第26話 災禍の牙
「初めまして、紅眼くん。私は“災禍の牙”ってギルドに所属してるレリィ・ゼノス。自己紹介ってこんなもんでいいのかなー?」
「俺はグレア・アーヴァンダイン。ただの田舎者だ」
先程強烈に感じた殺気を微塵も感じさせないほど、表情柔らかな女性が前に進み出た。金色に輝く髪と瞳、身に釣り合わない巨大な大剣。それ以外は特に特徴のない外見だった事が、グレアに余計違和感を与えていた。
「アーヴァンダイン・・・? あなた、もしかして」
グレアの名前を聞いたロデルは一瞬怪訝な表情をして、口をつぐんだ。
「何だ、ロデルさんの知り合い?」
「ち、違うわ。人違いだったみたいだから、気にしないで」
「ふーん・・・で、勝負なんだけど場所変えてもいい? 地下の訓練場を使いたいんだけど。あと、集中したいから観客はナシで」
「・・・いいけど、必要以上に暴れてギルド本部壊滅なんて事態にしない事!それが条件」
「はいはい、分かってるって~」
そう釘を刺すとロデルはポケットから鍵を一つ取り出して、それをカウンターの隣にある小さな扉の鍵穴に差し込んだ。扉が開かれた瞬間、地下から冷たい空気が流れ出てくる。
ロデル、レリィに続いてグレアとリンが扉をくぐる。が、何故かその後ろにはルーリエンも一緒だった。
「何であんたも来てるんだ。気が散る」
「まあええじゃろ。ワシだって災禍の牙に所属する戦士の力を見てみたいんじゃ」
けちけちするなと言わんばかりに、ルーリエンはグレアに返した。自分が戦う姿を見られるというのは、品定めされているようで気分の良いものではない。しかし、おそらく何を言ってもルーリエンは付いてくると判断したグレアは、それ以上言葉を返さず歩を進めた。
地下の訓練場は程なくして到着した。頭上で煌々と輝く灯りが訓練場をくまなく照らしている。そこは全体を石造りで整えてあり、本当に訓練のためだけに作られた質素な場所だった。
「ここがギルドの訓練場。全てのギルドメンバーが使う訳じゃないけど、仕事がなくて暇な日は許可をもらって訓練したりするんだよね」
「普通に戦ったら崩れそうに見えるが」
「さすがに石だけじゃ不安だから、魔力コーティングしてあるわ。能力解放とか、そういうことをしない限りは壊れない」
「能力解放・・・?」
ロデルの発言に引っかかったリンがグレアの方を確認するが、俺も分からんと首を振って返した。
「ここは静かで落ち着く。ああいうゲスいギャラリーの前で戦うなんて私には無理だし・・・じゃ、やろっか。私のこの大剣とどちらが強いのか――」
そう言うとレリィは背中に背負った大剣を、片手で持ち上げて前方に構えた。得物の大きさだけで言えば、彼女の方が圧倒的に大きい。まともに喰らえば一撃で命を持っていかれるだろう。
「さ、楽しめるかなー」
穏やかな口調から一転、グレアの眼前を銀の刀身がかすめる。その刀身は空を裂き、石床を粉砕して破片を周囲に散らした。直撃の余波が訓練場全体を揺らしている。
その力量には疑う余地がないと思考したグレアは、あくまで冷静に己の太刀を抜刀し、戦闘態勢を整えた。
「この威力・・・それでもまだ全力じゃないな。まだあの時の殺気が出てきてねぇ」
「相手の分析なんて余裕だね。それがいつまでもつかな」
踏み込んだ姿勢のまま再度大剣を振り回してくるレリィに、いなすわけでも躱すわけでもなく、グレアはあえて刀をぶつけ合わせる。おそらくリンなら技術で対抗するのだろうが、相手が力技で来るなら小細工は無用・・・そう判断しての行動だった。
「威力だけならそこらの男以上・・・くっ!」
だが大剣は止まらなかった。威力、速度は若干落ちたものの、再度持ち直してグレアの身体を大きく吹き飛ばして石壁に叩きつけた。
ここまで吹き飛ばされたのは正直予想外だったが、何とか咄嗟に態勢を立て直しレリィを視界に捉える。
「もらったぁ!」
間髪入れずに渾身の一撃を叩きこむ――レリィはグレアの実力を垣間見ることなく決着が着きそうになっている事に半ば落胆していた。単純に殺気のデカい奴ならそこらにいる、この男も例外ではなかった。実力を見誤ったと思いながら大剣を振り下ろす。
