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10話 お呼び出しです。

「明日帰る予定じゃなかった?」

「急遽予定が変更になって戻ってきたの」

「…………姉さん、何かやらかしてないよね?」

「うーん。やらかしたかやらかしてないかと聞かれればやらかしたかな」

「自信満々に言うことじゃない! ……それで、何をしたんだ?」

「えー……どこから説明すればいいのやら」

「良いから一から説明して」

「はあい」

 反省の色はないヒメカは、初日からの出来事をつらつらと説明し始めた。勿論、貴族に逆らったことも、ブルーミスリルウルフという魔物を狩ったことも、ついでに伯爵家の次男である副団長率いる第五部隊を助けたことも、彼らの前で大立ち回りと魔法を行使したことも全て。

「副団長が王に報告するって言っていたから王家にも伝わってるかも?」

「…………頭が痛い……」

「不可抗力だよ?」

「…………はぁ。まあ過ぎたことは仕方がない。明日ナルさんに挨拶して王都を出よう」

「ブルーミスリルウルフの解体は?」

「あー……どうしようか?」

 すでに思考放棄したくなるユウト。こういう時、ヒメカはキッパリスッパリ開き直るので苦悩するのはユウトだけである。

 すると、部屋のドアがノックされた。

「はい……ナルさん?」

「ユウト君! ヒメカさんはいるかな!? 大至急聞きたいことがあるんだけど!!」

「えっと、とりあえず、中へどうぞ?」

 ナルがやってきたのは驚いたが、とりあえず部屋へと入ってもらった。

「ヒメカさん! 実は王直属の諜報部からヒメカさんのこと聞かれたんだけど、何があったのかな!? 理由を聞いても教えてくれないし、ヒメカさんに何かあったら僕……!」

「あー実は……」

 先ほどユウトが聞いたことをそのまま伝えると、ナルは多少驚いたものの、どうにか納得したようだ。ついでに遠回しに王族貴族に関わりたくないことも伝えておく。

「そういうことなら役に立てるかもしれない。これでも僕の父は王弟でね。国としてはヒメカさんを手元に置いておきたいかもしれないけど、縛り付けるのは逆効果だって伝えておくよ。ああ、それとブルーミスリルウルフはまだ売りに出さずに持っておいた方がいいかもしれない。一応、貴重な証拠になるからね」

「わかりました」

「じゃあ、僕はこれから王宮へ行ってくるね。この宿はしっかりしているから、明日はなるべく出歩かないように」

「はい」

 ここは素直に従っておくのがいいだろう。



 翌日はナルの助言通り、二人とも宿へ引き篭もっていると、王宮からの使いとしてアーノルドがやってきた。勿論、用事はブルーミスリルウルフの件についてである。

「姉さん……くれぐれも国に喧嘩を売るような真似だけはしないでくれよ」

「努力します」

「姉さん?(黒笑)」

「権力を振りかざす無能は嫌い。その時は国外逃亡も辞さない(キリッ)」

「姉さん!」

「あの……王は優秀な方ですからおそらくそういう事態にはならないかと……それに、アリアナ様やナル様もご一緒ですのでご安心ください」

 苦笑するアーノルドに、ユウトは慌てて謝罪した。そして姉の事を重々お願いしておくのも忘れない。まったく出来た弟である。

 そしてアーノルドに連れられて王宮へと向かうヒメカ。

 王宮に着くなり、客室へと案内されたヒメカは何故かお着替え中。ユウトに口酸っぱく言われたので大人しくされるがままである。

 そして侍女達渾身の作である、立派なお嬢様が完成した。

「ヒメカ様はお肌も白くきめ細やかで美しいですし、何より艶やかな黒髪が素晴らしいですわ」

「体形も理想そのもので。お胸があるのに華奢でいらっしゃって。手足もすらりとしていて隠してしまうのが勿体ないくらいです」

「冒険者とは粗暴な者ばかりかと思っていましたがヒメカ様のような御方もいらっしゃるのですね。落ち着きが合って品があるなんてまるで上流階級のご令嬢のようですわ」

 ベタ褒めの所申し訳ないですが、外見詐欺師とはこの人です。楚々としてドレスを身に纏う姿は「聖女」と呼ばれても不思議ではない程に浮世離れしていて美しい。ヒメカは別に粗野なわけではない。ただ、外見と性格のミスマッチが凄まじいだけなのだ。

