人殺し
僕たちが初めて『裏野ドリームランド』を訪れた時間が近づいていた。
今のところ『メリーゴーラウンド』に変化はない。
光もなければ首も落ちていない。
このまま見張っていれば、なにも起こらないのではないのかと、密かに期待したが――そんなに甘くはなかった。
『メリーゴーラウンド』の光が一斉に点灯した。
懐中電灯の明かりだけで夜を過ごしでいた僕は――その明るさに目を閉じてしまう。
閉じた瞳を少しずつ広げて、視界を取り戻していく。
僕の視界が完全に戻った時には――既に惨劇の後だった。
半ば見慣れた地獄絵図。
……どうやら、少しでも時間を短縮しようとした結果、余計に時間をロスしてしまったらしい。
急がば回れとはよく言ったものだ。
僕はロスした時間を取り戻すように、昼間印をつけた一匹を探していく。わき腹に付けた黒い線が消えていないことを祈って、確認していく。
すると、一匹の馬に黒いマジックで引かれた黒線が、闇と紛れるようにして存在していた。
良かった。
単純な攻略方法は通じたらしい。
後は、落書きのされた頭を探すだけだ。
僕は地面に転がる顔を一つずつ見ていく。
だが――どれも落書きはない。
首には印が残っていなかった。
僕がため息を付くと、胸ポケットにしまった携帯から、志保の声が聞こえてきた。
〈……どう、あった?〉
昼間に僕を罵倒した声は、『ゲーム』が始まったことで震えているようだった。自分が殺されるという恐怖に怯えているのだろう。
『メリーゴーラウンド』に光が灯って数分。まだ、『メリーちゃん』からの連絡はない。
もしかしたら、遠くに移動するという対策も通じたのだろうか。
志保は、今、本島の最北端にあるホテルから連絡をしているはずだった。新幹線を乗り継いで半日かけて移動した。
……半日で日本の半分の距離を移動できると考えると、交通手段の発達は素晴らしいと感心する。
だが、対策を討ったからと言って油断はできない。
僕は、近くにあった首を一輪車に三つ乗せて運ぶ。重くてバランスを崩しそうにはなるが、手で運ぶよりは体力の消耗も、時間もかからない。
印は使えなかったが、これだけでもクリアできると一つ目の首を取り付けた時、『メリーちゃん』からの配信があった。
僕は一度、志保との会話を終了させて急いで動画を確認する。
『メリーちゃん』は、今、どこにいるのか。
……。
映像の景色は真っ暗で、周囲の風景が見えない。
『私は今、「四沢駅」に来てるよ』
『メリーちゃん』が自分のいる場所を告げた。
……僕はその駅の名前を知っている。
志保を逃がすために経路を調べたのは僕だ――だから、志保が向かったホテルの最寄り駅が『メリーちゃん』がいる場所だと覚えていた。
『メリーちゃん』の映像はそれで途切れた。
短い動画ではあったが、僕を焦らせるには充分だった。志保に連絡する手間を惜しんで、二つ目、三つ目を持ち上げる。
首一つを馬の頭の高さに持っていくのは、やはり辛い。腕が痙攣する。
運ぶのは楽になろうと、持ち上げるのに手間がかかる。
それでも、一輪車に積んでいた三つの確認が終わった。どの首も胴体には付かなかった。
落胆から来る疲労に、僕は膝を着けて、冷たいお茶でも飲みながら休みたくなる。そんな欲望を押さえて、僕は志保のために動いた。
……人を守るため。
そう思えども、内側から悪魔の声が聞こえてくる。
散々、酷い目に合わせたんだから、殺しちまえと。
殺しても誰も文句は言わないと。
その誘惑に見せられる僕を、現実に引き戻したのは、二度目の『メリーちゃん』からの通知で会った。
『私は今、ホテルの前に来ているよ』
もう――志保の直ぐそこまで来ていた。
遠くに移動するという行為は全くの無意味だった。
『メリーちゃん』はどうやって移動したんだよ?
