始まり
「どーも、俺たち『4X』でーす」
4人の男女が揃った動作でポーズを取る。
僕はそれを逃さぬようにカメラを固定する。このポーズを上手く取れなかったら、どんな罵倒を浴びせられるか。一人で懐中電灯で照らしながら撮影するのは難しいが、なんとかブレずに撮影を続ける。
右手は手の甲を僕の方に向けてピースを作って90度倒す。そしてピースサインの間を通すようにして左手の人差し指を天に突き差すのが『4X』のキメポーズだ。
こちらから見ると数字の『4』と『X』が重なったように見えるのがポイントらしい。
このポーズを考案したのは、『4X』の紅一点、星斧 志保。
本人はオリジナルにあふれたポーズだと自身あり気だ。
だが、僕からしたら、三つの数字の合計が『13』になる、特撮ヒーローの武器にしか見えない。しかもそれが10年も前だと知ったら、志保はショックを受けるだろう。
いや、志保だけじゃない。
残りの三人も同じく顔を青ざめさせるだろう。
『4X』のメンバーは志保を含めても、全員が開拓者気取りで先駆者のつもりなのだ。
『裏野』という地方都市の田舎者にしかすぎないのに、どこからその自信は出てくるのだろうか。
『4X』
そう名乗る彼らは――動画配信をしているチームだ。
……最近流行りの動画配信者だ。
動画配信者というのは、世間でも話題になり、多くの人に認知され始めている。それに乗っかるようにして初めたのだが、『4X』である。
後を追っかけてる時点で開拓はしていないのだけれど。
それでも――任期は高いようだ。
ただ、そのなぜか出た人気が彼らを勘違いさせているに違いない。自分たちが開拓者であると。
4人が4人ともルックスが良いのも、人気の一因だろう。
因みに『4X』とは、4人×視聴者という意味らしい。
……。
名前までどこにでもありそうな模倣である。
そんな感情を殺して、僕はカメラを回す。
『4X』は、そんな僕を嘲笑う。
「ちょっとー、カメラマンさんー! 表情暗いよー!」
『4X』のリーダーである前原 敦が地面に置いていた懐中電灯を手にして光を僕に向けた。
ルックスが良いと、映像に残るというのに、そんな動作も許されるのだから、世間とは不平等な物だ。むしろカメラマン弄りと笑って視聴者は見るのだろう。世間が狂ってるのだから平等でないのも当たり前だった。
顔は性格が滲み出るというが、敦はちっとも滲んでいない。
爽やかな好青年。
塩顔イケメン。
高身長。
それらの条件に人々は騙されている。
彼はともかく目立ちたがり屋なのだ。僕も幼馴染でなければ騙されていただろう。実際は自分が目立つためらば、幼馴染をも侮辱する自己中な人間だというのに。
志保も敦の幼馴染なのに気付けないなんて馬鹿だ。
それどころか付き合ってるのだから。
志保と敦。
この2人と僕は幼馴染だった。
僕は敦の言葉に小さく笑ってみせる。ここでむっすりとした顔をすれば、後で何をされるか分かったものではない。こないだはジュースをかけられた。しかも炭酸のベタベタするやつをだ。
僕の笑顔はどうやらうまく言ったようだ。
怒られることなく敦が話を進める。
「って、それも無理ないか。何故なら、今日は『裏野』でも有名な心霊スポット――『裏野ドリームランド』に来てるんだからなぁー!」
敦が視聴者を意識しているのだろうか、妙に語気を強めて言う。まだ、ネットにはアップしてないので、誰も見ていない。それなのに、ここまで出来るのは凄いと僕は改めて感心する。
馬鹿ナルシストの典型だと。
「私もー、超怖いー」
感情を殺している僕は、その声にカメラを向ける。
志保が大げさに腕を抱えて震えて見せたのだ。僕はカメラをズームさせて志保を移す。カメラの画面が収めるのは、志保が胸を抱えることで強調された二つの柔球だ。
もしも勝手にこんなことをすれば、『4X』のメンバーからタコ殴りにされるだろう。
だが、ここまでは事前に打ち合わせ済みだ。
むしろ取らなければ殴られる。
視聴者を虜にするためなら、身体の一部分など、平然とさらけ出せるのだ。
つまり――変態だ。
「はーい、オープニングトークはOKだよー!」
パァンと手を叩く音が響いた。手を叩いたのは、画面に映っていた4人の中でも、一番小柄な男だ。
女性である志保よりも低い身長。
彼は 富田 千紘。
低い身長と童顔が特徴的な男だ。だが、子供のようなあどけない表情が、世のお姉さん方には受けるらしく、敦に次いで人気を誇っている。コンプレックスを利用するという図太さを、僕は見習いたいと常々思っていた。
