二人目の死
しばらくすると、志保の携帯に動画が送られてきた。
「これがあれば……分かるのね」
僕は頷いて再生する。
『メリーちゃん』は、あと、5分もすれば栄太の家に着く。徒歩での移動だとすればだけど。人知を超えた相手が徒歩移動など、考えられないが『裏野駅』から先ほどの『コンビニ』までの時間から計算すれば、徒歩の可能性が高い。
どちらにせよ――時間がないことには変わりがないが。
敦と千紘を飛ばして栄太がコメントする部分で映像を停止させた。
……。
駄目だ。
栄太が座っていたのは、外周りとしか分からない。結局、僕が座っていたのがどこか分からないので、13匹は試さなければならない。
映像では残っていた一匹も――現在は他の馬に紛れていた。僕たちの考えることはお見通しという訳か。
内側に座ったのは敦だけ。
つまりは、残りの三人も同じ労力を使わなければならない。毎日、この重労働をこなさなければならないのだ。
僕は絶望で足が重くなる。
「ねぇ……。自分がどこに座ってたか、見当つくでしょ?」
志保が何をやってるんだと、僕を見た。
……分かっていれば、とっくに行動に移している。
外側に座ってたのは、映像から見ても間違いはないし、記憶している。だが、外側にいる馬は、どれも同じ。
判別の使用がない。
半ば諦めに近い感情で僕は言うが――、
「『どれに乗ったか』じゃなくて――。『どこで降りたか』なら、分かるんじゃないの?」
乗っていた馬ではなく、降りた場所であたりを付ければいいと志保は言う。馬で判別をするのでなく、場所で決めればいいと。
志保はその言葉の通りに、自分が降りた場所に移動した。
「私は……。この辺で降りたから、ここだと思う……」
確かに志保の言う通りならば、半分には絞れるだろう。
だが――『メリーゴーラウンド』が一昨日のままだと、誰が言えるのか。残された一匹の対策もしているのだ。
当然、この案にも対策が打たれているかもしれない。
「だとしても、このままじゃ、結局、無駄でしょ……」
……志保の言う通りだ。
やみくもに試すよりは確率が高いし、目標が決まっているからか、頑張れる気がする。
僕は自分の記憶を呼び起こして降りた場所を探す。
確か、入り口から真っ直ぐ出たから、その付近だ。
一匹を選んで僕は胴体を叩いた。
「うん……。映像からしても、私とあんたの場所はちょうどいいね」
ここを僕がいた場所だと仮定すると――栄太が乗っていたのは、二つ前ということになる。
そこまで決めれば――後は首を運ぶだけ。
体力勝負だ。
僕が一つ首を掴んで運ぼうとすると、志保がおもむろにシャツを脱いだ。夏の夜だけあり、その下には下着しか身に着けていなかった。
黒い下着。
志保のイメージ通りだ。ふくよかな胸元が谷間を作っている。
いや、それ以前に、何故、この場面で服を脱いでいるのだ。
変態なのか。
「だれが、変態よ……。折角、運ぶの手伝おうと思ったのに。シャツがダメになるけど――、しょうがないじゃん」
そう言って馬の首を引きずってくる。どうやら、乾いた血液に直で触れるのが嫌だったようだ。シャツで首を包むと、袖を引っ張って僕の元まで引きずってくれた。
……なるほど。
こうすれば早くなる。
僕が運ぶ手間が省けるのだから。
志保が運んでくれた首を掴んで胴体まで持ち上げた。
三匹目も駄目。
今度は、僕が運びかけていた首を試すが――それもくっつかなかった。
それでも、5匹目にチャレンジしようとした時――志保がスマホを見た。
「…………」
僕は手を止めずに作業を続けようとする。
志保の動作の意味が分かってしまっているのだから。それを否定するように、それこそ馬車馬のように動こうとするが――志保に止められた。
「あの子が、見ろって……」
僕にも映像を見せろというのが、『メリーちゃん』の指示らしい。
〈時間切れ……これからエイターを殺す〉
『メリーちゃん』が無感情で殺人を示唆した。
……栄太もこの動画は見ているはずだ。
だから、『メリーちゃん』が自身の家の前にいることも分かっているはずだ。
施錠はしているだろう。
窓も全て閉められている。
だが――、そんなこと、無駄だ。
栄太と僕は、『メリーちゃん』の力を目にしたのだ。窓の一枚を割る程度簡単だろうし――玄関を壊すことだってできる。
僕の予想通りに、ガンガンと玄関を無理やり引いていく。
メキメキと見るからに形が変わっていく。防犯用に上下に付けられた鍵が役に立っていない。
「……でも、これなら、セキリティーが働くんじゃ……」
志保は助けが来るかもしれないと期待していた。
無理矢理こじ開ければ、泥棒や異常事態として、情報が通達される。そうすれば、10分もしないうちに契約会社の警備員が来てくれることになっていた。
それまで耐えることが出来れば、栄太は殺されず済む。
……。
しかし、いつまでたってもアラームは発生していない。普通なら、ここまで強引に扉が開かれれば、認識しない訳がない。それに、周囲の住宅に、『メリーちゃん』がこじ開けるために扉を破壊している音は聞こえてるのではないか。
なのに、一人も顔を出さない。
これは、僕たちにしか見えていないのか?
