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100話 帰宅しました。

大変お待たせしました。ついに100話到達です。

 一夜明け、ニコライの調合教室第2回が明日ということもあって、今日は自主勉強の日にするというとても真面目な申し出があり、それならばとヒメカ達は屋台の準備をしていた。

「あっ! ねえちゃーん!」

「はーい……って、イクセル君?」

 裏口から顔を覗かせたのは、ヒメカ達が孤児院へ行くきっかけとなった少年イクセルである。ヒメカはどうかしたのかと首を傾げながらも、結界を解除すると、声をかける前に入ってきたイクセルは懐から数枚の紙を取り出そうとしたところで、庭に放していたスイにひょいと後ろ襟をくわえられて持ち上げられてしまった。

「え? え?」

「スイ、その子はお客様だから大丈夫よ」

 急に足が地面を離れて目を白黒させているイクセルに、ヒメカが笑いを噛み殺しながらスイを嗜めると、スイはそうなの? という顔をした後、そのままヒメカの前までイクセルを運んできた。

 スイにしてみれば初めて見る人間なので、興味深そうにイクセルの顔を覗きこんだり、においを嗅いだりしているのだが、その内にやや遠巻きにしていたセキトバまでやってきて同じくイクセルを覚えようとする。

「で、でっけぇ……! すげぇ!」

 イクセルを取り囲むように立つ2頭に、ヒメカはイクセルが馬に苦手意識を持ったら悪いと思い引き離そうと手を伸ばし掛けたが、特に問題なさそうなので出した手を引っ込めた。

(2頭とも頭がいいし大丈夫よね)

「ところで、イクセル君はどうしてここに? 院長先生に何か頼まれたの?」

「あっ! そうだった! これ、院長先生から! ちょーぼ? を見て欲しいんだって! ガキどもがいるから俺が届けるって言ったんだ!」

 思い出したように懐から紙を取り出すイクセル。ヒメカはイクセルを褒めつつ、その紙を受け取って一瞥し、一緒に作業をしていたジェードに渡した。

「ジェード、間違えている箇所がいくつかあるから赤インクで訂正してくれる?」

「かしこまりました」

「イクセル君、時間はあるかしら? よければ家で休んで行って」

「平気平気! お邪魔しまーす!」

 スイとセキトバは空気を読んだのか、もういいのか、イクセルから離れていった。

 スイに後ろ襟をくわえられたせいでよだれがついているので、ヒメカは家も上げる前に『消臭』と『洗浄』魔法をかけた。



 キッチンでウインナー作りに精を出すテオと、食卓で帳簿の直しをするジェード。ヒメカはといえば、飲み物とおやつを平らげた後、室内にある物を片っ端から触ろうとするイクセルを庭に連れ出し、スイに乗せて歩いていた。

「……間違いが多い」

 直しを一通り終えたジェードは、訂正用の赤インクで真っ赤になった帳簿を眺めながら首を捻る。

「まあ、計算は不得意だって話だし仕方がないんじゃない? それよりも習ってから1日でその枚数の帳簿をつけたのは凄いと思う」

「品目も値段も曖昧。手持ちの残金に帳尻を合わせようとして全体的に破綻している、気がする」

「……」

 ジェードは、練習中の身であれば間違えることも織り込み済みで指導するものである、と、ヒメカやユウトに教わっているので、何故こんなに無駄な努力をしているのか理解できないでいた。

「えっと、ジェード。ヒメカ様達を基準にしない方がいいよ。今まで仕事をしてきた所は失敗する相手にどうだった? 奴隷相手よりは優しいと思うけど、それでも失敗したら怒られるものだと思う。もしかしたら呆れられて教えてもらえないかもしれないと思ったんじゃないかな?」

「……なるほど」

 テオに指摘されてようやく合点がいったようで、ジェードは1つ頷き、庭の2人に添削が終わったことを伝えた。



「あらー……」

「なあなあ、この赤い字って間違いだったってことだよな?」

「はい」

 修正済みのものを見たヒメカは頬に手を当てて苦笑している。しかし、予想の範囲内だったのか、落胆の色はない。しかし、イクセルの方はジェードの返事を聞いて、複雑そうに眉を寄せた。

「数字が合わない場合はその差額を記入するようにしてもらいましょう。あと、買い物をした場合は出来る限り値段とおつりの確認もするように、と」

「そうですね」

 イクセルには再度飲み物を出してまだ少し待ってもらい、ジェードとヒメカでジュディ宛に手紙を書いた。

 まずはたった1日でこの量を提出したことへの称賛、そして問題点、最後に次なる課題である。課題は、当日の帳簿付けは当日の内に済ませ、なるべく毎日それを続けることとした。要は習慣付けである。

