第24話 王都ラグレトナ
グランラグナ大陸を統一する国家ラグレトナ。
遥か昔は小さな国家であったが、自然豊かで漁業も盛んなこの地は、畜産物や海産物などの資源に恵まれている。豊富な資源は、人の心をも豊かにし、平和を愛する国として国家を繁栄させていった。
また自然にあふれたこの地は、多くの精霊が住まう地とも呼ばれる。精霊は魔法の発現に必須の存在であり、それ故に現王ゼルガインは国の特性を生かした魔法教育を推進している。そのゼルガインは魔法に優れた稀代の魔道王とも呼ばれ、武力で国を治める好戦的なベリエンド帝国ですら、一目置いている。
「これが王都か。私達の想像よりはるかに大きいな」
「ラグレトナは商業区、居住区、貴族区など、いくつかの区で構成される都市です。あと、一番奥に王城。一つの区が町として成立する大きさですから」
ルガルタでさえ、その人の多さに参っていたグレアとリンだが、正直王都はその比ではない。田舎で育った二人は、既にこの人混みに面食らっていた。
「とりあえずの目的地には着いた訳だが、ノワール、フィオラ。これからどうするんだ?」
王都の大きさに圧倒されながらも、今後の方針についてグレアが二人に確認をとった。
「そうですね。元々王都経由で帝国方面へ行こうと思っていたので、品物を仕入れたらすぐにでも発つ予定です」
「帝国?」
「ラグレトナ産の果物や海鮮類は、味に定評がありますから。帝国では需要が高いんですよ?」
「毎日食ってるけど、そういうもんか」
何せ帝国どころか、国の特産品なども特に意識してこなかった二人にとって、その話は少し意外であった。グレアは適当に聞き流したが、リンはうんうんと真面目にノワールの話を聞いていた。
「お二人は?」
「これから少し情報を集めて、どうするか決めようと思う。必要なら私達も帝国に行くことになるかもしれないが・・・まだ分からないな」
「ここからは別々って事だ」
「えー!?二人とも一緒に行こうよー!」
グレアがそう告げると、フィオラは二人の腕を引っ張りぐいぐい引き寄せ、全力でその発言を拒絶した。
「いや、俺達の目的に二人を巻き込みたくはない」
「グレア様」
心配そうに見つめるノワールの視線の先に、険しい表情で遠くを見据えるグレアの姿があった。その姿は、他者をすべて拒む、そう錯覚してしまいそうな圧力に満ちている。
「俺達の目的は敵討ちだ。想像すら出来ない未知の相手、命の保証もない」
「グレアさんとリンさん、死んじゃうかもしれないってこと?ほんとに倒さなきゃならないの?」
それはフィオラの、二人を心配する心からの言葉。二人にも危険な目に遭ってほしくない、そういう純粋な気持ちが思わず口をついて出たのだ。
「そうだな。もしかしたら死ぬかもしれない。それでもこの道を選ぶ」
「リンの言う通りだ。どんな化け物、悪魔・・・たとえ神でも、必ず倒す。俺達は退かん」
ノワールは確信した。この二人には、誰にも入ることの出来ない絆がある。お互いを信頼しているからこそ、何にも屈せず、進んで行くことが出来るのだと。その関係を少し羨ましく、そして少し寂しくなった気持ちを溜め息に、王都の空に吐き出した。
「・・・ここでお別れ、でも、これが最後じゃないですよね?」
「ああ、これが最後じゃない」
彼女の問いに、グレアはふっと微笑んで見せた。
「じゃあ次会う時、心に決めた女性がいなかったら、私と正式にお付き合いしましょう!」
「ったく。いなかったらな」
「そうなるとグレアさんはお義兄ちゃんだね」
アークロウでの一件から、無邪気な笑顔を浮かべるフィオラの方が冗談でも恐ろしい。ノワールの方がなぜかまともに見えてしまう。グレアは思わず引き攣った表情を浮かべた。
「私達はこのまま商業区に向かいます。もしここで情報を集めるなら、ギルドに行く方が良いかもしれませんね」
