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落ちる首

「ここが噂の『メリーゴーラウンド』――。って、やばいやばい。俺、めっちゃテンション上がってる。画面の皆には伝わってるかな」


 カメラに向かって敦が言う。

 荒い呼吸。

 興奮を抑えた声。


 これも察しの通り――事前に打ち合わせた敦の演技。


 ではない。

 本気で敦は興奮していた。

 何故ならば――僕たちが目指していた『メリーゴーラウンド』。

 廃墟になった筈のこの遊園地で――灯りを灯していたのだから。

 他の三人も、これは恰好の『ネタ』になると、息を荒げていた。動画再生回数を稼げるチャンスだと。


 『廻るメリーゴーランド』の噂は僕も事前には聞いていた。


 それは、今、僕が目にしているように光が灯り、ひとりでに廻っているというものだ。


「……」


 そして、『メリーゴーラウンド』は、噂の通りに光だけでなく、動いていた。

 これだけ光っていれば、他の人間達も気付くのではないかと思うほどに美しく華やかに、光を放っていた。

 夜に映える金色の光が――ここは高貴な領域と言わんばかりに主張していた。栄太が昔の映像を見せてくれたが、ここまで美しくはなかったはずだ。

 夜だから余計綺麗になるのか。

 それとも――。

 僕が考えを続けるよりも先に、敦がカメラに向かって言葉を発する。


「見て下さい! 噂は本当でした! 『裏野ドリームランド』の噂は本当なんだ!」


 僕は全体を移すようにして画を引かせる。

 こんな状況でも撮影をしようというのだから、ある意味根性だけはあるのかも知れない。僕は敦の許可が下りるまで、しばらく『メリーゴーランド』の撮影を続ける。

 数分映像を取り、次はどうしようかと話していた『4X』。勿論、僕はその話に参加していない。いつまで取っていればいいのだと、不満は溜まる。

 そんな折に、『メリーゴーラウンド』が、「キィ……」と、不気味な音を立てて止まった。

 『4X』が会話を止めて互いの顔を見て、全員が頷いた。どうやら、4人の答えは一致しているようだ。

 全員の意見を敦が代表し、僕の方を向いて言葉を発した。僕を見たという事は、僕に伝えるためでなく、撮影のためだ。

 僕は瞬時に敦の顔がアップになるように調整する。

 瞬時のピント合わせも上手くなったものである。


「お、これはチャンスじゃないのー? ほら、動き、止まってますよ!」


 折角合わせたピントを崩して、また、『メリーゴーラウンド』にカメラを向けた。

 ……

 いくら上手くなろうとも、失敗すれば罰が与えられる行為を何度も行いたくない。

 停止した映像は、『メリーゴーラウンド』が止まった直後に取れているので、画的には必要ないだろうが、より、リアルな流れをと敦に言われているので、僕はそれに従う。

 数秒後には敦が穴し始めるので、また、動かさなければいけないのだろうけど。


「見ました! 止まってますよね? じゃあ、そうすれば、やることは一つしかないでしょう!ほら、千紘。言ってみろ!」


「勿論、『メリーゴーラウンド』に乗ることです!」


「正解! じゃあ、行ってみよー!」


 4人は、鉄柵を飛び越えて中に入る。精々腰のあたりの高さまでしかない。さび付いた鉄を恐れることなく、敦と千紘が飛び越えた。栄太と志保には厳しいのか、開けっ放しになっている場所から中に入る。その方が危険もなくていいと僕も思うのだが。

