第8話 魂の行方
少し遅れてリンが到着した。額に汗を滲ませ、肩で息をしている。そしてその光景に目を見開いた。
「っ・・・う・・・」
状況を一目で把握する。グレアの足元にマクガーが横たわっている。それは即ち死を意味していた。もしかしたら、という最後の希望が粉々に砕け散った。
思わず駆け寄り手を握りしめたが、すでに生気は失われていた。手の冷たさがじわじわと染みるように痛い。
「・・・マクガーさん」
本人は泣くのを必死でこらえているつもりなのだろうが、マクガーとの思い出が次々と蘇り、頬には既に大粒の涙が伝っていた。何を言えばいいのか、これからどうすればいいのかも分からない。一瞬で全てを失った喪失感が心を殺そうとしていた。
「じいさんがな、女を見たんだ。空に浮いてる女を」
しばらくして、リンが落ち着くのを見計らってからグレアが重たい口を開く。
「・・・女?」
「何処にいるか、何者なのかも分からん。ただな」
今まで対峙してきたどんな戦士より、それは明らかだった。びりびりと皮膚を突き破り、骨まで震わすほどの強大な殺気。
「・・・俺はそいつを殺す」
長年一緒にいるリンですら、その言葉に得体の知れない恐怖を感じた。
◇
二人を残してこの町の人間は全滅した。事実上この町は滅んだと言っても過言ではない。幼い頃から面倒を見てくれたマクガーも、息を引き取った。
「・・・これからどうするんだ?」
「この町を出て、とりあえずは王都を目指す。何が何でも手がかりを掴む」
現状だけを見れば手がかりが少なすぎる。あてもない。それでも何かを掴むために、まずは王国の首都ラグレトナを目指す事にした。
二人が決意を固めようとしているその時。
「・・・グレア!」
そう叫んだリンの視線には、淡い光となって昇華されようとしているマクガーの姿があった。咄嗟にグレアが窓の外を見ると、倒れている人々の死体が同様に光となって天へと消えようとしている。
それらが完全に跡形もなくなってしまうまで、そう時間はかからなかった。
「死んだ人間が光になって消えるなんて・・・」
生き物が生命を終えたとき、そこには必ず死骸が残る。これはどの時代でも絶対であり、光になって消えるなど噂どころか伝説にも聞いたことがない。
「グレア・・・敵の正体がますます分からなくなったぞ・・・」
魔術の類いなら或いは可能かもしれない。だが二人は魔術に関して全くの素人であり、いくら考えても想像の域を出なかった。それに、探し当てたところで倒せるのか。
「・・・今は考えても仕方ないか。それに、早くみんなを弔ってやらなきゃな」
「うん・・・そうしよう」
二人とも完全にこの状況を飲み込めた訳ではないが、それでも歩き出さねばならないと思っていた。奪われたものを取り戻せる戦いではないが、この現実から逃げる訳にはいかなかった。
◇
明朝、ようやく陽が昇り始めたころ、グレアとリンは町を出発した。準備、とは言ったものの、いつものように互いの愛刀を備え、路銀を少々持っている程度だった。
王都までは馬車を使えば20日ほどあれば着く距離だ。しかしその馬も死んでしまっている。例え馬がいたとしても、二人に馬術はさっぱりだったので、とりあえず徒歩しか選択肢がなかった。
ここセリスの町から一番近いのは商業で栄えた都市ルガルタ。平原を道なりに進み、ルガルタ峠を越えればその頂上から街を臨むことが事が出来る。徒歩なら1日、明日の夕方には着くだろう。
「随分荷物が少ないな」
「刀一本あれば何とかなるだろ。楽しい旅行に行く訳でもないし、下手に何か持っても邪魔になるだけだ」
「私もそう思っていたんだが、着替えは持ってくるべきだったかな・・・」
その言葉を聞いたグレアは少し嫌そうな顔をした後、ささっとリンとの距離を空けた。
「・・・何だ」
「着替えくらいは持って来いよ!きたねーな!」
「き、汚いとはなんだ!ちゃんと水浴びして服も洗う!そういうお前も着替えがないじゃないか!何が刀一本だ!かっこつけるな!」
「俺も水浴びするからいいんだよ!」
結局二人とも旅をする割にはかなりの軽装で町を出た。全くどうなるか分からない旅ではあるが、二人なら何とかなるような気がしていた。