99話 教会は幻想的な場所でした。
しばらく歩いていると、まもなく教会へ到着するというヒメカの言葉に、すっかり元の仲良しに戻っているギル達3人はパッと周囲を見て教会を探す。
すると、ロザリア王都の教会よりはこぢんまりとしているが、さすがダンジョン都市マルズの教会というような立派な建物がそこにはあった。
ただ、ギル達はあまり人の利用がないことにすぐさま気付く。
「えっと……まだ閉まるには早いと思うんですけど……」
「あくまで噂で聞いた程度だけど、こちらはあまり信心深い人がいないらしいのよね。だからかもしれないわ」
ロザリア王都の教会はいつも人で溢れ、そのほとんどが治療院目的とはいえ礼拝に訪れる人も少なくない。かといってここまで来て外から眺めるだけというのもなんだからと、4人は教会へと入っていった。
「…………綺麗……」
教会内部へと入るなり、ヒメカの口から滑る落ちるように言葉が漏れる。
魔素を視認することが出来るヒメカだからこそ見られる光景だが、天井近くのステンドグラスから差し込む光が祭壇や神像を照らし、色とりどりの魔素が神像の周囲を踊るように漂っていたり、天井付近や長椅子など自由気ままに飛び交っていたりして、教会内部を明るくしている。
ヒメカ程ではないが、ギル達もここが彼らの知る教会よりもどこか神聖な気がする、という位には感じ取っているようで、先程まで人がいない、などと言っていたのも忘れ、ぼんやりと視線を宙に向けて身動ぎ出来ずにいた。
「あの、失礼ですがお祈りを捧げにいらした方でしょうか?」
扉の前で硬直する4人に、神官服を着た40代くらいの落ち着いた雰囲気の男性が声をかけてきた。
「……はい。出来ればこちらで参拝させていただければと思っております」
すぐさま取り繕ったヒメカは、4人を祭壇の方へと誘導する神官の後を大人しく着いて行くのだった。
背筋を伸ばしながらも無駄な力が一切入っていない教本のような綺麗な歩みで前を歩くヒメカに、ギル達はそういえばヒメカが『聖女』と呼ばれていたことを思い出した。
その後ろ姿は良い意味でこの不思議な雰囲気の教会と調和していて、自然とギル達もそれに倣って挙動が丁寧になりながら歩を進める。
そうしながら祭壇の前に辿り着くと、すっと神官が脇へ下がり、ヒメカはまるで長い年月をかけて神にお仕えしてきた敬虔な教徒のような仕草で膝をついて祈りを捧げ、ギル達もそれを横目で眺めながらお手本にして祈りのポーズをとった。男女の違いは多少あるものの、お手本がすぐ側にあるので自然とギル達もいつもより綺麗な姿勢で祈りを捧げる形になる。
その姿を横から見ていた神官は静かに驚き、また、神に仕える者として嬉しく思いながら、穏やかな心持ちで少年少女達を見つめた。
ヒメカ達がお祈りを捧げた後、神官の方へ向かい、『シルバーアックス』の治療費+αを入れていた巾着を4人分の献金として渡した。ヒメカ(とユウト)は初めからそれを教会に渡すつもりだったので、ジェードに教える時に作った巾着の1つに分けておいてこの機会に差し出しただけなのだが、傍目にはただの信心深い人である。
そのままお暇しようとした4人だったが、神官から「もしお時間がありましたら」とお誘いがあったので、来客用の部屋へ通されることとなった。
ギル達は神官にお誘いを受けるという初めての経験に落ち着かない様子で椅子に座っているが、ロザリア王都の教会で何度か神官長と対面していたヒメカは落ち着きはらった態度で談笑していた。
「では皆様ロザリアからいらしたのですね」
「はい。ロザリアを立つ前からの約束ではありましたが、こちらで家を購入したこともあり、お披露目も兼ねて手紙でお知らせしたところ、彼らが遊学もかねてこちらへ来てくださったのです」
多少脚色しているが概ね正直に話すヒメカに、神官も相槌を打ちながらギル達を「勉強熱心な生徒」としてべた褒め。たしかに勉強もしているが、それだけではない3人はどんな顔をすればいいのかわからず耳を赤くして俯いているが、神官はその様子を慎み深い子どもとして肯定的に受け取ったようだ。
「ところで神官様はこちらのご出身であらせられるのですか?」
「はい。……そういえばまだ名乗っておりませんでしたね。私はマルズ教会支部の神官長をさせていただいております、オズバルド・フォルケと申します。よろしければオズとお呼びください」