「えーと……」
千紘は印刷した紙を見て、次の流れを確認する。
見た目の通り小回りが利くからか、現場での進行等を行うことが多かった。
「えーと、ここで、エイターの作った資料と映像が流れます」
ネットで拾った繁盛していた時の『裏野ドリームランド』の映像と、現在の廃墟を比較させた動画が流れるらしい。
最も活気のあるものと現状を比べることで、この悲惨さをより印象付けるようだ。
「ふふ……。言われた通り、最高に怖くしましたよ……」
眼鏡を両手で押し上げて得意げに笑う男。
敦と同等の身長だが、身体が細いからか、バランスが悪く思えてしまう。
顔も白い。
いかにも理系の男と言った雰囲気だった。
実際に一流の理系大学に通っているのだが……。
しかし、こんな彼も彼で、一部の人間には、人気があるというのだから驚きだ。しかも、病欠な感じが堪らないという信じがたい内容でだ。
彼が「エイター」と呼ばれているのは、名前が、栄太ということと、動画編集の担当をしているからだ。
栄太と『クリエイター』という意味が掛けられているらしい。
次の流れを確認する時も、彼ら二人は僕には余り話しかけない。
敦の友達であり、僕の友達ではないというのもあるだろうが、それ以上に、僕を見下しているのだ。
千紘は容姿で。
栄太は学歴で。
僕はただ、言われた通りにカメラを動かすだけの人間としか、二人は思ってないのかも知れない
命令に逆らうこともできない臆病者だから、こうして呼び出されているのだ。
敦と志保が腕を組んで戦闘を歩く。
その後ろで、どこに何があるのかを説明しながら千紘と栄太が続く……。
金曜日の夜なのに、何をしているんだと、前を歩く4人に聞こえない大きさでため息を付いた。隠れた所でしか行動に移せない自分が嫌いだ。
「じゃあ、この辺で次の映像取りましょうか……」
千紘の言葉に、俺は直ぐにカメラを構える。少しでも面白い話や反応を逃さないようにしなくてはならない。
敦の受けそうなボケや突っ込みを映像に出来なかったら、それだけで、痛みを与えらえるだろう。
「敦さん! この『裏野ドリームランド』にはいくつかの噂があるって知ってますか!?」
「おいおい。お前、俺を誰だと思ってるんだよ。当たり前だの前原さんだぞ」
どこかで聞いたことのあるワードを組み合わせただけの言葉に、三人は笑う。それにつられた風を装って控えめに僕も笑った。
笑わなかったら怒られるし、大声で笑ったら殴られる。
もしも、控えめ笑顔選手権があったら、僕は日本で一番になれるだろう。
ここで栄太の作った映像が流れる。
今度は6つの噂が流れるアトラクションを説明するのだ。
「今日はその中の一つ――『廻るメリーゴーラウンド』に突撃します!」
本日の目的を敦が言った。
志保と栄太がワザとらしく驚く中、千紘だけは違った。
敦の言葉に千紘が強く切り込んだ。
「ちょっと、一つだけどか日和ってるんですか、敦さん! 1つと言わず3つ! 嫌、全部回りましょう」
勿論これも仕込みである。
カメラが回っていなければ、千紘が敦に強気にでれることはない。一部のアンチを納得させるために千紘に代弁させているのだ。
こういった構成が地味にファンを増やすらしい。
別に気にしないと思うのだけれど。
「だけどなー。カメラマンビビってるからさ」
いかにも、ビビっているのは僕で在り、僕のせいで撮影ができないと強調する。
まあ、ビビっているのは本当だけれど、でも、敦が僕を気遣うことはない。ただ単に勿体付けているだけだ。
もしもいい映像が取れれば引っ張ることができる。
撮れなければ、これを『前フリ』として、一気に6つのアトラクションを制覇する口実にする気だろう。
『ビビりに残りの噂を一人で検証させてみた』とかでね。
そう考えると、なにか起こって欲しいと思ってしまうが、噂は所詮噂。
『廻るメリーゴーランド』なんて在り得ない。
人がいなければ廻るものも廻らないのだ。
人がいなくても廻るものなど、宇宙くらいのものだろう。
「本当、敦と比べ物にならないくらいチキンだねー」
志保が右手で胸を押し上げながら笑う。
その動作を自然にやることで、嫌味な印象を与えない。露骨は嫌われるが、自然ならばいいという風潮はある。
僕はもう一度、「なにも起こるはずがない」と自分に言い聞かせる。
能天気に笑う声たちが――この時ばかりは頼もしく聞こえた。