 しかし、それを言えば、わざわざ怪しい『メリーゴーラウンド』に乗らなくていいと、僕は声を大いにしていいいたい。

 『廻るメリーゴーラウンド』の噂は本当だった。

 それでいいのではないか。

 目的は達したのだから早く帰ればいい。

 だが、僕の思いは虚しく、興奮した男女は、自らの脚で『メリーゴーランド』に乗った。廃墟になるほど放置されていた馬たちの毛は白く、手入れされているようだった。


「おい! お前も乗って取れよ!」


 明らかにおかしな現象に、僕は嫌な予感はあるのだけれど、しかし、ここで逆らえば、殴られるだけでは済まないだろう。

 僕は、自分の予感より、人に与えられる恐怖を優先させてしまった。

 志保たちが仲に入ったルートを使って、僕も『メリーゴーラウンド』内に入る。そして、ゆっくりと手短な馬に手を伸ばす。

 上から吊るされている棒を掴んで跨った。馬に触れた部分が冷たい。

 僕が跨ったことで、『メリーゴーラウンド』が廻りだした。まるで、全員が乗るのを待っていたかのようだった。

……久しぶりに『メリーゴーラウンド』に乗ったが、特別変わったことはない。それは『4X』も同じなのか、それぞれが、


「ひゃっほー。廃墟さいこー」


「白馬の王子様が迎えに来たぜー」


「ふふふ。……。この年でメリーゴーランド。悪くない」


 などと、各々に感想を述べる。

 全員が被らないように、コメントするあたりは流石である。こういう時は大抵、決まった順番で感想を言うのだ。

 最初が敦。

 次に千紘。

 三番目が栄太。

 そして――最後に言葉を発するのは志保だ。

 上下に揺れる中で、なんとか三人のコメントは取れた、あとは最後の志保を写せば、山場は超えられる。

馬に丁寧に足を揃えて座る志保。白馬に負けない程白く、健康的だった。

 志保を下から、舐めるように志保の顔を写してコメントを待つ。

 すると、


「うふ」


 志保は清純派女優のように笑った。

 それだけだった。

 どうやら、今回はその笑顔がコメントのようだ。確かに、清らかでお姫様のような笑みは『メリーゴーラウンド』に在っていた。

 全員のコメントを取り終えた僕は、カメラを外に向ける。

 内側から見た外の景色も伝えなければならない。

 屋根の裏に付いている証明が、多色に光って交じり合う。廃墟の寂しさが嘘のように、この場所だけ賑やかに光っていた。

 そんな光景を撮る方が、有名人きどりの人間を取るより全然楽しかった。

 今も背中で耳障りで不快な話声が聞こえてくる。

 折角の景色もこれでは半減だ。

 それでも、なおも美しい光に見惚れていると、4人の声とは明らかに異質な音が聞こえてきた。


『ごとり』


 それは、なにか、重いものが落ちた音だ。

 何事かとカメラから目を離して、音のした方を見た。

 すると、僕の横を首のない白馬が走っていた。

 しばらく、その状態で走っていたのだが、少し時間を置いて、もげた首から赤い液体が溢れ出す。

 生臭い匂いに、それがすぐに何か分かった。

 敦たちに殴られて散々味わった匂いと味。

 血液だ。

 流れる血に目を見張る僕だが、


「うわぁっ!」


 と背後から聞こえてきた叫び声に首を動かす。その叫び声は千紘のようだった。

 千紘が乗っていた白馬の首も、ぐるりと二転三点すると、「ごとり」と、捻り千切り切られた。そして――一匹目と同じように血液が噴き出る。

 千紘の馬を筆頭にして、次々に白馬の首が落ちている。捻り千切られたものもあれば、刃物で落とされたかのような鋭い切り口で、切断された馬もいた。

 ただ、どの馬も、血を吹き出しながら、狂ったように走り続ける。

 光が赤く染まる。

 血のシャワーの中を僕たちは走る。


「おい……。何だよ、これ……」


 『メリーゴーラウンド』の馬は作りモノである。

 それなのに、何故血液が流れているのか。

 僕だけでなく、他の人間も同じことを考えただろう。

 だが、その思考は続けられない。

 『メリーゴーラウンド』は廻り続ける。

 血液を引きずり、落ちた首を蹴りまわして。

 綺麗だった光が白馬を照らす。

 血で誰もが赤く濁っていた。

 

 まるで――地獄絵図だ。


 僕は、それでもカメラを回す。

 逆にこの使命感が恐怖を和らげてくれているのか。

 