「そういえば……失礼しました。私はヒメカ・ホウライと申します。私自身は一介の冒険者に過ぎない者ですのでお好きなようにお呼びいただければと思います。神官様の事はお言葉に甘えさせていただいて、オズ様とお呼びさせていただきますね」
自己紹介の流れに、ギル達も恐縮しながら自分の名前を名乗り、学院には通っているが平民なのだと説明した。
ロザリア国の平民は基本的に家名を持たないものだが、騎士になったり、なにがしかの功績を得た者だったり、商人や冒険者が一旗揚げることを願って自身で家名を付けたりと、かなり緩々なのでヒメカが家名を持っていてもなんら不思議ではない。ギル達も在学中になんらかの功績を残せば卒業時に家名を貰う可能性はある。
そして、アーンスは流通の拠点が徐々に大きくなり国という形を成した国なので、家名の有無にこれといった規則性はない。
ただ、世界最大の宗教国家である聖国、そしてロザリアやアーンスの国教でもあるシャルム教では洗礼時に必ず名を与えられるので、シャルム教の神官はすべからく洗礼名を持っている。
オズバルドは4人の名前を聞き終えると、ふと何かを思い出したように顎に手を当て、ヒメカの顔を不躾にならない程度にじっと見た後、ロザリアの港町アムニスへ行ったことはありますかとヒメカに問うた。
質問の意図は分からないが、特に隠す必要もないので正直に頷いたヒメカに、オズバルドは深く頭を下げて感謝の言葉を述べた。
「ええと、とりあえず頭を上げてください。それと、オズ様に頭を下げられる理由が全く分からないのですが……」
とにかく説明を求めるヒメカに、オズバルドはポーションの製法を教会へと公開してくれたことに対して、本部からすべての教会に伝達があったのだと教えてくれた。容姿の特徴や名前は同時に知らされていたが、ヒメカ1人だったことや、黒髪黒目は特徴の1つではあるがマルズでは色んな国の人間が入り混じっているのでそれだけで判断することが出来なかったと謝罪された。
「たしかにレシピ公開はしましたが、それは弟のユウトによるものですので私は関係がないと思いますが……」
「それもありますが、ヒメカ様もクラス司祭様の古傷を治してしまわれたとか。現行の治癒魔法では古傷の治療は不可能とされておりました故、それが可能であるとお教えくださっただけでもありがたいことなのです」
つまりヒメカも感謝の対象なのだそうだ。得てして、全国各地の教会に顔と名前を知られていることが発覚したヒメカは苦い顔で微笑んだ。
「ええと……それは過分なる評価かと。古傷を治した時に使った水……便宜上魔素水と呼んでいますが、その製法は確立していませんし、いつ確立するかもわかりません。ですので、偉大なる御神にお仕えされるやんごとなき方々に頭を下げられるのは恐縮してしまいますので、出来ることならば、教会を訪れる他の方々と同じように接していただけるとありがたく存じます」
目立ちたくないので普通に接してください! という主張をしっかり盛り込みつつ、なるべく礼を失しないように気を付けて発言したヒメカに、オズバルドは気を害すことなく言葉をそのまま受け取り了承した。そして、ヒメカの主張も上手く本部へ伝えると約束してくれたのだった。
「ところでヒメカ様は中位回復魔法まで使えるとか。よろしければ、どのようにしてそこへ至ることが出来たのかお教え願えないでしょうか? その……私はお恥ずかしながら魔法はあまり得意ではなく、初級回復魔法まではなんとか身に付けることが出来ましたが、どうしても中位回復魔法を使う事が叶わず、魔力量測定では中位回復魔法を使えても不思議ではないはずなのに、とずっと言われてきたのです」
全教会に公布された(ヒメカにとっては嬉しくない)布令については一応片が付いたため、なんとなしに談笑していると、いつの間にかヒメカによるお悩み相談室になっていた。
恥じ入るように悩みを打ち明けるオズバルドだが、ヒメカはすでに噂程度には知っていたし、直接会ってみてその原因に心当たりがあった。
(魔力循環を見ればおおよそ魔法の上手い下手が分かるのよねぇ)
魔法を使わなくとも魔力は体内を流れているものだが、それがスムーズであればあるほど魔法の技量も高い。ヒメカは魔力操作を突き詰めていく過程で魔力循環の重要性に気付いたし、他人の魔力を視ることが出来るので確信を得るのも早かった。オズバルドの魔法の技量がどのくらいかというと、おそらく学院生組3人よりも低い可能性があるくらい。
「オズ様、魔法が上手くなるには魔力循環をするといいですよ」
