第4話 索敵、強襲、迎撃
ヴァルラン遺跡。平原の端に位置し、後方に海を構える。
その昔、魔神戦争時代には人間が神を奉る祭壇であったとか、金銀財宝があったとか、そんな情報しか残されていないほど風化しきっており、もはや瓦礫が辛うじて遺跡の形を留めている程度にしか見えなかった。
「こんな所にいるのか」
リンはほぼ全壊しかけの遺跡を見つめた。雑草は生い茂り、外壁は崩れ、まともに雨風が凌げるとは思えない。
確かにこんな所に近づく人間もいないのだろうが、リンの主観で見るととても活動の拠点に出来るとは思えなかった。
「いると思えない場所が好きなんだろ。盗賊らしいと言えばらしいけどな」
一旦木陰に入ってグレアが遺跡を確認する。まもとにそびえる外壁も穴だらけ、後方は海。
どれだけの人数がいるのかは定かではないが、モタモタしているうちに敵に見つかるであろう事は容易に想像できた。
盗賊達にとって、敵が来るなら前方しかない。この広い平原で、前方から襲ってくる敵など簡単に視認できる。二人がとる行動は一つしかなかった。
思考して、決意したグレアが走り出す。こちらの戦力は二人しかいない。相手の人数にもよるが、数ではまず間違いなく不利になるだろう。なら、相手が出る前に速攻を仕掛け全滅させる。
一番危険なのは、相手に防御態勢を取られて囲まれることだと理解していた。
グレアは何も言わなかったが、リンはそれを理解したようで、後方をカバーするように追随する。
「……何だ?」
だが、グレアは遺跡の内部に侵入して違和感を覚えた。同時にリンが後方で立ち止まり、一呼吸の間に違和感に気付く。
気付かれた様子もなければ、殺気もない。人がいる気配が全くしないのだ。耳を澄ましても風が吹き抜ける音しかない。
確かに戦闘の達人ならば殺気を消すことは可能だ。だが盗賊などの賊に至っては、殺気を消すところまでのレベル、達人の域に達しているとは考えられない。無論、その域はこの二人もまだ達することが出来ていないのだが。
◇
グレア達が遺跡に突入した後、その違和感の原因が姿を現した。
「ありゃセリスの人間か?」
「でしょうね」
砦の前方から弓、ナイフ、刀を持った男たち10人ほどがぞろぞろと現れた。全員フードを被り、顔を隠している。先頭にはリーダー風の大柄な男。およそ2mはあるだろう、それでいて筋骨隆々としている。
その体格は、細身の盗賊団の中にあって、一際その異質さが目立つ。
「あの商人、荷物を取り返すためにセリスの傭兵でも雇うかと思ってたが、当たりだな」
「いや、傭兵というにはあまりにもお粗末ですよ」
その言葉に大柄な男が笑う。腰巻きには本人の武器である鎖鎌が装備されており、歩を進める度に鉄の擦れる音がしていた。
「砦から出てきた所を弓で狙撃すりゃあ、気づいた頃にはお陀仏だな。おい、男を狙え。女の方は生かしておけよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、狙撃手に弓を引かせる。狙撃手が狙いを定め、弓がぎりぎりと音をたてた。狙いすまされたその矛先は、遺跡の入り口、あの二人が出てくるはずの場所を一点に据えていた。
◇
砦を探索してみたが、やはり誰一人いなかった。盗られたはずの荷物もない。元からここは根城ではなかったか。何にせよ、何もない以上ここに長居する意味はなかった。
一旦探索を打ち切り、二人は外へ出る事にした。
リンが小さく溜め息を漏らした。
「何で落ち込んでんだよ」
「早く撃退しなければまた誰かが被害に遭うだろう」
視界が開ける。思わず手をかざすほどに、空に輝く太陽が眩しい。身体を浄化するかのように新鮮な空気が隅々まで巡る。
「そう言っても……」
天を仰いだ視線を前方に向けると、眼前に弓矢が飛来していた。
辺り一面に直撃音が鳴り響く。
死んだ。盗賊達は確信した。狙いを定めて放った弓矢は寸分の狂いなく獲物を捉えたのだ。これで生きている訳がなかった。
「……我ながらよく止めたな」
グレアは自身の刀の鞘部分で弓矢を受け止め、弓矢はそのままポトリと大地に落下した。時間が止まったかのように沈黙が支配する。その場にいた誰もが理解出来ずにいた。
高速の弓に反応出来る人間が、いると思えなかった。
「今更ぞろぞろ出てきやがって」
弓が放たれた位置に盗賊達を確認する。表情を読まず、その沈黙から敵が怯んでいる事を理解した。敵が出たなら倒すのみ。動揺すら見せず、その一心で二人は距離を詰めた。
「ゆ、弓を止めやがった! どうなってんだ!?」
「慌てんな! 偶然だ、あんなもん実力の訳がねえ!」
一斉に動揺する配下に男が一喝する。その声に盗賊達が咄嗟に迎撃体勢を整えるが、先程の余裕からくる笑みはとうに失せていた。
この弓矢は完全にグレアの意識の外からの攻撃だった。速度も威力もある弓矢に反応し、鞘で防御するという離れ業。
そしてこちらを確認すると同時に突進してきている。異常事態に、混乱を示すのはごく当たり前の事だった。
時間はかからなかった。すでに恐怖、困惑によって統率をなくした盗賊達は烏合の衆の如く、戦力として機能せず、一人、また一人と倒れていった。言葉にしなくても、信頼関係から背中を預け合う二人は、無駄な動きを一切見せず盗賊団を壊滅に追い込んだ。
「お前達で最後だ」
リンが白銀に輝く刀の切っ先を向ける。残ったのは鎖鎌を腰に装備した大男。もう一人は刺突剣・レイピアを装備していた。こちらはかなり小柄で、おそらくリンと同等、160に満たない程だ。
大男の方からは肌を突き刺さんとばかりに殺気が迸っている。身体の大きさも威圧感を与えるには十分だった。
そして小柄な男。体格は違うが、こちらも同等の殺気を放っている。その雰囲気から、ただの雑兵でないことは理解出来ていた。
「褒めてやるよガキ共。この経験をあの世での武勇伝にしな」
「お前が武勇伝になると思ってんのか」
あくまで冷静に、グレアは敵を見据えていた――