「お待たせいたしました」

「ほう。『聖女』というのもあながち間違いではないな」

 アーノルドの言葉に、ニコッと微笑むだけで肯定も否定もしない。その反応に、アーノルドは若干引いた。

「君は恰好で性格が変わるのか?」

「大人しくするように言われましたので。まあ、弟には振れ幅が大きすぎるとよく言われますが」

「全く同意だ。まるで別人と話している気分になる」

「取り繕う術を知らないわけではありませんから」

 何処から見ても美しい立ち姿。明らかにドレスでの立ち居振る舞いを知っている人間のソレだ。冒険者としての彼女を知らなければ作っているとは分からない程にごく自然に穏やかな笑顔を浮かべるヒメカは、このまま社交界へ出しても恥ずかしくないほどに淑女然としている。試しにいくらか問答を繰り返してみるが、返って来る言葉には嫌みのない知性を感じる。冒険者にしては品があるとは思っていたが、ここまでとは。

(根底は冒険者そのものだというのにな)

 強い魔物を前にしても物怖じするどころか、冷静に戦力差を計り、勝機を見出せばどこか楽しげに向かっていく。ブルーミスリルウルフの首を一刀両断した時に一瞬だけみせた獰猛な瞳は美しいとさえ思った。そして尚、強さを隠しているような気配もする。そんな彼女が冒険者ではなくなんだというのだ。

(全く厄介だ)

 アーノルドは、彼女をこの国に縛り付けるのは無理だと確信した。味方にするには手に余り、敵にするには恐ろしすぎる。

(陛下が判断を誤らないことを願おう)



 アーノルドにエスコートされて国王の待つ謁見の間へと足を踏み入れたヒメカ。案内されるままに下座に傅き、王への敬意を示す。

 王座には厳格さを備えた壮年の男性が座っており、謁見の間に入ってきたヒメカを値踏みする。

(あれが件の冒険者だと……? アーノルドの話だとかのブルーミスリルウルフの首を一撃で落とした強者であるとのことだったが……)

 王の中では、真っ先に「聖女」という言葉が思い浮かんだ。

 昨日、アーノルドの報告を聞き、諜報部隊に慌てて集めさせた情報によると、彼女は治療院では「聖女」と呼ばれていることを知る。常に微笑みを絶やさず治療に従事し、治療が終わると優しい言葉を添えて送り出すのだそうだ。彼女の声を聞いただけでも心が癒される、との声まである。

 教会側でも彼女の評判は非常に良く、治癒師としての腕が良いことは勿論、孤児である神官や神官見習いにも分け隔てなく言葉をかけ、気遣いまで見せるのだとか。彼女が治療院へ訪れる日は教会内の空気も穏やかになるそうだ。わずか三度の訪問であのアリアナの信頼を得ている実績もある。

(その一方で、冒険者登録をした次の日にランクを上げ、現在はさらにもう一つランクを上げてDランク冒険者となったとか。姉弟でパーティを組み、彼らの持ち込む魔物は明らかにランクと釣り合っていないと聞く)

 だというのに目の前の女人はまるで全くの別人のようだ。影武者を立てていると言われた方が余程納得できるが、彼女のような浮世離れした美しさを持つ者がもう一人いるとも思えない。

「面を上げよ」

 スッとあげられた顔をじっと見ると、表情を読もうとしただけなのだが、むしろその漆黒の瞳に吸い込まれるような気分になる。その感覚はどこか心地よく、おもわず息を飲んだ。

「(……)ふむ。このたびは我が王宮騎士団の治療に従事し、さらには第五部隊を救ってくれたこと、心より感謝する。我は、ここ、ロザリア国の王、フェルディア・フォン・ロザリアである」

