ルール
「選ばれたのは君……」
ゆっくりとした動作で『メリーちゃん』は僕を指差した。
いきなり選ばれたと言われても何のことだか理解も出来ないが、恐怖を覚えている少女からの指名に心臓が跳ねた。まさか、馬の代わりに首を落とすなんて言い出さないよな。嫌な予感に僕は目を見開いた状態で固まり、次の言葉を待つ。
「……」
『待ち』の状態の僕を楽しむかのように少女は間を溜める。
この沈黙に最初に耐えられなくなったのは、僕ではなく敦だった。
「何言ってやがる!」
敦は再び液晶を殴る。
液晶を殴ったところで、あくまでも映しているだけのもの。何度試してもダメージはなかった。それでも、敦の暴力は少女の口を開かせることには成功した。
荒い息を吐く敦に少女が言う。
「慌てないで……。これからゲームの説明をするんだからさ」
「だから……。ゲームって……?」
自分が指名されなかったことで、栄太は心に余裕が生まれたのだろうか。余裕から生まれた好奇心で、少女にへと質問したのだ。
それは僕を裏切ったというほかにならない。
裏切り見捨てたのだ。
もっとも、僕と栄太は裏切り捨てられる関係ではないのだから、この反応は正しいのだろうが。
ただ――ゲームという響きを栄太は、甘く見ていた。
それが間違いだとも知らずに。
「簡単なゲーム。私は首の落ちた馬に乗っていた人間を、一晩に一人殺す」
それはつまり『4X』達のことだ。
『メリーちゃん』の言うゲームとは――『4X』を四日間で全員を殺す。そんな物騒極まりない内容であった。
唐突に殺すと言われて一瞬思考が途切れた栄太と敦。
それでも、すぐに『メリーちゃん』の言ったことを理解し鼻で笑った。
「……殺せるって、できるのかよ。お前みたいな可愛い少女にさぁ!」
……確かに少女に敦が殺せるとは思えない。栄太ならばともかくとして……。
棒のような細い手足では、恐らく僕の方が力は強いであろう。少女の腕力で敦を殺せるならば、僕が先にやっている。
この手で何度も敦を殺したいと考えたことか。
やはり、これは只の悪戯なのだろうか。
僕がそう思って画面から目を離すと――『ゴトリ』と、昨日聞いたような音が響いた。『メリーゴーラウンド』の馬から首が落ちた音。
僕は音につられて再び画面を見た。
『メリーちゃん』が二匹目の馬の首を掴んで捻り千切った。支えを無くした馬の首が『ゴトリ』と地面に落ちた。
先ほどの音も――同じようにして発せられたのか。
どうやって、少女は片手で破壊したのだろう。プラスチック製の材質であろうとも、普通の人間なら、素手で、しかも片手で千切ることなど不可能だ。
これは……、人間の力ではない。
「殺せる」
力を誇示した少女が僕たちに言った。
もしも千切られた首が馬ではなく僕だったら……。思わず首に手を触れる。
「おいおい。そんなんでビビると思ったのかよ。どうせそれも、事前に仕組んでたんだろ? 子供のくせにすげぇ技術持ってるんだな。これ以上はお終いだ。エイター。もう消せ」
茶番に付き合うのは終わりだという。敦はこれまでの動画は、全て作り物であると判断したようだ。
空が暗いのは単純に夜に撮影したから。
僕たちの人数を知っていたのは、予め、いくつものパターンを撮っていたから。
僕たちの質問に答えたのは、誰でも思いつく疑問。だからこそ、それを予想し、答えを用意しておくことは手間はかかるが、無理ではないはずだ。
手の込まれた悪戯。
しかし、映像を消せと言われたパソコンの所有者である栄太は、作られたモノではないと思っているらしい。
理系だからこそこういったオカルト染みた現象は信じないと思ったが、意外に理解はあるようだった。
「でも……」
困ったように『メリーちゃん』を見る。