轟音が鳴り響き、直撃箇所から数mにわたって衝撃が石壁を粉砕していった。
「そういう事になるから嫌だったのよ! あんた達は好き放題するから・・・修理費誰が出すと思ってるの!?」
ロデルは普段の冷静な甲高い声を上げて頭を抱えた。
「・・・あれ、手応えがない」
「俺がどこにいるか分からなかったか?」
追い込んだはずのグレアは無傷でレリィの背後をとり、すでに攻撃態勢になっていた。レリィがそれに反応した時点ではすでに全ての行動が遅く、壁際にいる彼女が行えるのは防御のみだった。
「斬壊撃!!」
「きゃああああっ!」
――と、止まらない!それに尋常じゃないほど重い!!このままだと・・・
「剣は折らねえ、吹っ飛ばす!」
剣を折られる、そう危惧したレリィの心を読むかのように言うと、受け止めたレリィごと刀を振り抜いて壁へと叩きつけた。
「相手を舐めてるようで、動きそのものには無駄がない。これが戦闘ギルドの実力って訳か」
「・・・グレア・・・だっけ。そっちも全然実力隠してんじゃん。困るんだよね、そういうの。さっさと本気になってもらわないと――」
そう告げた次の瞬間、レリィに対峙するグレアの背筋に悪寒が走った。姿形、性格や声が変わった訳ではない。今放出されている殺気そのものが、全身にずしりと圧し掛かる不気味なものへと変化していたのだ。
「や、やめなさい! それを使わない約束で許可出したのよ!」
「グレア、一度離れろ! 様子がおかしい!!」
対峙していないリンですらその違和感をはっきりと感じ取り、グレアに一時撤退を促した。
「それがお前の本気か・・・尋常じゃないほど力が溢れてやがる」
「そう。武を極めた者が達する境地・・・あなたに見せてあげるわ。これが」
「レリィ・・・勝負はここまでだ・・・」
完全に力を解放するその時、全員の背後から聞こえたその声によって、レリィの変化は急激に収束に向かっていった。
「・・・ア、アギさん・・・いつからここに!?」
「思ったより早く仕事が終わってな・・・戻っていたが、しばらく観察させてもらっていた。それより、一般人との勝負でそれを使うのは止せ・・・」
訓練場の入口に立っていたのは、長身で黒いコートを身に纏った男だった。その男の言葉には覇気がなく、表情にも生気がない。それが相まって全体的に不気味な印象を与えていた。
「あれは?」
「ギルド・災禍の牙の長、アギじゃ。災禍の牙は主に戦闘関係の依頼をこなすギルドで強者揃いじゃが・・・その中でもあれは別格・・・」
ルーリエンの額にじわりと汗が浮かぶのが見えた。その光景はリンにアギの異質さを理解させるには充分だった。
「それにしても・・・紅眼の男。お前もなかなかやるようだが・・・本気のレリィには及ばん・・・」
「勝手に割って入って適当な御託並べやがって。お前が俺の力をどこまで知ってるってんだ?」
「知らん・・・が、今理解した・・・過大評価してもレリィと互角だろう・・・」
まさに一触即発の状況下で、ロデルやルーリエンも下手に声をかけることが出来なくなっていた。一方リンは万一に備えてすぐ動けるように、密かに刀に手をかけていた。
「自信家なんだな。俺にはお前もそいつも同じレベルに見えるぜ」
「なら見る目がないな・・・悪いが相手にはなってやれん。レリィ、行くぞ」
「は、はい!」
グレアの言葉を聞き流すと、アギはレリィを引き連れて先の見えない暗い階段へと消えていった。
「グレア、大丈夫か?」
「ああ。あの野郎・・・」
「レリィ、アギ・・・凄まじい殺気だった。あれが災禍の牙か」
自身を落ち着かせるようにグレアは大きく深呼吸をしてから、リンの方へ振り向いた。ロデルは訓練場が一部破壊されたこと、緊張の糸が切れたことで力なく腰を下ろしている。
「おい。決着がつかないまま終わったが、この勝負俺の敗けじゃないだろ?俺達の欲しい情報・・・全部出してもらう」
