表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

人殺し

 僕たちが初めて『裏野ドリームランド』を訪れた時間が近づいていた。

 今のところ『メリーゴーラウンド』に変化はない。

 光もなければ首も落ちていない。

 このまま見張っていれば、なにも起こらないのではないのかと、密かに期待したが――そんなに甘くはなかった。

 『メリーゴーラウンド』の光が一斉に点灯した。

 懐中電灯の明かりだけで夜を過ごしでいた僕は――その明るさに目を閉じてしまう。

 閉じた瞳を少しずつ広げて、視界を取り戻していく。

 僕の視界が完全に戻った時には――既に惨劇の後だった。

 半ば見慣れた地獄絵図。

 ……どうやら、少しでも時間を短縮しようとした結果、余計に時間をロスしてしまったらしい。

 急がば回れとはよく言ったものだ。

 僕はロスした時間を取り戻すように、昼間印をつけた一匹を探していく。わき腹に付けた黒い線が消えていないことを祈って、確認していく。

 すると、一匹の馬に黒いマジックで引かれた黒線が、闇と紛れるようにして存在していた。

 良かった。

 単純な攻略方法は通じたらしい。

 後は、落書きのされた頭を探すだけだ。

 僕は地面に転がる顔を一つずつ見ていく。

 だが――どれも落書きはない。

 首には印が残っていなかった。

 僕がため息を付くと、胸ポケットにしまった携帯から、志保の声が聞こえてきた。


〈……どう、あった?〉


 昼間に僕を罵倒した声は、『ゲーム』が始まったことで震えているようだった。自分が殺されるという恐怖に怯えているのだろう。

 『メリーゴーラウンド』に光が灯って数分。まだ、『メリーちゃん』からの連絡はない。

 もしかしたら、遠くに移動するという対策も通じたのだろうか。

 志保は、今、本島の最北端にあるホテルから連絡をしているはずだった。新幹線を乗り継いで半日かけて移動した。

 ……半日で日本の半分の距離を移動できると考えると、交通手段の発達は素晴らしいと感心する。

 だが、対策を討ったからと言って油断はできない。

 僕は、近くにあった首を一輪車に三つ乗せて運ぶ。重くてバランスを崩しそうにはなるが、手で運ぶよりは体力の消耗も、時間もかからない。

 印は使えなかったが、これだけでもクリアできると一つ目の首を取り付けた時、『メリーちゃん』からの配信があった。

 僕は一度、志保との会話を終了させて急いで動画を確認する。

『メリーちゃん』は、今、どこにいるのか。

 ……。

 映像の景色は真っ暗で、周囲の風景が見えない。 


『私は今、「四沢駅よつさわえき」に来てるよ』


 『メリーちゃん』が自分のいる場所を告げた。

 ……僕はその駅の名前を知っている。

 志保を逃がすために経路を調べたのは僕だ――だから、志保が向かったホテルの最寄り駅が『メリーちゃん』がいる場所だと覚えていた。

 『メリーちゃん』の映像はそれで途切れた。

 短い動画ではあったが、僕を焦らせるには充分だった。志保に連絡する手間を惜しんで、二つ目、三つ目を持ち上げる。

 首一つを馬の頭の高さに持っていくのは、やはり辛い。腕が痙攣する。

 運ぶのは楽になろうと、持ち上げるのに手間がかかる。

 それでも、一輪車に積んでいた三つの確認が終わった。どの首も胴体には付かなかった。

 落胆から来る疲労に、僕は膝を着けて、冷たいお茶でも飲みながら休みたくなる。そんな欲望を押さえて、僕は志保のために動いた。

 ……人を守るため。

 そう思えども、内側から悪魔の声が聞こえてくる。

 散々、酷い目に合わせたんだから、殺しちまえと。

 殺しても誰も文句は言わないと。

 その誘惑に見せられる僕を、現実に引き戻したのは、二度目の『メリーちゃん』からの通知で会った。


『私は今、ホテルの前に来ているよ』


 もう――志保の直ぐそこまで来ていた。

 遠くに移動するという行為は全くの無意味だった。

 『メリーちゃん』はどうやって移動したんだよ?

