12話 トラブル未満?
「あ、悠」
「…………姉さん」
「どうしたの? 何だか疲れてるみたいだけど」
明らかに浮かない顔をするユウトに、ストレートに言葉をぶつけるヒメカ。
「いや……宿に戻ってから話す」
力なく視線を逸らすユウトは今にも溜息を吐きそうな程に疲弊しているが、ヒメカはその場ではそれ以上聞かないことにした。
「――――――私の方はその位かな。それで、何があったの?」
宿へ戻るなり、ヒメカはその日あったことを報告。そして再び帰り道での話題を振るが、ユウトはどうも言いにくそうにしている。
「夕飯は?」
「午前中に作った分があるからすぐにでも食べられるわよ。でもその前に情報共有でしょう?」
どうやら逃がしてくれるつもりはないようだ。
「……実は――――――」
朝、買い物へ出かけたユウトは、ナルさんおすすめのお店含め、調合道具や、素材屋を見て回っていた。
中には、見たこともない道具や素材もあり、興味津々で眺めたり、店主に話を聞いたりと充実した時を過ごしていた。
午前中であらかた道具を取りそろえ、昼食を済ませて街をぶらついていると、目深にフードをかぶった少女とぶつかる。
「あ、も、申し訳ありません。急いでいたもので……!」
「いえ、こちらこそ前を見ていなかったので。大丈夫ですか?」
ぶつかったのはヒメカよりも少し背の低い子ども。身長差があるので顔はフードで完全に隠れていたが、声は少女特有の高い声だった。
あまり表情豊かではないと自覚しているユウトは、出来るだけ優しく声を掛けるように努める。
「っ! だ、大丈夫で「こっちから声が聞こえたぞ!」ヒッ」
「……もしかして追われてるのか?」
「は、はい……」
「…………こっち。声は出さないでくれ」
「(こくこく)」
少女の手を取ると、出来るだけ人通りの多い場所を流れにのって進み、先ほど声のした方へと進む。少女が一瞬繋いだ手を強張らせるものの、ユウトはさりげなく声を上げた人物とその仲間らしき人物も視認していたので、少女が彼らの視界に入らないように注意して横を通り抜け、商業区を抜け出した。
「……たぶんここまでくれば大丈夫だと思うけど……」
「あ、ありがとう存じます」
お礼を言う少女はかぶっていたフードを少しだけ上げた。キラキラと太陽を反射する綺麗な金髪は緩いウェーブがかかっていて、瞳は翡翠のような色。世間一般的には美少女なのだろう。ただし、ユウトは日頃から美少女と呼ばれる人間を目にしているので別段気に留めていなかった。
(『ありがとう存じます』? ……もしかして貴族か?)
「あの、もしご迷惑でなければ教会まで送ってはいただけないでしょうか?」
「…………ええ、と、わかりました」
出来ればこの場で別れたかったが、ユウトはヒメカと違って上流階級に喧嘩を売ったりしない。しかも、相手は子どもである。さっさと教会へ送り届けて退散する事を強く心に決めた。
教会はさほど遠くなかったが、ユウトは話しかけてくる少女に失礼の無い程度に相槌をうち、気を遣いながら返答する。これが粗雑に扱ってもいい相手ならば、終始無言のまま教会へと着くだろう。
(何だってこんなに長く話し続けられるんだろう……)
共通の話題ならばいいが、美容の話などされてもさっぱり分からないし、返答にも困る。
(その点、姉さんは楽でいいよ……意味なく長話しないし、無言でも気まずくならないし、聞き流しても怒らないし……)
ユウトにはヒメカの上にもう一人姉がいるので、女に幻想は抱いていないし、ヒメカが変わり種であることも理解している。
「……教会に着きましたね」
「あ、そ、そうですね」
「それでは俺はこれで失礼します」
「待ってください!」
退散しようとしたところでガシッと腕を掴まれた。振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるが、少々後が面倒である。
「…………あの?」
「何かお礼がしたいので中までご一緒くださいませ」
「(お礼なら今すぐ手を放してくれ……)……いや、でもですね……」
「さあ、参りましょう!」
この有無を言わさぬ感じ、上の姉を思い出す。ユウトは内心溜息を吐きながら、明後日の方向を見た。
教会へつくと、通されたのは神官長室。
ヒメカから話は聞いていたが、実際に教会へ来るのは初めてのユウト。こんな状況でもなければ気楽に見学するのだが。
「ごきげんよう、ローズ姫様。本日はどうしてこちらへ……お付きの方は一緒ではないのですか?」
(姫!?)