「お初にお目にかかります。ヒメカ・ホウライと申します」

 綺麗にお辞儀するヒメカに少しばかり驚く。言っては悪いが、平民が一国の王と謁見しているというのに、動揺する素振りすら見せずにお手本の様な返礼するとは。

 コラルド・エンゲスト騎士団長の話では、彼女は品性の欠片もない金の亡者であり、貴族に楯突く無法者であるらしい。

 ちらと王がコラルドに視線をやると、コラルドはギリリと奥歯を噛み、顔を歪めている。王の視線に気づいてすぐに取り繕うがすでに遅い。

「(ふむ)実は先の件でホウライ殿には聞かねばならぬことがあってな」

「私にお答えできることでありますれば」

「第五部隊を救う際、報酬をせしめようとしたと聞くが本当であるか?」

「陛下! 彼女は騎士一人につき金貨500枚、副団長にいたっては1000枚もの報酬を寄越せとのたまったのです!」

「コラルド、おぬしの主張はすでに聞いておる。して、どうなのだ?」

「はい。そちらの騎士団団長様は私が冒険者であると理解した上で依頼をする、とおっしゃいました。その際に報酬に関する発言が見受けられなかったためにこちらから提示させていただいた次第にございます」

「なるほど。どうなのだ、コラルド?」

「陛下! その者は聖女なのですよ!? それが報酬をせびるなどとは恥ずかしくないのですか!!」

「コラルドよ、冒険者とは依頼をこなし、報酬を得ることで生計を立てるものだと聞く。なれば、報酬の出ぬものは依頼とは呼べなかろう」

「そ、それは……で、ですが……」

 王に窘められて一気に覇気がなくなったコラルド。すると、やたら恰幅の良い壮年の男性が挙手した。

「陛下、私に発言の許可をいただけませんか?」

「構わん。言ってみよ」

「ありがとう存じます。陛下は彼女のランクをご存じでしょうか。先日Dランクになったばかりの駆け出しです。対して、そちらの団長サマがおっしゃったという依頼とも言えない戯言は、Aランク指定を受けているブルーミスリルウルフを相手に、怪我人も含めた一部隊の救出。たとえ正式な依頼だとしても、ギルドとしてはこんな依頼をDランクである彼女に受けさせるわけにはいきません。Bランク以上のパーティを対象に、少なくとも6名以上、Aランクならば3名以上。この要項を満たさなければ依頼は受けさせないでしょう。ランク指定とは冒険者の命を守るための目安としてつけているのです。この度の一件は明らかに不釣り合いかと」

「だがその女は実際に全員無事に生還させた上に討伐までしたではないか!!」

「コラルド、やめよ。……ギルド長、続けよ」

「……ギルドは冒険者に危険性を提示しますが、冒険者自身が強い魔物に挑戦するのは自由です。彼女が第五部隊全員を助け、ブルーミスリルウルフを討伐出来たのは結果論であり、彼女の自由意志によるものです。それとDランク冒険者にAランクの魔物をどうにかしろという戯言をいうのは全く別の問題です」

 ふう、と一息ついた壮年の男性は、カッと目を見開き、コラルドを睨んだ。

「冒険者とは慈善事業ではない! 明らかに難易度の合っていない魔物を相手に無償で働けとはどういう了見だ!! こっちは常に命をかけてやってんだ!! そのような要求を通そうというのならば、ギルドは今後一切騎士団からの依頼は受けん!!」

「な!? ふ、不敬であるぞ!! わ、私を誰だと……」

「冒険者に貴族も平民もねえよ。なんだったら今すぐ全ギルドへ通達しようか? この国は報酬を支払わずに冒険者を使い潰すってな!」

「2人とも落ち着け! ……コラルド。此度の件はおぬしに非がある。ランクに見合わぬ要求をし、さらには無償で、などとぬかすとはおぬしこそ恥を知れ。…………ギルド長、この者には厳しい処罰を与える。今回はそれで収めてはもらえぬだろうか?」

「…………こちらは正当な報酬を提示し、きちんと支払っていただけるならば何も申しません。しかし、それを受けるかどうかは冒険者次第であることもご理解ください」

「それだけのことをしたのだ。致し方あるまい」

 要は、今回の件でこの国の信用はガタ落ちだから依頼を受けてもらえるかは知らないぞ、ということだ。それに答える王の声には心なしか悲壮感が漂っている。

「…………して、ホウライ殿」

「はい」

「そなたにも謝罪せねばならぬ。コラルドの仕出かしたことはそなたの冒険者としての尊厳を踏みにじる行為であった。代わりと言ってはなんだが、本来支払うべきそなたの提示した額を支払った上で、さらに一つ望みを叶えよう」