 しかし、今更、『メリーちゃん』の異常さに文句を言っても始まらない。怒りを力に変えて、首を運ぶだけだ。

 僕は更に三つの首を試してみるも効果がない。

 また、運ばなければいけないのかと肩を落とすと、今度は志保から電話がかかってきた。


〈てめぇ。休んでんじゃねぇよ! 早くしろよ!〉


 いつまでたってもクリアできない僕に、発破をかけてきた。

 ……休んでいないのに怒られてしまった。

 胸元から聞こえてくる怒声に従い、もうワンセット首を運んだ。

 これで9個試すことになる。

 22分の9。

 そろそろ当たってもいい確率だ。

 首を持ち上げるという、一番キツイ作業。息を止めて力を込める。

 だから、何故、僕がこんな目に……。

『4X』でもない。

 ただの撮影者なのに……。

 なんど振り払おうと、現実に戻されようと、悪魔の声はしつこく僕に囁いた。

 電話の向こうから、激しく扉がノックされる音が、僕にまで聞こえてきた。


〈おい! 早く! やべぇよ! なあ、いい加減に助けろよ!〉


 ……どうやら、志保の部屋まで辿り着いたようだ。

 遠くに行っても意味がない。

 これが分かっていれば、もっと別の案を思いついたかもしれないのに。

 どれもこれも、勝手なことで死んでいった敦と千紘が悪い。あの二人がもっと謙虚で優しければ……志保は助けられたかもしれない。

 ……言い訳をして二人に罪を擦り付ける自分がいた。

 ……こんなことでは誰も救えない。

 電話口では、志保が入ってきた『メリーちゃん』に、精一杯の罵声を浴びせていた。

 もう――時間切れだ。

 ならば、僕はせめて、最後に一つを付けようと力を振り絞った。こんな理不尽なゲームでも僕は頑張ったと、時間いっぱい戦ったと。自分を納得させるためだけの一つを――僕は首に付けた。

 数秒待った後に、そっと掴んでいた手を離す。

 僕はやるだけやった。

 僕は悪くない。

 首が落ちる光景を見ようとじっと待つが、いつまでたっても、馬の首は落ちてこない。優雅に遠くを見つめていた。


『4人目――星斧 志保。救出成功』


 『メリーちゃん』の声が響いた。

 は?

 こんなにあっさりとクリア?

 志保と通じている電話口から、『メリーちゃん』の声が聞こえてきた。

 志保を救うことに成功したのだと。

 その言葉に志保が歓喜の声を上げた。


「よくやった。お礼にマジでやらせてやんな!」


 10個目にして――ようやく見つけた。

 確率的に言えばほぼ半数に近い。そう考えれば、別におかしな確率ではないのか。

 普通のこと。

 だが、それでも、最後の一つで志保を助けられた。命を救ったことに変わりはない。

 僕は足に力を込められずに、崩れるように地面に座った。

 血にまみれた地面が、汗と混じってべっとりと服を汚すが気にならない。


『これで、ゲームは終了―。リザルト画面に入ります』


 気が付くと、僕の携帯の画面は勝手に動き出していた。

 一人の男が映し出された。

 敦だった。

 首を絞められて殺されている画像。

 恐らく――僕たちに見せられなかった敦の死だろう。『メリーちゃん』の腕が、容赦なく敦の首を絞めていた。

 

 前原 敦――『死』


 再び画面が変わる。

 次に移されるのは、僕が初めてみた人が死ぬ瞬間。

 栄太だった。

 血しぶきを上げて死んだ栄太は、結局、人の気持ちはお金で買えないことに気付けたのだろうか。

いや、『メリーちゃん』は人間じゃない。

 最期まで気付けなかったのかも知れない。

 それはそれで幸せだっただろう。


 酒井 栄太―― 『死』


 次は千紘の死体だった。

 裸で宙にぶら下がっている。

 どこかの山奥なのか――鳥に突っつかれている。まだ、発見されていないのかも知れない。よく見ると手足がそれぞれ別の方向に曲がっている。

 腕と手足を折られたようだ。

 よく見ると指も全て潰されていた。


 富田 千紘――『死』。


 そして最後は、画像ではなく動画――ホテルの中で、生き伸びたことに安堵して大泣きする志保の姿だった。

 ワンワンとなく姿は、小学生の志保を思い出させる。

 昔は敦と二人で庇ったものだ。

 そんな志保に僕はゆっくり手を伸ばした。

 遠くにいるはずの志保が、いつのまにか『メリーゴーラウンド』の中心にいた。画面に伸ばしたはずの僕の手は、志保の首に届いた。

 僕は疲れで震える手に力を込めて――志保の首を握った。


 星斧 志保――『死』

 

『『4X』――全員死亡。ゲームクリア』


 『メリーちゃん』が呟いた。

 ――いや、違う。

 言葉を発したのは少女ではない。

 画面には何も映っていない。

 呟いたのは僕だ。

 僕が志保を――『4X』を殺したのだった。

 僕は敦の死顔を見た。

 僕が殺したから。

 栄太の命乞いを笑った。

 そして殺した。

 千紘は吊るされた。

 背が低いから簡単だった。

 志保が死んだ。

 今殺した。

 僕は映像を見ていたんじゃない。

 思い出しただけなんだ。

 殺した顔を。


『復讐して――何が悪い』


 僕が狂ったように笑った。

 ずっと、殺したかった。

 その夢が叶ったのだ。

 この『夢の国』で――。

 僕は思い残すことはない。そんな僕を迎えるようにして、白馬に乗った金色の少女がゆっくりと手を差し伸べてきた。

 その手が志保を僕が殺したように、今度は僕の首に添えられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