「……え?」
「魔力は常に体内を循環しているものですが、循環する魔力を一定に保ったり、量を増やしたり減らしたり、逆回転にしてみたり、とにかく意識してグルグルと魔力を円滑に流れるよう訓練するんです。魔法を使うわけではないので魔力切れも起きませんし、魔法発動時のロスが減ったり、魔力回路が鍛えられたりするのでおススメです」
普通は魔法を使ううちに自然と身に付くのだが、中にはとことん不器用な人もいるのでそういう人は意識して鍛えさせるよりほかない。けれど、無意識にそれを行っている人がほとんどで、他人の魔力を知覚できる人間もさほど多くないので、世間にはあまり知られていないことでもあった。
「ええと、その、体内の魔力とは一体……?」
「(あ、この人鈍いどころか全く気付いていない人だ。というか、これだけ鈍いのに魔力回路はきちんと鍛えられているということは、相当数魔法の反復訓練はしているということになる)…………とりあえず実際にやってみましょうか」
おそらくではあるが、初級回復魔法ですら長年まともに使えなかったのではないかと安易に想像できたヒメカは、その涙ぐましい練習を思い、お節介を焼くことにした。
「あの! 俺達もちゃんとちゃんと魔力循環出来てるか見てもらっていいですか!」
「ぼ、僕もお願いします!」
カルロとサントもギルから話だけは聞いて訓練はしているが、自分達の訓練方法が正しいのか確認してもらいたかったのだと言う。ギルに方法は聞いていたが、魔力感知が出来ない2人は客観的意見をもらえないまま自分の感覚だけで訓練をしていた。
「勿論よ」
やってみましょうとは言ったものの、オズバルドの了承をまだ貰っていなかったのを思い出してヒメカが改めて尋ねると、是非に、とのことなので、夕食に間に合う程度の時間まで皆で魔力循環の訓練を行った。
カルロとサントはなんとなくではあるが一応出来ていたので、その調子で出来るだけ毎日訓練をして、ゆくゆくは意識せずともスムーズな魔力循環が出来るようになることを目標にするといい、という言葉で締めくくった。
そしてオズバルドだが、やはりというか、自身の魔力ですらなかなか感じ取ることが出来ずに四苦八苦していたが、ヒメカは自身の魔力を少量オズバルドに流し込み、それを呼び水にしてオズバルドにスムーズな魔力循環の感覚を覚えさせた。そこまですればオズバルドも体内魔力を感じ取ることが出来たようで、あとは反復練習あるのみである。
「本当にありがとうございます。歳が歳なのでもうこのまま一生成長は望めないかと思っておりましたが、ヒメカ様のおかげで光明が見えました」
「いえ。オズ様がこれまで努力を積み重ねて魔力回路を鍛えていたからこそ出来た芸当でもありますのでお気になさらないでください」
日が傾き、そろそろ帰らなければならない時間になったので訓練を終了し、あとは各々努力すればいい、というところまで短時間で教え込んだヒメカ。最後に効果をたしかめるために初級回復魔法を試してみたが、魔素が普通よりも多い場所だったためか、オズバルドの回復魔法は初級回復魔法であっても普通よりも幾分効果が高く、魔力循環の訓練で安定するようになった。そして何より、魔力のロスが減ったことで今までよりも回数こなせるようになったことを大層喜んだオズバルドは根っからの努力家だったらしい。これからは魔力循環の訓練をしながら中位回復魔法の練習もするという。
「ではお言葉に甘えまして、魔力循環に関しても報告をさせていただきます」
「はい。ただ、私がオズ様にした方法は魔力循環障害の治療法を元にしたものですので、その辺りも書き添えていただければと思います」
「わかりました。必ず手紙には書かせていただきます」
魔力循環の訓練を本部への手紙に書いてもいいかというので、快く了承したヒメカは、リスク回避のために注意点の念押しだけしておく。
そして教会を後にした4人は少し急ぎ足で帰宅すると、先に帰宅していたテオ達によるアメリカンドッグ用のソース開発で小皿がテーブル一杯に並ぶ光景に、少し顔をひきつらせたのだった。
その日の夕食はアメリカンドッグのみだった。
読んでいただきありがとうございます。この話が今年最後の話になります。
また来年も頑張って更新していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。
皆様よいお年を。