しかし、今更、『メリーちゃん』の異常さに文句を言っても始まらない。怒りを力に変えて、首を運ぶだけだ。
僕は更に三つの首を試してみるも効果がない。
また、運ばなければいけないのかと肩を落とすと、今度は志保から電話がかかってきた。
〈てめぇ。休んでんじゃねぇよ! 早くしろよ!〉
いつまでたってもクリアできない僕に、発破をかけてきた。
……休んでいないのに怒られてしまった。
胸元から聞こえてくる怒声に従い、もうワンセット首を運んだ。
これで9個試すことになる。
22分の9。
そろそろ当たってもいい確率だ。
首を持ち上げるという、一番キツイ作業。息を止めて力を込める。
だから、何故、僕がこんな目に……。
『4X』でもない。
ただの撮影者なのに……。
なんど振り払おうと、現実に戻されようと、悪魔の声はしつこく僕に囁いた。
電話の向こうから、激しく扉がノックされる音が、僕にまで聞こえてきた。
〈おい! 早く! やべぇよ! なあ、いい加減に助けろよ!〉
……どうやら、志保の部屋まで辿り着いたようだ。
遠くに行っても意味がない。
これが分かっていれば、もっと別の案を思いついたかもしれないのに。
どれもこれも、勝手なことで死んでいった敦と千紘が悪い。あの二人がもっと謙虚で優しければ……志保は助けられたかもしれない。
……言い訳をして二人に罪を擦り付ける自分がいた。
……こんなことでは誰も救えない。
電話口では、志保が入ってきた『メリーちゃん』に、精一杯の罵声を浴びせていた。
もう――時間切れだ。
ならば、僕はせめて、最後に一つを付けようと力を振り絞った。こんな理不尽なゲームでも僕は頑張ったと、時間いっぱい戦ったと。自分を納得させるためだけの一つを――僕は首に付けた。
数秒待った後に、そっと掴んでいた手を離す。
僕はやるだけやった。
僕は悪くない。
首が落ちる光景を見ようとじっと待つが、いつまでたっても、馬の首は落ちてこない。優雅に遠くを見つめていた。
『4人目――星斧 志保。救出成功』
『メリーちゃん』の声が響いた。
は?
こんなにあっさりとクリア?
志保と通じている電話口から、『メリーちゃん』の声が聞こえてきた。
志保を救うことに成功したのだと。
その言葉に志保が歓喜の声を上げた。
「よくやった。お礼にマジでやらせてやんな!」
10個目にして――ようやく見つけた。
確率的に言えばほぼ半数に近い。そう考えれば、別におかしな確率ではないのか。
普通のこと。
だが、それでも、最後の一つで志保を助けられた。命を救ったことに変わりはない。
僕は足に力を込められずに、崩れるように地面に座った。
血にまみれた地面が、汗と混じってべっとりと服を汚すが気にならない。
『これで、ゲームは終了―。リザルト画面に入ります』
気が付くと、僕の携帯の画面は勝手に動き出していた。
一人の男が映し出された。
敦だった。
首を絞められて殺されている画像。
恐らく――僕たちに見せられなかった敦の死だろう。『メリーちゃん』の腕が、容赦なく敦の首を絞めていた。
前原 敦――『死』
再び画面が変わる。
次に移されるのは、僕が初めてみた人が死ぬ瞬間。
栄太だった。
血しぶきを上げて死んだ栄太は、結局、人の気持ちはお金で買えないことに気付けたのだろうか。
いや、『メリーちゃん』は人間じゃない。
最期まで気付けなかったのかも知れない。
それはそれで幸せだっただろう。
酒井 栄太―― 『死』
次は千紘の死体だった。
裸で宙にぶら下がっている。
どこかの山奥なのか――鳥に突っつかれている。まだ、発見されていないのかも知れない。よく見ると手足がそれぞれ別の方向に曲がっている。
腕と手足を折られたようだ。
よく見ると指も全て潰されていた。
富田 千紘――『死』。
そして最後は、画像ではなく動画――ホテルの中で、生き伸びたことに安堵して大泣きする志保の姿だった。
ワンワンとなく姿は、小学生の志保を思い出させる。
昔は敦と二人で庇ったものだ。
そんな志保に僕はゆっくり手を伸ばした。
遠くにいるはずの志保が、いつのまにか『メリーゴーラウンド』の中心にいた。画面に伸ばしたはずの僕の手は、志保の首に届いた。
僕は疲れで震える手に力を込めて――志保の首を握った。
星斧 志保――『死』
『『4X』――全員死亡。ゲームクリア』
『メリーちゃん』が呟いた。
――いや、違う。
言葉を発したのは少女ではない。
画面には何も映っていない。
呟いたのは僕だ。
僕が志保を――『4X』を殺したのだった。
僕は敦の死顔を見た。
僕が殺したから。
栄太の命乞いを笑った。
そして殺した。
千紘は吊るされた。
背が低いから簡単だった。
志保が死んだ。
今殺した。
僕は映像を見ていたんじゃない。
思い出しただけなんだ。
殺した顔を。
『復讐して――何が悪い』
僕が狂ったように笑った。
ずっと、殺したかった。
その夢が叶ったのだ。
この『夢の国』で――。
僕は思い残すことはない。そんな僕を迎えるようにして、白馬に乗った金色の少女がゆっくりと手を差し伸べてきた。
その手が志保を僕が殺したように、今度は僕の首に添えられた。