神官長は驚いているものの、身に沁み込んだ礼儀作法はきちんとしたものだった。そして、神官長の言葉に内心冷や汗を掻くユウト。
「城を抜け出してきたのですからお付きはおりません。それよりも、私を無事にここへ連れてきてくださったこの方になにかお礼をしたいと思うのだけれど」
「……………………そうですね。やはりご本人様のご意向を伺った方がよろしいかと。ここにヒメカさんがいらしたら冒険者の方が望みそうなことが分かるかもしれませんが、今日はあいにくいらしていないので……」
「そうなのですか? 私、ホウライ様にお会いしたくて抜け出してきたのですが……」
お礼とかどうでもいいからここから立ち去りたい、と思っていたユウトだが、そこでようやくお姫様の目的を知った。
「……冒険者様、お礼は何がよろしいかしら?」
「いえ、大したことはしていないので。失礼します」
「あ、ま………」
今度こそ、引き留めようとするお姫様を振り切ることに成功したのだった。
「――――――というわけで逃げてきた」
「……悠、惚れられたんじゃない?」
移動中、やたらチラチラと窺うように視線を寄越していたことも、フードを脱いでからはやたら顔を赤らめて熱心な視線を送ってきたことも言葉にはしなかったが、ヒメカがユウトの懸念そのものずばりを突いてきた。
(この人は何で自分以外のことにはこう……)
出来ればこちらの自意識過剰であることを願う。だって面倒事の気配しかしない。
「一つだけ確認しておきたいのだけれど、悠はお姫様に惚れてないわよね?」
「ない」
答えは聞くまでもないが一応質問している、というスタンスで聞いてくる。事実その通りなのだが。
「うん。分かった」
情報共有はしたため、これ以上これといってすることもなかったので、夕食にすることにした。
ヒメカはマジックポーチから出来立ての状態の料理を並べ、食後には残しておいたプリンを出す。ユウトはこちらでもプリンが食べられるとは思っていなかったため、嬉しそうにそれを食べた。
ヒメカもその様子を微笑ましく見つつ、ユウトの話に出てきたお姫様について考える。ヒメカの中では、謁見の間で一切会話に混じることなく、王子と共に、大人しく王妃の隣に座っていた印象しかない。
(それにしても……お姫様が私に会いに、ねぇ。これは明らかな契約違反だと思うけど……まあいいか)
そして夜は更けていった。
翌日、ギルドへ顔を出した2人は、何故かギルド長の部屋へ通されていた。
「……姉さん」
「んー? 昨日話したこと以上のことは何もないわよ?」
疑うような呆れるような視線で姉を見るユウト。けれど、当の姉は飄々としている。恋愛さえからまなければ鈍くない。ただ面倒事から目を逸らす癖があるだけだ。
「……」
「本当だって。とりあえずギルド長の話聞いてからにしようよ」
「…………はぁ。分かった」
案内してくれた受付嬢のサシャが、ギルド長を呼びに行っているため、この部屋には2人だけ。また面倒事を持ちこんだのかとヒメカを疑うユウトだが、観察するに本当に心当たりがないらしい。
(ランクアップの件か……? だが姉さんは断っているし、昨日の今日でその話を持ちかけるのは悪手。それに今回は俺も一緒。だとしたら他に考えられるのは……)
(私だけじゃなく悠も、となると依頼関係かなぁ。……まあ、それよりも、私はギルド長と一緒にいる手練れが気になるなぁ。Aランク? Sランク? まあどっちでもいいけど嫌な予感しかしないかなー)
大人しくギルド長ともう一人が来るのを待っていると、すぐに2人が入室した。姉弟はとりあえず立ち上がり、軽く会釈をすると、すぐに座るように促され、正面にギルド長と男の人が腰を下ろした。