「ギルド?」
「依頼を出せば大抵の事はこなしてくれる、簡単に言うと何でも屋さんです。王都のギルドともなれば、多くの情報も集まると思います」
二人にとって初耳の存在だったが、そういう場所があるなら話が早い。酒場より、効率良く情報を集めることが出来そうだ。
「グレアさん、リンさん、またね!あんまり危ない事しちゃだめだよ」
「また会える日を楽しみにしてます。どうか気をつけて!」
「ああ、お前らも元気でな」
「二人とも、短い間だったがありがとう。楽しかった」
各々がそう告げると、二組はそれぞれの目的地に向けて歩き出した。
◇
堂々と掲げられた看板にギルドの文字。 初めての王都にも関わらず、二人はその目印のおかげでまったく苦労せずギルドへとたどり着いた。
「もうちょっと物々しい雰囲気を想像してたんだけどな。少し大きい酒場くらいか」
そう言って石造の扉を開くと、いくつかの丸テーブルが並べられており、武器を携えた戦士たちがジョッキ片手に酒を浴びている。その様子だけ見ると、どこの町にもある酒場と何ら変わりはない風景だった。
「・・・とりあえず、カウンターで話を聞こう」
男達を一瞥すると、リンは颯爽とカウンターに向かう。美しい黒髪をなびかせ、白銀の鞘を携えた女剣士の姿は、それだけで見る男達を魅了した。そんな視線も、後ろを歩くグレアの姿を見て落胆に変わるのだが。
「ん?ここら辺じゃ見ない顔ね。あんた達、武器を持ってるってことは、ギルド登録に来たの?」
カウンターには藍色の髪と目をした女性が立っており、二人が近づくと不意に声をかけた。彼女の視線はどこか鋭く、まるで二人を見定めるように目を細めている。
「登録?私達は情報が欲しくてギルドに寄っただけだ」
「ふぅん・・・情報ね。その前にあんた達、ちゃんと持ってるの?」
その言葉に二人は顔を見合わせる。やれやれとグレアが首を振り、己の持ち合わせをカウンターにばらまいた。
「こんなもんでどうだ」
「バカにしてんの!?こんな金じゃパンも買えないわよ!!」
「・・・アークロウで使い果たしたからな」
捲し立てる女性に、あくまで冷静に答えてはいるが、さすがに金がいくら残っているか、分からないグレアではない。
つまり、ダメだろうとは思いつつも、あえて小銭をばらまいたのだった。
「提供する情報にもよるけど、これじゃ一つもやれないそうにないね」
「確かにお金はもうない。他の、お金に代わる何かじゃダメだろうか?」
「あのね、世の中金だよ。お金に代わる何かなんて・・・」
そう言いかけたところで女性が口を閉じる。そしてリンの顔を見て不気味な笑みを浮かべた。
「そうね。特別に条件を出してもいい・・・あんた、自分の腕に自信はある?」
「弱いつもりはないな」
「よし。今からあたしが指定する相手を、あんたが倒せたら金はいらないよ」
その言葉を聞いて疑問を感じたグレアが間に入った。
「どういうことだ?ただ勝てばいいのか?」
「欲しい物があるなら戦いで勝ち取ればいい。私の見る限り、あんた達はただの雑魚じゃない。その武器が飾りじゃない事を証明してみせな」
女性はそう言うが、いつのまにかギルドの戦士たちが周囲を取り囲むように集まっている。結局のところ、女剣士を戦わせて、それをアテに酒を飲む。ただの見せ物にされただけだった。
だが、それを理解していてリンは頷いた。
「じゃあ、あんたの相手を紹介しよう。居合の達人、ルーリエンだ。あ、負けたらあんたの身ぐるみ剥がすからね。敗者には容赦しないよ」
野次馬の中から現れた初老の男。白い髭をたくわえ、背はリンよりも少し低い。おそらく150cmほどだろう。リンと同じ、刀の使い手だった。
柔らかい物腰の中に、雰囲気とは似つかぬ殺気が見え隠れしていた。