 王の言葉にヒメカは優雅に微笑んだ。

「報酬などいただけません。私はただ、休憩中散歩をしていたらたまたま魔物に襲われている騎士様方を見つけ、依頼内容にあった、医師団の手の及ばない方々の治療をしたついでに魔物を討伐しただけにございます。討伐したブルーミスリルウルフも全て頂きましたし、これ以上望むことはございません」

「いや、しかしだな……」

「私が第五部隊の騎士様方を助けたのは、そこに医師団の手の及ばない怪我人がいたからにすぎません。これは本来の依頼を完遂するための行動であり、新たな依頼を受けたつもりはございません」

 あくまで本来の依頼の内容に準じた行動であると主張するヒメカ。

 聞き様によっては如何様にも取れる。好意的にとらえれば、「人助けに報酬など貰えませんし貰うつもりもありません」と取れるし、少しひねた見方をすれば「許すつもりがないから謝罪も報酬もいらない。私はこの国に何の期待もしていない」とも取れる。

 ナルと神官長は好意的に受け取ったようだが、アーノルドはヒメカの真意を測りかね、王はどうやら最悪な受け取り方をしたようで、顔色が悪い。

 ちなみにヒメカは何も考えていない。コラルドのことははなから眼中にないし、依頼は成立していないのだから報酬も発生しないと思っただけだ。

「……………………(どうすれば彼女の怒りは静まる!? というか怒っているのか? いやいや。あれだけ失礼の限りを尽くしたのだ、怒っていないわけがない! ブルーミスリルウルフをほぼ一人で狩れる冒険者が敵になればこの国はどうなるのだ……! くそっコラルドの馬鹿め! いや、でも彼女は『聖女』とも呼ばれている……いやしかし………………………)」

 ここが私室ならば頭を抱えている状況である。

「フフ。ホウライ様は本当に欲のない御方なのですね」

「ルルノア……?」

 今まで王の隣に座り、ただ黙っていた王妃、ルルノア・フォン・ロザリアが口を開く。

「では報酬ではなく、お礼という形ならばいかがですか? 命を金銭で測るのは私も心苦しいのですが、王国騎士団の副団長を務めるアーノルドはこの国になくてはならない存在なのです。そして第五部隊もまた同様。その命を救ってくださったホウライ様にはどうしてもお礼を差し上げたいのです」

「…………そういうことでしたら。ただし、それは国の名義で教会へ寄付してくださいませ。そして、今回の一件は全てなかったことにしていただけないでしょうか?」

 急に話題に上がった寄付に、神官長が驚く。しかし、話は先へと進んでいく。

「なかったこと、というのは?」

「今回の野外訓練は、一日予定が早まりましたが何事もなく無事に終了し、王宮への呼び出しも、この謁見もなかった、ということにしていただきたいのです」

「それでは貴方へのお礼にはならないのではなくて?」

「私は“日常”を保障していただきたいのです。今回の一件が露呈すれば、私は注目を集めることでしょう。国家から多額の金銭を頂いてしまえばそれが証拠となってしまいます。しかし、それでは生き辛いのです。これまでのように冒険者業をし、自らの力で日々の糧を得、何物にも縛られることなく気の向くままに過ごしたい。それが私の願いにございます」

 どこまでも予想の外を行く。王妃もまさかそんなお願いをされるとは思わなかったようだ。しかし、ようやく引き出せた「願い」なのだ。棄却できるはずもない。

「……ではそのようにしよう。アーノルド。騎士団にも通達せよ。此度の訓練は平常通りであった、と」

「御心のままに」

 結局ヒメカの要望が通り、ヒメカはユウトの待つ宿へと戻ることが出来た。お着替えタイムはあったが、今度は脱ぐだけでいいのですぐ終わった。ヒメカの着付けをした侍女たちは残念そうに「また着飾らせて下さい」と言っていたが、もう二度と王宮へ来ることはないだろうと曖昧に笑って誤魔化した。

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