「あ、あと、屋台っていつ出すのかさりげなく確認してこいって言われてたんだった」

 まったくさりげなくないが、ヒメカは少し考え、一応明後日を予定していると伝えた。

「明日、調合の先生がいらっしゃるから次の授業日と重ならないようにしないといけないのよね。でも週2回って言っていたし、おそらく大丈夫。屋台の設営は私達でするから手の空いた人を使いにやると思うわ。当日はよろしくお願いします」

「明後日だな! わかった!」

 そのまま飛び出そうとするイクセルだったが、添削済みの帳簿と手紙を渡す前だったのでヒメカに捕獲された。イクセルは割とうっかりしているのかと心配になったので、手紙に先程の旨も書き加えて封をして渡した。



 元気に帰っていったイクセルを見送ると、ヒメカとジェードはテオの作業に加わり、昼食を挟んで午後。

 午前中、やってきたイクセルをスイの背に乗せたと聞いた学院生組が羨ましそうにしていたので、ヒメカがウインナー量産をすることにして、午後はテオとジェードによる乗馬訓練が行われた。

「うおぉ……結構高ぇー……」

「そうですね。傍から見ているより高く感じるかもしれません」

 テオの誘導でゆっくり庭を歩くスイの背にはギルが乗っている。後でカルロやサントと交代する予定だ。

 そうして夕方まで乗馬の練習をしていたら、予想以上に優秀な生徒達は自分で手綱を握って歩かせるくらいは出来るようになった。ちなみに、一番上達が早かったのはサントである。ただ、3人とも普段使わない筋肉を使ったので足をプルプルさせている。

 そんな3人の隣では、今日の作業を終えたヒメカと教官役だったテオとジェードが今後の計画を話し合った。

「上達が早いのは良い事なのですが、庭で走らせるわけにはいかないですし、どうしましょう?」

「とりあえず外へ出るならナストさん達が帰ってきてからがいいわね。明日は調合教室、明後日は屋台だから今は保留にしましょう。馬も借りないといけないし」

「馬の手配はいかがいたしましょう?」

「商業ギルドに仲介をお願いするつもり。少し割高になるけど、商業ギルドが間に入ってくれた方が安心できるから。馬を見繕う時はお願いしてもいいかしら?」

「はい!」

「お任せください」

 話し合いが一段落したことで、テオとジェードはスイとセキトバを連れて夕方のお世話に向かい、学院生組はとりあえず今日の夕方の剣の稽古を休みにして、震える足をヒメカに治して貰って風呂に入った。ヒメカはその間に夕食の用意をした。



 初めての乗馬訓練をした翌日。すっかり元気になった学院生達は昨日剣の稽古が出来なかった分、朝の稽古ではいつも以上にやる気を出し、朝食をいつもより多めに食べてニコライが来るまでの時間、調合の教科書や前回のノートを見返しながら予習・復習をしていると、およそ10時頃にニコライがやってきた。

 ヒメカが出迎えると、とりあえず一服してから授業にしようということでリビングでお茶を飲みながらゆっくりしていると、玄関の扉が開く音がした。

「……あら、悠達が帰ってきたわ」

 ニコライと話していたヒメカが一言断ってから向かうと、やけに疲労の色を浮かべたユウトとナストの姿があった。

「おかえりなさい。部屋はいつでも休めるようにしているけど、先にお風呂に入る? すぐに薬湯を用意するわ」

「んー……じゃあお願いしてもいいか? ナストはどうする?」

「オレ、今風呂に入ったらそのまま寝そう……一旦仮眠とってからにするわ……」

 心底疲れているし、装備に多少の傷はあれど『洗浄』は毎日かけてもらっていたらしく、身綺麗ではあるのでそのまま寝ることにしたナスト。ふらふらとした足取りで客室へと姿を消した。

「じゃあ用意するから装備を外して待っていてね。今、ニコライさんが来ているから挨拶だけしてくれる?」

 急いで風呂の用意をすべくヒメカはリビングを通過して風呂場へ向かうが、その前にユウトのステータスを【鑑定】した。


【ユウト・ホウライ 種族:人族 性別:男 年齢:14歳

 備考:異世界の落とし子/勇者の卵/英雄の卵

 魔法適正:光・火・水・土

 賞罰:なし

▶状態:微疲労


 HP:23871/24393

 MP:824/2537


▼物理攻撃力:6882

  ▶魔法攻撃力:4333

▼物理防御力:6641

  ▶魔法防御力:5057

 俊敏性:8544 】


(うーん。物理系統と魔法系統の伸び方が私とは逆ね。でもまだまだ私も頭打ちというわけではないから……今後に期待したいところね)

 薬湯の用意をしながら静かに思考するヒメカ。今後、物理ステータスでユウトに勝てそうにないのは薄々感じているが、ステータスの数字は技量を反映していない。元々ヒメカは速さと技術で勝負するタイプなので焦りは見られなかった。

(まあ技術もその内追いつかれるだろうし、今後ますます勝てなくなるかも)