「呼び出してしまって申し訳ないが、早速本題に入らせてもらう。実は、君達へ指名依頼が入った」
「指名はAランク以上のはずでは?」
「普通は、な。というか、そこまでならないと名が知られないといった方が良いか。その点、君達、正確には『聖女』の知名度が先の件でグンと上がってしまった。勿論口止めはされているだろうが、貴族はなかなかに耳が早い」
ギルド長の「貴族」という言葉に反応する姉弟。二人の心情としては、(面倒事確定ー)である。ユウトはちらりとヒメカを見るが、ヒメカはそ知らぬ顔でスルー。
「弟どのの実力も、聞けばBランク冒険者に同行しても全く問題ないとか。勿論、その情報も仕入れているだろうな」
今度はヒメカがユウトにちらりと視線を向けるがスルーされる。
「そこで今回の依頼だ。君達のパーティに護衛を頼みたいそうだ。とはいえ、他にも参加するパーティが二つ。一つは《バランドール》。4人組のパーティでAランク3人、Bランク1人。そしてもう一つのパーティがこいつ率いる《アクアラギア》。Sランク一人とAランク2人だ」
「《アクアラギア》のリーダーを務めているオウルという。ランクはSだ。普段はうちと《バランドール》、そして依頼人直属の騎士で護衛をするのだが、今回君達も同行させたいとのことだ」
「……随分大仰なメンツですね。ドラゴン狩りにでも行くんですか?」
ユウトの言葉にギルド長が苦笑する。
「いや、行くのは依頼主、ボットラ伯爵の治める伯爵領だ。ここから一週間ばかり馬車で行ったところだな」
「それならば我々は必要ないのでは?」
「いや……まあ、そうなんだが…………」
煮え切らないギルド長にユウトは首を傾げる。そんなユウトに、ヒメカは小声で説明した。
(……悠、ボットラ伯爵は高ランク冒険者を護衛につけることで権力を示すタイプの人間らしいわ。そこに話題性のある私も同行させたいだけだと思う)
しれっと貴族の情報収集をしていたヒメカの説明に、眉を顰めるユウト。要は強い冒険者を侍らせたいだけのミーハー。勿論、ユウトだけでなくヒメカも嫌いなタイプである。
「確かに権力の象徴として護衛を任されるのは嫌かもしれない。だが、金払いはいいし、ボットラ伯爵は強者にしか興味が無い。今回は話題性で選んだかもしれないが、次回も選ばれたならば強者であるという証明となるだろう。それに固定の依頼主を持つということは安定にも繋がる。君達にとって悪い話でもないだろう」
オウルの説明に、ユウトは更にしわが深くなる。強者、とはいっているが、目の前の男は見目もそれなりに整っている。もしかしたら、と思わなくもない。
「…………申し訳ないがこの話はお断りします。我々はパーティとしてはDランク。伯爵が求める強者とは到底言えませんから」
そう言って席を立つユウト。そしてそれに連れ添うようにヒメカも席を立った。
「ま、待て! 君達は少なくともBランク以上の実力者。伯爵の条件は満たしている!」
まさか断られるとは思っていなかったオウルが慌てて引き留めるが、ギルド長は予想していたのか、さほど慌てない。むしろ、最初から「あ、これダメだろうなー」とでも思っていそうだ。のんびりとお茶を飲んでいる。
「そうだとしてもお断りします。我々は護衛の経験もありませんから」
今度こそ有無を言わさず退室する。ヒメカは後に続くように会釈だけして大人しく退室した。
「あーまあ、なんだ。そういう奴らなんだろう。運が悪かったと思って諦めろや」
2人がいなくなった部屋では、まるで他人事のようにオウルを慰めるギルド長がいたとか。