「・・・レリィも勝負の途中でどっか行ったしね。はあ、いいわよ。何でもあげる」
◇
「アギさん、あの二人組どう思います? 名前も聞いた事ない、無名の剣士でしたけど」
「・・・天才と言うのはあれのことだろう。いつか本気でやってみたいと、そう思わせる逸材だった」
そう呟くアギの口元には笑みが浮かんでいた。感情の起伏が乏しいこの男の変化を、レリィは見逃さなかった。この笑みが意図するところは、本物の強者。アギが心の底から認めたからこそ、レリィは尚更倒したいという感情に駆られはしたものの、自分の戦った感想はそうではなかった。
「私はそう感じませんでした。戦っても何と言うか・・・普通で」
「・・・何か勘違いしているようだな・・・」
「勘違いって・・・何を?」
「俺が天才と認めるのはあの連れの女の方だ・・・ルーリエンとの勝負も見たが、何故ルーリエンに苦戦したのかが分からん・・・」
思わぬ言葉が次々と飛び出し、レリィは腕を組んでルーリエンとリンの勝負を必死に思い出していた。
「よく考えろ。最後の居合、ルーリエンの技を盗んで実践したと言っただろう・・・全くの初めてであんなものを実践など、まず無理だ・・・」
「えっ? でもあの子はやって見せましたよ」
「・・・もともと出来たんだ。正確には、出来るだけの能力はあったと言うべきか。ルーリエンは関係ない・・・追い込まれて、本来の力が発揮されただけ・・・おそらくあの女、本気を出せばルーリエンなど歯牙にもかけん強さのはずだ。力が発揮しきれていないのは、普段自分の実力以下・・・例えば盗賊程度を相手にしているからだろうな・・・」
驚いたような表情を見せるレリィの頭をぽんと叩く。階段を上りきった二人は、飲んだくれの男達に声をかけられても振り向きもせず、ギルド本部を出て行った。
「近いうちにまた機会は訪れる・・・その時はこの俺自らあの女を叩き潰す・・・そして、その機会はお前にも・・・」
◇
「・・・あなた達の話は分かったわ。一つの町の人間を全滅させるほどの力を持った人間ね・・・」
一通り経緯を話し終わったグレアは、当初の約束通りロデルから情報の提供を待っていた。
「残念だけど、これに関しては全くないわ。もちろん、セリスの町が壊滅したって話はさすがに王都にきてる。調査団も出た。けれど、今のところ何の情報もないのよ」
「・・・情報がないだと?」
ギルドには何でも情報がある。それはもちろん二人の思い込みだが、ロデルも何の情報を求めているか確認せずに勝負を促したため、余計その事が、情報は必ずあると信じ込ませてしまったのだった。
「確かにギルドの情報網を駆使すれば大概の事は入ってくる。むしろ入ってこない情報はない。なのに、それだけの存在、今まで知られていないことのほうが不思議よ。一度も聞いたことがないもの」
「ただの骨折り損じゃねえか」
もはや疲れと落胆で声を出す気力もなくなった。リンは何も言わなかったが、一つ溢したため息が感情の全てを物語っていた。
「一つだけ言えることがあるとしたら・・・この件深く関わらない方がいいんじゃない?これだけ大きな事件になってるのに、何も情報がない。あまりにも不気味だわ」
「いや、例え何も情報がなくても立ち止まるわけにはいかない。必ず見つけてみせる」
「・・・はぁ。ならこの国の王、ゼルガイン王に謁見しなさい。王国騎士団、それも上層部なら何か掴んでいるかもしれない。もちろんそれを外部に漏らすような事はないだろうけど、ギルドが駄目なら王国上層部しか・・・まだ可能性はあるんじゃない?」
危険であることを理解していながらも、諦めていない二人に可能性の残された道をロデルは指し示した。そして、ロデル自身もある種の決意を固める。
「ゼルガイン・・・可能性を信じて当ってみるしかないな」
「あなた達がゼルガイン王に謁見している間、ギルドの情報網をフルに使って私達も探ってみるわ。もちろん危険な場合はそれ以上踏み込めないけど・・・出来る限りやってあげる」
「面倒かけるが、よろしく頼む。じゃあリン・・・行くか」