敦は自分よりも『メリーちゃん』に栄太が恐怖していると思ったのか、
「いいから! 俺の命令が聞けねぇのかよ!」
栄太の髪の毛を正面から掴んでそう言った。
容赦のない痛みに涙を浮かべながら、敦に髪を固定された状態で、手だけを伸ばしてマウスを操作する。
電源を落としますかという問いに、『はい』を選ぼうとした栄太だが、そこで動きが止まる。さしずめ、途中で電源を落として、自分が呪われないのかと心配したのだろう。
躊躇してしまった栄太。
敦は勿論面白くない。
「……早くやれよ」
栄太の頬に張り手をぶつけた。僕は顔を顰める。敦の張り手は派手な音はしないが、芯に残る痛みがあるのだ。
何度も喰らったから分かる。
栄太は初めての痛みだろうが。エンターを押して電源を切ろうとするが――消せなかった。
シャットダウンの画面が強制的にキャンセルされて再び映像が画面に浮かぶ。
そして――、
「今日殺すのは君だ」
ゲームの対象者を選択した。
殺す相手をだ。
指差した方向は――敦だった。
「は? 何言ってんだお前……。もう一度言ってみろや。誰が、誰を殺すって!? ああん!?」
指名された敦は歯向かうように威勢を張る。
だが、敦の言葉に答えずに『メリーちゃん』は『メリーゴーラウンド』から姿を消した。
呆けている僕たちに対して、またも画面が勝手に切り替わる。
「なんですか……これ……」
栄太が画面を操作するも、やはり消えない。
画面に表示されているのは、映像ではなく、細かな文字が描かれた画像だった。
ご丁寧に一番上の文字を大きくし、『ルール説明』と記してくれていた。
ルールは簡単。
首の残った馬に乗っていた者は、昨夜と同じ時間に、『メリーゴーラウンド』に来ること。
そして、殺すと指名された人間が乗っていた、白馬の首を元に戻せばいいだけだ。
首を付けることができたら命は奪わない。
そう書かれていた。
否。
最後に一文、僕たちを馬鹿にする言葉が書かれていた。
『メリーちゃんが殺しに行くよ』
と。
僕はどうするべきかと敦を見た。もしもこのゲームが本当で、ルールの通りだったら、僕が夜中に『裏野ドリームランド』に行かねばならない。
あんな場所には自分から進んでいきたくないが、敦が命じればそうせざるを得ない。
僕の視線に敦が答えた。
「はっ。こんなの無視すりゃいいんだよ。行く必要なんかねぇからな」
「でも……。もし本当でしたら……。行くだけ行ってみたほうがいいのではないですか?」
栄太が頭から否定するのではなく、動くだけ動いてみたほうがいいと提案するが、
「なんだ! 俺がビビってるっていいたいのかよ!」
敦に首を掴まれて強制的に椅子から立たされた。敦はスタイルこそいいが、その肉体はかなり鍛えられているのだ。細身の栄太くらい軽々と持ち上げる。
あーあ。
さっきひどい目に遭ったんだから学習すればいいのに。
頭いいのに馬鹿な人ってこんな感じなのかな。
僕は黙ってことが終わるのを待つ。
「そ、そういう訳では……。す、すい……ません」
首を掴まれて呼吸ができないのだろうか。
栄太は小さな声で詰まりながらも謝罪した。
それに満足したのか、栄太を解放する。
「だったら、俺に従え!」
「は、はい……」
俺に従えと栄太に向かっての言葉だと思ったのだが、敦の鋭い視線が僕に刺さる。
僕にも「従え」と言っているのか。
「いいか! 絶対に『裏野ドリームランド』に行くなよ。仮に『メリーちゃん』とやらが来たところで、逆に――犯してやるぜ。へっ。外人の子供か……。興奮するなぁ」
敦は、自身の長い股の中心に手を当てながら部屋から出て行った。
それが、僕が敦を見た最後だ――敦らしいとても下品な姿だった。