悪役令嬢に転生したけれど、そんなことより近未来サブカルチャーに夢中です! 02
真希が昴と共に開発室に入ると、それに気付いたスタッフ達が一斉に頭を下げた。
連日の作業で疲労も溜まっているだろうに、彼らはそのような様子を表に出さずに毅然としている。
「皆様、ご苦労様です。貴方達の尽力にはいつも感謝していますわ」
真希が感謝の意を伝えると、スタッフ達はみんな喜びを露にした。
「ありがとうございます! スタッフ一同、お嬢様のおかげで様々なプロジェクトに携われて、心より感謝しております!」
スタッフのリーダーが代表してそう応える。
彼らはさっそく成果を見てもらいたいのか、真希を部屋の奥へと促した。
真希も内心ではスキップしたいくらいご機嫌だったのだが、みんなの前ではしたない真似はできないため、ゆっくりと歩を進める。
案内された部屋の奥にある扉を潜ると、そこには架空現実に人の意識を接続するための機械、通称VRマシンのセットが揃っていた。
一般家庭に普及しているヘルメット型ではなく、より快適性、機能性を向上させた大型筐体型だ。
筐体の中にある高級ソファに寝転がることで、身体をリラックスさせて架空現実を楽しめるため、富豪層に人気の高いハイスペック仕様となっている。
「それでは、さっそく楽しませてもらうわね。昴、中で会いましょう」
「はい、お供させていただきます」
昴も別の筐体へと案内される。一時的に離れ離れとなるが、すぐに架空現実の世界で合流できる手筈だ。
シュン、と小さく機械音が鳴って筐体の扉が閉まる。真希は慣れた様子でソファに身を委ねた。
目の前のモニターに架空現実との接続準備を知らせる映像が流れて、アナウンスがカウントダウンを告げる。
やがて、真希の意識は一瞬の空白の後、架空現実の世界へと辿り着いていた。
このVRマシン自体は、真希がこの世界に生まれた頃には既に存在していた代物だ。
そこから時間をかけて、様々な架空現実を生み出すためのプログラムが組まれてきた。
今回、真希のアイデアを元に生み出されたのも、新たな架空現実世界を構築するプログラムだ。
しかし、その世界の方向性が近年の流行と違うものとなっていた。
真希の目の前に構築された架空現実世界は――所謂、昭和の日本を再現したものだった。
多くの架空現実世界が剣と魔法のファンタジーや、何世紀も先の未来など、空想の世界をモチーフにしたものばかりなのに対して、昔懐かしい光景を架空現実にするという試みは、この世界にはありそうでなかったものであった。
「うふふ……このレトロな感じ、良いわね」
見渡せば、夕暮れの町並みの至る所に昭和の匂いを感じさせる光景が溢れていた。
駄菓子屋に集まり、お菓子や10円ゲームに興じる子供達の賑やかな声。
古い型の車が現役で道路を走り、その傍らを路面電車が通り過ぎて行く。
空き地ではメンコやビー玉遊びに夢中になる子供達もいた。
最先端技術を駆使して作られた目の前の風景は、架空の物とは思えない程に現実味に満ちている。
「お嬢様、お待たせいたしました」
後ろから聞こえる声に振り返ると、昴が立っていた。
いつも着ている執事服ではなく、この昭和風の架空現実に合わせたファッションに変わっている。
半球型のクラウンと巻き上がったブリムが特徴的な山高帽子に、丸型レンズで目を周りを覆うロイド眼鏡。
青色のシャツに赤いネクタイを首に巻いて、裾の広がっているセーラーズボンを穿いている。手には細身のステッキを携えていた。
所謂モダンボーイ、と呼ばれる昭和のファッションだ。
「あらあら、似合っているじゃない。イケメンは何を着ても絵になるわね」
「お嬢様も、お似合いでございますよ」
真希の服装もまた、昭和らしさを再現したものに変わっていた。
緑色で水玉柄の、木綿製のワンピース。クロッシェという型の純白の帽子。
そして花柄の日傘を差して、手持ち無沙汰にくるくると回してみたりしている。
外国の文化を積極的に取り入れようとしていた、昭和モダンと呼ばれる時代に流行したファッションだ。
「ありがとう、嬉しいわ……でも、友達として接してくれたらもっと嬉しいわね」
「で、ですがこれも新製品のテストという仕事の一環ですし、ログに残りますから……」
「私が許すわ。さあ、今はかたいこと言いっこなしで、この世界を遊び回るわよ!」
真希はそう言うやいなや、昴の手を引いて駆け出す。
最初に遊ぼうと決めていたのか、駄菓子屋の10円ゲームに一目散に向かっていった。
