うわっ綺麗な兄ちゃんがいる! 父ちゃん、誘拐はダメだぜ!」
「ちげーよ! 冒険者仲間だ! ユウト、スマン。これが息子のギルだ」
「兄ちゃんユウトっていうんだ! 俺はギル。よろしくな!」
「ああ。よろしく」
元気いっぱいという感じの少年。顔はどちらかといえば母親似だろうか。とりあえず強面ではない。
「お、帰ってきたのかい。丁度良かった。今から夕食だよ。手ぇ洗ってきな!」
「あ、息子さんですか? 初めまして。冒険者のヒメカと申します。お邪魔してます」
「うえ!? え、と……こ、この人も冒険者なの……?/////」
「そうだぞー。ユウトの姉ちゃんで、お前が会いたがってた聖女様だ」
「ええええええ!!!!」
「ザライさん、聖女はやめてください」
「ははは。悪い悪い」
「ほらほら。あんた達は手伝いな! さっさと運ぶ!」
2人がこの世界へ飛ばされて一ヶ月。ヒメカとユウトはザライ宅で居候兼家庭教師するようになっていた。
「はー……2人が来てくれるようになって料理の幅は広がるし、ギルも熱心に勉強するようになったし良い事尽くめだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「というかこちらこそ、泊めてもらってスミマセン」
部屋が余っているからと、王都にいる間は泊まるようにナタリーに言われてお言葉に甘えている状態である。現役冒険者なザライは仕事で外泊することもあるので、もはやザライよりもこの家にいる2人。
「そんなのいいんだよ。それに2人とも良く働いてくれるしむしろこっちが金を払わないといけないくらいさね」
「あはは」
「ただいまー!」
夕食の準備を終えて一服していると、ギルの元気な声が聞こえてきた。
「ユウトさん! ヒメカさん! 今日の試験バッチリだったぜ!」
「ギル君おかえりなさい。筆記も大丈夫だったの?」
「うん! いつもよりスラスラ解けた! たぶん高得点!」
「実技はどうだった?」
「剣技はクラスで一番だったぜ! 普段ユウトさん相手にしてるせいか、相手の剣筋丸わかりだし、今まで勝てなかった奴にも受け流しからの一撃で倒せたからさー。ちょっと拍子抜けだった」
今日は2人が家庭教師をするようになって初めての学院の試験日だった。基本的に剣技はユウト、座学はヒメカが担当し、得意だった剣技はさらに磨きがかかり、不得手としていた座学も面白いように伸びていった。
「でも相手は同い年だし、冒険者になるならもっと頑張らないと!」
「頑張れ」
「微力ながら応援してるよー」
「えへへ……///」
「ギル、報告はいいけど手ぇ洗ってきな。夕食にするよ」
「はーい」
ナタリーの一声でギルは洗い場へ。
「まったく。……2人ともありがとね。あの子、学院へ行くようになってから沈んでたからさ。あんなに明るいギルを見るのは久しぶりだよ」
「でも、ギル君、基本的には勉強は嫌いじゃなさそうですよ。授業で分からなかった所はちゃんと聞きに来るし、予習もちゃんとしますし」
ヒメカとしても、いつでも質問に答えられるようにギルの教科書丸暗記は勿論、王立図書館通いが日課になったほどだ。おかげでヒメカの知識量は急速に増えている。
「そりゃヒメカの教え方が巧いからさ。あの子、前は剣ばっかりで座学は苦手だったよ」
「偶に脱線したまま戻って来ないですけど」
「むぅ……それが楽しいんじゃない。ただ教科書を追うだけなら読めばいいだけだし。実物を見るのは大事だと思いますぅ」
「悪いとは言ってない。だけどいきなり飛び出して魔物を狩ってくるのはどうかと思う」
「だって見た方が早いし」
あくまでも実戦派なヒメカは座学であろうとも『絵より実物』といって近場(日帰り出来る距離は近場認定)に生息する魔物をサクッと狩って来てしまう。実際、とても勉強になるのだが、たまに大物も取ってくるので初めは家の人を驚かせたものだ。勿論、解体も実演する。
「まあまあ。おかげでウチの食卓は毎日潤って助かってるよ」
とってきた魔物は食べられるものは食卓に出るし、食べられないものやいらない部分はギルドに売る。
「まあ、この近辺の魔物は見せたし、もうしないって。あ、でも食べたいものがあれば言ってくださいね。優先的に狩りに行くので」
「そりゃ助かるけど別に気にしなくていいんだよ?」
「俺達が好きでやっていることなので。姉さん、俺はジャイアントディアがいい」
「じゃあ明日は少し足を延ばそうか。ナタリーさん、明日の夕飯はディアのステーキとかどうでしょう?」
「そりゃ豪勢だねぇ」
「何? 何の話?」
話していると、ギルが戻って来た。
「明日の夕飯はジャイアントディアのステーキだってさ」
「本当!? 肉もおいしいけどステーキソースも美味しくて好き! あ、じゃあ、俺アレ食べたい! えっと……ポテトサラダ!」
「ギル君本当に好きねー」
「だって美味しいもん!」
「ふふ」
その後、ザライは依頼で出払っている日なので、4人で夕食を食べた。今日はホーンブルのローストビーフにサラダ、カボチャもどきのスープに焼き立てパンだ。この日のメニューも好評だった。