 ユウトを呼びに戻るヒメカの口元には微かに笑みが浮かんでいた。



「おまたせ。ゆっくり入っていいけど、湯船で寝ないようにね」

 すっかりいつも通りの様子で戻って来たヒメカは、リビングへ戻ってきてユウトに用意が出来たことを伝えた。

「ありがと」

 防具をすべてマジックポーチに収納してゆっくりしていたユウトは、ヒメカにお礼を言って浴場へと向かった。ニコライや学院生達はすでに調合室へ向かったらしく、食器を片づけていたテオが教えてくれた。今はテオとジェードも自由に調合室に出入りできるようにしているので、ジェードが案内したようだ。

 それならばとヒメカもそちらへ行くことに。テオには一応ユウトが長時間風呂から出なかったら突入するようにと言付けて調合室へと向かった。



 日が真上に昇り、正午を知らせる鐘の音を聞いてそれぞれリビングに集まってきた。

 今まで眠っていたナストや、特性入浴剤入りの風呂に入った後、軽く仮眠を取ったユウトはだいぶ疲労が抜けたようで、鐘の音で起きてきたようだ。

「亜種が出たのはいいんだけどその後がさぁ」

 昼食の席では、いかに調査依頼が大変だったのかをナストが学院生やテオ達に語って聞かせ、ユウトが時々突っ込みながら、ニコライやヒメカは微笑ましそうに耳を傾けた。

 亜種の出現条件は、入口の水晶に触れてから、10階層毎にある転移の魔法陣全てに登録しながら最下層のボス部屋に到着しなければならず、さらにはそれらすべてを4時間以内で、という時間制限付きだった。

 普通は数日かけて潜るので、今までその条件を満たした者がいなかったそうだ。

 さらに、魔法でのステータス底上げでもしなければ、ラトローの迷宮に潜るような冒険者は時間内に最下層に到着出来ない。足に自信があるAランク以上の冒険者ならば一応可能ではあるだろうが、疲労を残した状態でボス部屋に挑戦するようなチャレンジャーは上級冒険者にはほとんどいない。よって、今の今まで亜種の報告がなかったそうだ。

「マナポーション大量消費したけど、結局ユウトも集中力の限界で、魔法が不安定になってきたから帰宅を許されたってわけ」

「他の人達は交代制だったのにな」

「お前に付き合わされて俺もほとんど交代させてもらえなかったんだけど?」

「パーティだから仕方ない」

「ただの道連れだろ! ヒメカもこいつに何か言ってやってくれよ!」

「姉さんは俺より体力も魔力もある」

 ユウトが静かに事実を告げると、ナストはハッとして「そうだった……こいつら同類だった……」と頭を抱えた。一言も発言することなく頭を抱えられてしまったヒメカは、(姉弟なのだから同類も何もないのでは?)と首を傾げるだけであった。



「あ、そうそう。明日屋台を開こうと思うのだけどいいかしら? 特に何もなければ午後にでも出店の手続きをしに行きたいの」

 食後の一杯を飲んでいると、屋台について切り出したのはヒメカ。テオとジェードは昨日イクセルが来た時に一緒にいたので腹積もりは出来ているが、学院生組や帰ってきたばかりのナストとユウトは知らないので、手続きもあるからとこのタイミングで切り出したようだ。

 特に反対意見もなかったので、午後からは監督役をユウトに交代し、ヒメカとジェードが商業ギルドへ出向くことが決定した。

「ところで屋台とは何じゃ?」

 唯一、まったく事情を知らないニコライが問うと、ギル達が元気に答えてくれる。

「俺達、食べ物の屋台を出すことにしてるんだ!」

「今まで見たことがない食べ物で調理法なんですけど美味しいですよ!」

「俺達の社会勉強にもなりますし、当日は孤児院の子を雇うので慈善事業にもなります」

「ほう。孤児院の子をのぅ。それはいいことじゃな。どれ、それならわしも一つ買いに行こうかのぅ」

 ニコライがそう言うと、学院生達は大喜び。ニコライも子ども達の純粋な好意にすっかり骨抜きにされている。

「あ、でもそれなら取り置きした方がいいかも」

「え?」

「だって売り切れる可能性がありますし」

「ほほう。それほどまでに美味いのか。ではぜひ予約をさせてもらおうかのぅ」

 カルロを中心に見た目や味の説明をすると、ニコライは20本ほど予約した。知り合いにも配るらしい。それならばソースは別付けにしようということで、ケチャップとマスタード、チーズソースに特製チリソースを瓶詰で渡すことを約束した。

 味見をしなくて良いのかとヒメカが確認するが、2度も昼食を馳走になってこの家の料理の腕を信頼しているそうだ。

 そういうわけで、ヒメカと、今後を考えてテオも一緒に午後から外出することとなる。ついでに知り合いにも屋台の宣伝をしてくるという。

 それを聞いたジェードは、午前中で一応明日の販売分のウインナーは出来ていたが、午後も過剰に作ったものを燻製する事に決めた。

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