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神殺しの遺伝子  作者: 神条 黒乃
第一部 紅い眼の男
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第7話 終わりが導く始まり

 戦闘を終えたリンがグレアの肩に目を向ける。

「グレア、肩……」

「ん? ああ、見た目ほど痛くないから大丈夫だ」

 心配するな、と言わんばかりに肩を動かしてみせる。多少の痛みはあるが、その動きは動作に何の問題もない事を証明していた。


「いや、心配してるんじゃなくて。人の心配しといてケガしたのか」

「一応心配しろよ」



 結局盗賊達も荷物を持っている様子はなかった。リンはもう少し探すべきだと言っているが、元々見つかった場合には取り返すという話だったので、時間も考慮してここらで捜索を打ち切ることにした。


「盗賊は倒したし、しばらくは被害も出ないだろ」

 商人の荷物に興味のないグレアは、振り向く事もせずに歩を進めた。





 空が鮮やかな朱に染まり、地平線に太陽がその身を沈めている。そろそろ町にも灯りが燈る頃だ。

「少し肌寒くなってきたな」

 リンが両腕を擦りながら空を見上げる。

「早く帰ってメシにするか。今日お前メシ作れよ」

「こういう時はいつもマクガーさんが用意してくれてただろう?」


 そんな会話を交わしながら前方に町が見えてきた頃だった。いつも自分達が過ごしている町の異変、違和感に気付くのにそこまで時間はかからなかった。自然と二人の足が速くなる。



 辺りは既に夜の帳に包まれようとしている。本来なら、町の灯りが目についてもおかしくはない。それに加え、まるで無人のように、不気味な静けさが漂っていた。

「おかしい。街灯どころか、民家にも電気がついてない」

「急ぐぞ」


 冷たい風が肌を突き刺す。隣を走るリンの息遣いが聞こえたような気がして、一瞬グレアはリンを見遣り、ぽんと背中を叩く。




 しばらくして辿り着いたその光景に、身体を一気に不快感が駆け抜ける。


「グレア、これ……」

 リンの視線の先には町の傍にそびえるあの大樹があった。いつもグレアが昼寝に使っている、あの場所。その光景を目にしたグレアも思わず息を呑んだ。

「何があったらこうなるんだよ……」

 かつて大樹は太陽にあてられ、観る者に美しい緑を提供していた。時に動物達の憩いの場でもあった。太古より町を見守ってきたあの大樹が――


「枯れてる」


 そこにはいつもの大樹の姿はなかった。葉は枯れており、枝は悉く折れ、幹に至ってはひび割れ、一回り小さくなっているようだった。


 大樹に近づきリンが手を差し伸ばす。幹に触れるとパキパキと音を立てて木片が足元に散らばる。


「嫌な予感しかしないな」

 どう考えてもこの状態は異常。少なくとも短時間でこうなる原因を考え付かない。このせり上がる一抹の不安をかき消すように二人は町へと向かった。





 夢であればいいと思った。これが夢なら、タチの悪い夢だったと冗談で終わる。だがこれが夢ではないということ、それは自分達がよく分かっていた。このまとわりつくような独特の空気は、本物だ。


 民家が建ち並ぶ景観は、出発当時と変わらない。町の中心には噴水広場がある。その広場には何人かの露店商が店を構えており、この地方の穏やかな気候で育まれたいくつもの果物が売り物として並んでいる。

 もっとも、今はすべて水分を搾られたようにカラカラになっているのだが。



 その様子は異常としか言いようがなかった。町の至る所で、多くの人達が倒れていた。老若男女問わず、中には子どもを庇うようにして倒れている母親もいた。露店商は座ったまま事切れている。

「う……」

 二人はその光景に恐れを抱いていた。見たところ、目立った外傷はない。ただ、明らかにおかしい部分がある。それは一目で分かるものだった。


「なぜこんな干からびたような死に方を……」

 リンの言う通り、町に倒れる人々に共通していたのは、全員が体内のありとあらゆる水分を搾られたかのように干からびていたという事。さながらミイラのようにも見える。人間だけではない。先ほどの大樹や、並んでいる果物、動物に至るまで全ての生命が同様の死を遂げていたのだ。



「クソッ!」

 グレアの脳裏に浮かぶ悲劇。この状況を見て、誰かが生きているとは考えにくかった。それでも、そこに向かわずにはいわれなかった。

「待てグレア! 無闇に動くのは危険だ!」

 そんな静止も振り切り、グレアは全速力で町長宅にたどり着くとドアを蹴り飛ばした。やはり家の中には灯り一つついていない。


 幼い頃から来慣れた家の電気を点けるとリビングに向かった。賊討伐の後はマクガーが二人の好きな料理を並べてくれて待ってくれているのがいつもの流れだった。



「おい……」

 椅子から崩れ落ちるように倒れたのだろう。一人の老人が椅子のすぐ側で横たわっていた。時間が止まったかのように、グレアも動きを止めた。



 一瞬眼を閉じた後、横たわるマクガーの背中を支えてゆっくりと上体を起こす。

「何なんだ。何があってこんな事に……」

「グ……レア」


 ぽつりとマクガーの口から言葉が溢れる。口元が微かに動いている以外は、指先すらピクリとも動かさなかった。生きているのが不思議なくらい衰弱しているのが眼に見えて分かる。

「何があった」

「……分からん。突如として急な脱力感が襲ってきてなぁ……気付いたら倒れとったわ」


 力なく呟くマクガーの一言一句逃すまいと、口元に耳を近付けた。カラカラの喉で、よく喋れていると思う。グレアはただ、ああ、としか返事をしなかった。


「だが……倒れてから窓の外を見るとな……空に女が浮かんでおった」

「空に?」

 リビングの窓から外を見るが、空には何も浮かんでいない。漆黒の闇を照らすように月が輝いているのは見える。にわかには信じがたいが、それでもグレアは一切の疑いをもたなかった。


 もし本当なら、それは自分の想像を遥かに越える力を持っている事になる。空から一瞬で町の生命を奪う、未知の敵だ。


「グレア、お前は強い……じゃがアレは次元が違う」

「ああ。そうだろうな」

「……お前、分かっとらんじゃろ」

「ああ。あまり分かってない」

 グレアがにっと笑う。

「……死ぬなよ。グレア、リン……」

 そう言い残すと、マクガーがわずかに微笑む。二度と聞くことが出来ないマクガーの声を記憶に刻み、グレアは顔を上げた。


「あの世で見てろよ。あんたの仇を討つ。それが俺からの餞だ」

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