第6話 電光石火
グレアが戦闘を開始した同時刻――
「よく避けたじゃねーか! 不意打ちのつもりだったんだがな、いい反応だ!」
「姑息だな」
鎖鎌は遠近両用という事を考えると、多少のリスクを侵してでも接近せざるを得ない。通常刀には接近戦の選択肢しかないためだ。
小柄なリンは筋力で男を上回る事が出来ないと知っていた。そのため、女性ならではのしなやかな体躯と、小柄であることを生かして速さを磨いてきた。力で劣るなら速度と技量で上回ればいいと、そう思いながらこれまでも修行してきた。
大男は右手の鎖鎌を分銅に持ち替えた。刀である以上、接近戦を狙ってくることは理解出来ていた。
「さぁ来いよ。木っ端微塵になるかもしれんがな」
身体の前面で分銅をヌンチャクのように思い切り振り回す。銅が風を裂く音、それは威力と速度が並外れている事を表していた。
「それも想定の範囲内だ」
そう言うとゆっくり刀を下段に構える。神経を研ぎ澄まし、相手に狙いを定める。
「斬空閃!!」
高速で振り上げられる白銀の刀身から、銀の衝撃波が生まれる。眩いばかりに光を放ち、高速の斬撃は一直線に対象に向かっていた。
鈍い金属音が響く。放たれた斬撃は無情にも分銅の威力の前に掻き消されていた。
「なるほどな。近距離に縛られない良い技だ。だがな、女の力で生み出される斬撃なんざこんなもんだ。お前のツレなら、防御を崩すとこまでいけたかもしれん」
「……防御されたか」
「じゃあ諦めて死んでもらおう。お前、顔も悪くねぇが俺の好みじゃねぇんだよな」
失望したような表情を浮かべると、鎌を利き手に構えて吐き捨てるように口にした。
「…お前は強いんだろうが、想像の範疇を越えない。お前は私に勝てない」
「強気だな。あくまで俺に勝てるつもりでいやがるのか? そこまでくると呆れて笑っちまうぜ」
「お前からは怖さを感じない」
そう言い放つとリンは姿勢を低くした。右足を前に出し、左足は後方へ。その姿勢は、明らかに前方移動する事を示しており、男は再び嘲笑した。
「何するつもりか知らねぇけどな。あんまり俺を舐めねぇ方がいい」
言い終わる刹那、リンが男の懐に飛び込む。極限まで姿勢を低くした、全身の体重移動による飛び込み。男にとって想定外だったのは、反射すら許さないその異常な速さだった。
回避も防御も間に合わず、むしろその判断すら許さなかったと言っても過言ではなかった。振るわれた刀が胸部を斜めに斬り裂いた時、ようやく反応出来た男は思わず後方へ後ずさる。一瞬で冷や汗が背中を伝うのが分かった。
「心配しなくていい。今の一撃、命には届いていないはずだぞ」
その発言にある種の畏怖を覚える。本来なら致命傷を狙えたかのような発言。
――わざと外した……?
「っ……ぐう」
深くない傷とはいえ、胸からは鮮血が滴り落ちる。先刻、女だからと舐めていた自分が、一太刀浴びている。そして、自分の先制攻撃、不意打ちはいとも容易くかわされたことを思い出していた。
「ちっ、正直驚いたぜ。馬鹿にして悪かったな」
「馬鹿にされようと私には関係ない。ただ目の前の敵を倒すだけだ」
「女相手に本気にはなりたくなかったが、やらなきゃほんとに殺されちまいそうだ」
そう言い、不気味な笑みを浮かべながら今度は男が間合いを詰める。接近と同時に鎖鎌が飛来するが、リンにとって見極めるのは難しいことではなかった。
「お前の速さでは私に追い付けない。攻撃が雑だぞ」
その瞬間、鎖鎌の軌道が急激に変化した。避けた筈の鎖鎌は軌道を変え、横方向に避けたリンの方に向かってきた。
「雑なものかよ! 鎖を操ることで、鎌は軌道変化も可能なんだよ! お前を仕留めるには、お前の注意の外から攻撃するしかねえみたいだからな!」
寸でのところで刀で防御したが、追撃を予期しなかったリンは大きく姿勢を崩した。言う通り、リンにとっては予想外、男にとっては想定内だった。
姿勢を崩したところに男が突進する。武器を操作するより、身軽なリンに体勢を整える間を与えまいと、間髪入れずに行動に移っていた。
「かはっ!」
男の全力の体当たりで小柄な身体が大きく後方に吹き飛び、その衝撃で右手から刀が離れるのが分かった。
しかし、今のリンにとって重要なのは、受け身をとって姿勢を整え、追撃を許さない事。武器は後で取り戻すしかない。
瞬時に身を整えるが追撃の手が休まることはなかった。姿勢を整えた瞬間、すでに男は右手に分銅を構え、眼前に迫っていた。リンの思考を読むかのようにすぐさま追撃に移行していた。
だが、追撃に反応したところで刀が無ければ防御が出来ない。その上、力勝負では勝ち目がない。回避も選択肢にはあるが、避けた後反撃が出来ない。このままジリ貧になるなら、どうにかして勝負を決める他ない。
「もっぺん吹っ飛ばしてやるよ! 今度は分銅の追撃付きだ!」
「……攻撃手段、何かあるはず」
そう思案しているリンの身体は、無意識のうちに動いていた。極限まで高まった集中力がそうさせたのか、それとも本能か。リンの身体は男に向かって動き出していた。
男が分銅を振り上げ、攻撃体勢に入る。これが落ちてしまえば、懐に飛び込んだとしても頭を割られる可能性が高い。それでも、退くという選択肢はなかった。
ここで勝負を決める。
分銅が降り下ろされるその時、男の懐でリンがあるものを手にしているのが見えた。
「…まさか」
男がそう口にすると同時に、男の身体がふわりと浮き上がる。捻りを加えられ威力が倍増しているソレをみぞおちに打ち込まれ、激痛とともにそのまま地面に叩きつけられる。
「鞘……?」
振り絞るように声を出した後、プツリと意識が飛んだ。
「ああそうだ。鞘だ」
リンは腰に刺さっていた刀の鞘を手に懐に飛び込み、威力を向上させるために弾丸のごとく捻りを加え、男のみぞおちに突き刺したのだった。
「…非力でも体格で劣っていても、勝つ方法はあるという事だ」
戦いを終えた女剣士は、自分に言い聞かせるように呟くと、ふっと表情を綻ばせた。