この世界に存在している人間は、現在は真希と昴だけで、周囲の子供や店の店員は人工知能が動かしているデータ上の存在だ。
そのためプレイヤーである真希が近づくと、自然と10円ゲームの順番が空くように子供達が他の事をし始めて、すぐに真希が遊べるようになっていた。
「娯楽好きとしてはこれは外せないわよね……さあ、いざ尋常に!」
そう気合を入れて挑む真希であったが、結果は芳しくなかった。
ネット上の情報だけとはいえ、この手のゲームの難易度は凄まじく高かったという話を聞いていたものの、4回、5回、6回……と連続して挑戦しても、中々クリアできない。
今遊んでいるのは、10円を入れるとボールが1個出てきて、それを手打ちのパチンコの要領で弾き出して、当たりと示された穴に入れられたら景品ゲット、というものだ。
しかしボールが飛び出していく先にある様々な仕掛けに阻まれて、ボールは外れの穴へと吸い込まれていくばかりだった。
「う、ううむ、高難易度を忠実に再現してるわね……あ、昴もやってみる?」
「はい、それではお言葉に甘えて」
「もっと気軽に!」
「えと、その……うん。分かったよ、真希」
真希と入れ替わった昴が10円を投入して、レバーを操作する。
打ち出されたボールはひとつ、ふたつと行く手を阻む仕掛けを乗り越えていき……ことん、と当たりの穴へと入っていった。
「きゃー、やるじゃない昴! 大当たりよー!」
「う、.運が良かっただけだよ」
はしゃぐ真希にそう返答する昴だったが、その顔はまんざらでもなさそうに綻んでいた。
手に入れた景品を真希へ渡そうとする昴だったが、「よーし、じゃあ次は私がクリアする番よ!」と張り切って再挑戦を始めたため、タイミングを逃してしまった。
ひとまずポケットに景品の人形を入れて、昴は真希を応援することにした。
その後も、二人は昭和の世界でたくさん遊び回った。
架空現実に再現された駄菓子の味を楽しみ、いくつか買ったメンコやビー玉などの玩具で遊び、昭和の町中を探検して。
次第に昴も、執事としての一歩引いた態度ではなく、年頃の少年らしい柔らかな笑顔を浮かべて、真希と一緒に遊びまわっていた。
やがて、夕陽も沈んで周囲が暗くなり始めた頃。
「……あら、もうこんな時間。最後の締めが始まりますわね」
真希は夜空を見上げてそう呟くと、その場から駆け出した。
昴も遅れることなく走って、あとについていく。
「昴、競争よ!」
「それはいいけど、どこまで?」
「もちろん、最後のお楽しみ――お祭りの会場まで!」
嬉しそうに話す真希の期待に応えるかのように、少し先の神社からは祭囃子と太鼓の音が響き始めていた。
〇
二人はメニューを操作してそれぞれ好みの浴衣に着替えて、縁日の屋台を見て回っていた。
昔懐かしい射的や輪投げなどの遊戯、他にはりんご飴や綿菓子などの食べ物に、お面屋などもある。
景品を現実世界に持ち帰れるわけではないし、食べ物もデータでしかないからお腹が膨れるわけではない。
だけど、狙った景品を当てた時の喜びや、縁日ならではのお菓子の味覚はしっかりと味わえる。
真希にとっては転生前によく遊んだ、馴染み深いお祭りの雰囲気だ。
「~♪」
真希はご機嫌な様子で、鼻歌交じりにスキップを踏んでいた。
そんな彼女は頭にお面を乗せて、右手には金魚すくいで手に入れた金魚入りの袋を携えている。
他にも二人で手に入れた景品はデータとして保存されていて、持ち歩かなくても好きな時に取り出すことができるようになっていた。
「楽しかったね、真希」
「ええ、とっても。スタッフ達は私の我が侭にも一生懸命に答えてくれて、本当にありがたいわ」
我が侭だなんて言う真希だが、周囲の人々にはそんな風に思われていない。
彼女の考えるアイデアが、伊集院財閥にとって利益をもたらすものが多くて、実現する価値が十分にあるからだ。
そしてスタッフ達は、彼女の独特のアイデアを実現することを、仕事であること以上に楽しんで挑戦していた。
だから真希の要望は、決して独りよがりな我が侭なんかではなくて、皆の為になっているのだと、昴も思っている。
「ねえ、昴。私、これからもいっぱい我が侭言うと思うけど」
先を歩いていた真希がふと立ち止まり、昴を振り返る。
祭囃子の響く中、伊集院真希は照れくさそうに微笑みを浮かべて。
「ずっと、私といっしょにいてくれる?」
幼い日から共に過ごしてきた少年へ、そっと手を差し伸べた。
この先に続く未来への問いに、黒野昴は。
「――もちろん。君が望んでくれる限り、ずっといっしょだよ」
迷うことなく、これからも彼女と共にあることを誓うのだった。