最後の一人
翌日。
千紘が行方不明になったようだ……。千紘に関して、僕は、なにも思わなかった。だが、警察は思う所があるらしく、今日もまた、僕の元へとやって来た。
……こうも連日警察にお世話になることがあるとは……。
敦が殺されてから三日。
未だに犯人の手がかりは掴めていないようだ。
そのため、僕など危うく犯人にされそうになったくらいだ。
「君は今まで『4X』のメンバーに冷たく扱われてきた。だから恨んでいるよね」と優しい口調で諭してきた。
昨日は威圧で今日は優しく。
アメと鞭のつもりだろうか。
……僕は犯人じゃないから、どんな方法を掴まれても結果は変わらないのだけれど。
ただ、こうも連日犯人扱いされては、流石の僕も何か嫌味の一言くらい、それこそ、
「仲間を失った友人の気持ちが分からないのか」と言いかけたが、しかし、友人ではないとバレているので、僕は黙秘を続けていた。
僕が解放されたのは夕方。
今日一日は、取り調べで終わってしまった。
「最悪……。なんで私が敦を殺さなきゃいけないのよ」
どうやら志保も警察にへと話をしていたようだ。
僕と志保は、まだ、『メリーちゃん』から連絡がないにも関わらず、『裏野ドリームランド』にへと来ていた。
まだ、夕日が出ているからか、全然怖くない。
そんなコンディションで出来ることをやろうと、僕は手で押していた台車を止めた。
台車と言うよりは一輪車に近いこの道具は、僕が事前に用意したものだった。その他にも、鋸、ハンマー、タオル、カッパなど、昨日の反省を生かして、使えるものは全部持ってきていた。
僕と志保は一昨日の反省を生かして、道具も事前に用意してきた。
僕が道具の準備があったために、現地集合にしようということになっていた。
僕の顔を見るなり、「彼氏殺しの疑い」を向けられたことに嘆いた志保だった。志保が敦を殺すわけがない。
ずっと、一緒にいたのだから。
小さい時から、ずっと……。
僕が入れないほど。
「って、あんたに言っても仕方ないか。取りあえず、私の乗ってた馬に記しを付けようか! 私を生かすためにも頑張ってよね」
志保が笑顔で言った。
作られた笑顔だ。
それもそうだ。
むしろ、この状況で作り笑いでも笑える志保が凄いのだ。彼氏と仲間を殺され――、今日は自分が殺されるかも知れない。
彼女の心中を、僕が測ることはできなかった。
最後の一人。
……それくらいは、言わなくても分かるだろうという意味なのか、未だに『メリーちゃん』からの通達はない。
「ねぇ……。もしさ、ここで、頭に目印を付けたら、分からないかな?」
太字の油性マジックを手にして、自身の乗っていた馬の胴体に印をつけようとしていた志保の腕が止まり、その姿勢のまま僕に聞いた。
当初は、胴体に印をつけて終わりにする予定だったが、昼間の、完全な状態で胴体と首に印をつければ――夜中にどうなるのだろうか。
今付けた印が残っていれば、容易にクリアできる。
……昼の内に細工をしてはいけないとルールにはなかった。
これくらいで殺されることはないだろう。
僕は志保からマジックを借りようとしたが、
「自分でやるよ」
と志保は渡さなかった。
そして、そのマジックで馬の顔に落書きを始める。目の周りを黒く塗り『パンダ馬』などと楽しそうにはしゃぎまわる。
……僕にそんな顔を見せなきゃいけない程、内心不安なんだろう。
僕は持ってきていた道具を地面に並べながら、志保を見ていた。対策を取ると言ったが、実際はこれくらいしかできなかった。
あと出来ることと言えば――、
「あとは私が出来るだけ遠くに行くだけだね。」
志保をこの場所から遠ざけることだった。
ここまでが、僕と志保が考えた案である。
栄太を殺した時、この場所からの帰宅通路を通っていた。ならば、距離が離れれば離れるほど、『メリーちゃん』が移動に費やす時間は長くなるのではないのかと。
本当はそう言った実験もしてみたかったが、昨日、千紘が余計なことをしたせいで試せなくなってしまった。
あの男は――死んでも尚、迷惑だった。
……『4X』の内、二人が逆らって殺された。
ゲームをせずに死んだ。
馬鹿な男達だ。
「ねぇ……」
なにを思ったのか、志保の腕が、僕の腰に巻き付いてきた。地面に片膝を着けて、道具を並べていた僕は、その衝撃に倒れそうになるが、なんとか堪えた。
尾骨の両脇に志保の胸部が押し付けられていた。
汗ばんでいるのが、服の上からでも分かる。
硬直する僕に対して、志保は胸を押し付けながら――僕の上半身に上がってきた。背中を舐めるように、ゆっくりと。
志保の胸部の形が移動するたびに僕の背中に合わせて姿を変えていく。包み込むように優しく蠢く。
そして、僕の耳元に顔を近づけた志保が、吐息を漏らしていった。
「ちょっとでいいから……。いいことしようよ」
志保は僕の答えを聞かずに、僕の下半身に向けて手を伸ばした。ゆっくり、焦らすように、それでいて肌の滑らかさを、蛇が移動するように、僕に堪能させようとする。
そっと、僕の下部に触れた。
「興奮……するね」
志保のその言葉に、僕の心は冷めて行った。
少しでも志保はマシな奴だと思った自分が恥ずかしい。こいつも所詮、敦や千紘と同じだった。僕は下半身に伸びた志保の腕を掴むと、乱暴に振り払った。
「なんで……。私みたいな人間とあんたがやれることなんてないんだよ? シテあげるから助けろよ! それなら平等だろうが」
僕が拒絶したことが、彼女のプライドを傷つけたのか。
唾を散らして叫んだ。
……こんなことをする時間があるならば、早く遠くに逃げればいいのだ。僕は振り払うことで乱れた道具を再度並べ直す。
その行為を、志保は片づけを始めたと勘違いしたようだ。
慌てたように、
「まって。分かった。もしも私を助けてくれたらしてあげるから。それでいんでしょ?」
と、言葉を撤回した。
しかし、そんな勢いで撤回をされても、望んでいないのでどうでもいい。
僕が望むのは……。
言ったところでどうにもならない。
そんな態度が、余計、志保をイラつかせるようだ。
「偶然選ばれたくせに、調子乗ってんじゃねぇよ! こっちだって、命がかかっても、お前みたいな糞と一緒に寝たくねぇんだよ、馬鹿!」
……志保がこんなふうに本性を見せた所で僕の気持ちは揺るがない。
僕はゲームに参加するまでだ。
命を助ける為に。
……?
命を助ける?
僕はなにを言っているんだ?
散々ひどい事をしてきたこいつらを、見殺しにしたって罰は当たらない。
罪に対して罰を与えるだけだ。
いや。
そんなことは――ない。
どんな人間でも命を奪って言い訳はない。
助けられるなら助けるんだ。
間違ってない。
僕は間違ってない。
「いいか。逃げんじゃねえぞ! 逃げたらぶっ殺してやる」
助ける相手に、そんな暴言を吐かれた僕は、それでも黙って夜が訪れるのを待つ。