「そんなこと――ある分けないじゃん!」
……僕だってもちろんそう思いたい。
だが、ここまで、在り得ないことしか起こっていないのだ。だから、『メリーゴーラウンド』を訪ねた僕たちだけに降り注ぐ災厄としたって、何も不思議ではない。
興味本位で廃墟を訪ねた『4X』が悪いのだ。
人のいない廃墟は危険だって、小学生でも分かるのに……。
「なんで……」
ゲームのルールを知っていながら対策をしなかった僕たちが悪い。
事前に映像を見て、昼間の内に場所だけでも確認していれば、もっと、多くの首を運べただろう。敦が殺されたのは、どこかで偶然だと信じたかったのかも知れない。
だが、今日は僕が『ゲーム』に参加したからか――敦の時にはなかった動画配信が行われた。この場にいない千紘も、今、この動画を見てるだろう。
これを見れば――いやでも分かる。
『メリーちゃん』が人を殺すと。
遂に、『メリーちゃん』は、玄関をこじ開けると、家の構造を理解しているかのように、迷うことなく、栄太の部屋に向かった。
部屋にも鍵は付いている。
だが、それは、玄関の鍵よりも弱い。
力任せに強度の強い扉をこじ開けた相手には――心もとなさすぎる。「ガンっ」と一度引いただけで、コメディアニメでも見ているかの如くに扉が外れた。
金髪の少女の姿が余計そう見させたのかも知れない。
部屋の中に栄太はいた。
布団をかぶって丸くなり、「来るな、来るな」と叫んでいた。布団の外に投げ捨てられたスマホ。映像すら見たくないということか。
しかし、布団をかぶるなど、最後の防御にしては弱すぎる。
なにが警戒態勢を取ろうだ。
自宅に籠っただけではないか。
亀のように丸くなった栄太を見下ろし、『メリーちゃん』は言う。
〈じゃあ、見ててね〉
そう言うが早いか、布団を剥ぎ取る。『メリーちゃん』の腕力に、理系の栄太が勝てる筈もなく、あっさりと防御は奪われた。
「僕を見逃せば、君が欲しい物をいくらでも与える」
栄太は『メリーちゃん』に『金』をばら撒いた。
万札だ。
百万はあるだろう。
栄太のいう準備とはお金のことだった。現金で『メリーちゃん』を買おうとしたのだ。宙を舞った札束。
最後の一枚が地面に落ちた。
「わ、悪い話じゃないと思うんだ……。だから――」
『メリーちゃん』は栄太の交渉を――最後まで聞かなかった。
栄太の首を片手で掴むと、握力だけで握りつぶした。
水風船がつぶれたように血しぶきを立てて栄太が死んだ。
簡単に――死んだ。
事務的な動作で殺された。
部屋に残ったのは『メリーちゃん』と部屋に散らばる万札。そして二つに分かれた栄太だけだった。千切った栄太の顔を僕たちに見せつけて『メリーちゃん』が笑った。
人間とは思えない表情。
――映像が途切れた。