「……ちょっと、やばいって、帰ろうよ」


 唯一の女子である志保が言う。もっとも、こんな血塗れの状態になってからでは遅すぎる。

 それに――帰ろうにも『メリーゴーラウンド』は止まらない。

 動きはさほど早くない。

 飛び降りようと思えば降りられる。

 だが、運動能力の高い敦も千紘もその行為に移せなかった。


「…………」


 それはそうだ。

 僕だって、馬の首が落ちて地だまりを作る地面に飛び降りたくはない。今の僕達に出来ることは、黙って棒に掴まり、早く止まれと祈るだけだ。

 そんな状態で何分経っただろうか。

 しばらくすると、速度を落として停止した。


「…………」


 誰もが止まった安心感から、魂が抜けたかの如くに言葉を発しなかった。

 それでも、早く『メリーゴーラウンド』から離れようと、我先にと馬から降りる。栄太は腰を抜かしているようで、這うようにして鉄柵を通る。

 血溜まりが飛沫を上げて栄太の顔を汚すが、本人は気にしていないようだ。

 僕もゆっくりとカメラのレンズに血が付いていないかを確認して降りる。

 全員が『メリーゴーラウンド』から離れた所で、敦が呟くように声を出した。


「なんだったんだよ、これ……」


 敦の呟きをきっかけに、恐怖から解放された4人が一斉に話し始める。


「在り得ない……。作り物に血だなんて……」


 この血液は偽物だと栄太。


「そうだよ。ねえ、敦もそう思うでしょ? これって作り物だよね」


 栄太に同意した志保が敦に聞いた。


「知るか! 俺に聞くんじゃねぇ」


 志保の質問に苛立った声を上げる敦。


「でも、これって本物に近いよね」


「……」


 敦を宥めるようにして千紘が同意を求める。

 この血液が本物。

 その意見には僕も賛成だ。

 敦と千紘が本物ということで、残りの二人も信用したようだ。だが、本物だとしたら、尚更、この出来事に説明がつかなくなる。

 一番頭の良い栄太でも思いつかないだろう。

 再び訪れた沈黙。

 それを破ったのは――やはりリーダーである敦だった。


「まあ、これだどうだろうと、いいじゃんかよ。俺たちは最高の映像を手にした。その事には変わりないんだからよ」


 僕にしっかりと取れてるかと聞く。

 できる限りレンズは守ったから、見れる映像は残っていると答えた。


「そうか。クズにしてはよくやったな。褒めてやるよ」


 褒められた。

 いや、馬鹿にされたのか? ともかく、罰を与えられなかったということは、僕の選択は間違ってなかったらしい。


「敦……?」


 理不尽な光景を味わい、映像に残せたことを喜べと、未だに震える三人を鼓舞する。


「こんな映像……普通取れないぞ? これをアップすれば、再生回数が今までの何倍にもなるんだよ!」


「でも……」


 千紘が敦に何かを伝えようとするが、興奮した敦は聞き入れない。


「なんだよ。なんか文句んのか、千紘!」


「……いや、その……なんでもないよ」


「だったら、言うんじゃねぇよ」


「……」


 一瞬。

 千紘が顔を顰めるが、そのことに敦は気付かなかった。志保が「いいから、今日は、もう帰ろうよ」と、敦の服を引っ張ったのだ。

 志保も全身が濡れていた。艶やかな脚も血にまみれては魅力は半減だった。

 彼女だけではない。

 乗っていた全員が血まみれだった。

 勿論――僕も含めて。


「ああ、そうだな」


 志保の言葉に大人しく従う敦。

 少し安心したような表情を僕は見逃さなかった。

 内心はビビっていたが、強く見せるためにあんなことを言ったのだろう。千紘にキツく当たったのも強く見せるためだ。

 ……。

 本当に、小さなプライドを大事にする男だ。

 怖いという感情を、素直に認めればいいものを。

 勿論、僕はそんな指摘はしない。黙って後ろに続くだけだ。

 僕たちは鮮血に光る『メリーゴーラウンド』を後にして、遊園地から出た。

 一度踏み込めば逃げられないと――僕はどこかで直感していた。。


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