第22話 妹奮闘の日
翌日、グレアは一人大通りを歩いていた。自由時間といっても、特別何かしたい事があるわけではない。
そんなグレアと対照的に、女性陣はそれぞれの目的に合わせて出掛けて行った。ノワールやフィオラは服屋に、リンは武具屋へ。リンに付いて武具屋へ行こうとも考えたが、さすがにこういう日くらいは別の事をしようと思い、武具屋を諦めた。
「何かメシでも食べに行くか・・・」
街を歩けば野菜や魚が売られ、焼きたてのパンの匂いが辺りに漂う。丁度昼時、予定もないのだから、せめて美味い料理にでもありつこうと歩を進める。
だが、そんな思いはすぐに打ち砕かれる事となった。
「グレアさん、ちょっといい?」
己を呼ぶ声と共に右手を引っ張られ、思わず後方を向く。同じ目線に姿はなく、少し視線を下げると見知った顔がそこにあった。
「・・・フィオラ?ノワールと一緒にいたんじゃないのか」
「そうなんだけどね、お願いしたい事があって・・・」
そう言うと申し訳なさそうに、フィオラは両手を合わせ舌を出して見せた。
「何だ、改まって」
ノワールと共にいたはずのフィオラが頼み事に現れたあたり、正直良い予感はしない。だが、子どもの頼みを即座に断るほど、グレアも心が狭くないつもりだった。
「お姉ちゃんの誕生日が近いから、プレゼントを贈ろうと思ってるの。それで一緒にグレアさんに見てほしいの」
それだけ告げると返事を待たずに、右手をぐいぐい引っ張る。グレアが頷く前に、思わず身体が動き出す。
「いや、リンに頼めばいいだろ。何をやれば女が喜ぶのかなんて、俺には分からんぞ」
「だいじょうぶー。そこはグレアさんに期待してないから!」
「・・・全然大丈夫じゃないだろ」
正直何の力にもなれそうにないが、引っ張られるままに歩き出す。若干引っ掛かる部分を感じつつも、食事の事は一旦置いてフィオラに付き合うことにした。
「とりあえずあそこに行こ!」
まだ数歩しか歩いていないフィオラが指差したのは装飾品店・・・安物ばかりの店ならまだしも、外からガラス越しに見える豪華絢爛な装飾品は、思わず入るのすら躊躇ってしまいそうになる。
「変に触って傷でも付けたら大変だな・・・」
「グレアさん、これ見てー」
グレアの言葉も無視し、フィオラが見つけたネックレス。宝石が散りばめられているソレは、キラキラと輝きを放ち、安いか高いかだけで言えば間違いなく高い。こういうものに疎いグレアですら、高いだろうと想像した。
値段を確認しようと、グレアが値札に恐る恐る手をかけてみると――
「一、十、百、千、万、十万・・・百万!?」
とてもフィオラのような子どもの手に届く額ではないだろう。無論、グレアもそんな額とは無縁なのだが。
「ちょっと高いね。お姉ちゃんだったら買えたかなぁ。こないだも買ってたし・・・」
「・・・え?」
あまりの高さにフィオラも諦めて他の装飾品を物色し始めた。かなり衝撃的な発言を聞いたが、確認すれば後悔しそうだったので聞いていない事にした。
◇
それから2時間。元々明確に何を贈るか決めていなかった事で、何を見てもなかなか決心がつかず、時間だけが過ぎていった。
「どうしようかな・・・」
「妹にもらえれば何でもいいんじゃないか」
「うーん・・・グレアさんなら何もらったら嬉しい?」
「刺身」
「そうそう、新鮮なお刺身がケーキの隣に・・・って、そんなのプレゼントに渡す人いないよ!ふざけすぎ!」
「結構真面目に答えたんだけどな。それに、お前もノッてきただろ」
「う・・・じゃあ、リンさんは?何が欲しいと思うかな。堅そうに見えて、実は可愛い服とか下着が欲しかったりして」
フィオラとしては、最も関係が近いリンの事なら理解した上で、何か良いものを的確に言えるのではないかと思っていた。
だが、やはりグレアは求めている答えを出しはしなかった。
「そんなもん要らんだろ。まぁ、一日みっちり鍛練に付き合ってやれば喜ぶだろうが」
「えっ!?なにそれ?」
「あいつ、いつも鍛錬の相手を探してたからな。贈り物なんかよりよっぽどいい」
「・・・今さらだけど、変わり者コンビだよね・・・」
フィオラが苦笑いをしながらグレアに呟いたその時、グレアが唐突に立ち止まった。
「おい、あれなんかどうだ?」
グレアは花屋の店先で綺麗に咲き誇る花を指した。ノワールの欲しいものが分からない以上、下手に小細工するより、こういう物の方がよっぽど良い気がする。
「綺麗に咲いたものなら嬉しいんじゃないか?」
グレアにしてはまともな意見だったと思うが、実は買い物に付き合わされるのがしんどくなってきて、目に入った花を推薦したなどとフィオラは知らない。
「花かぁ・・・どうしようかな」
「お前が選んでやった花なら、喜んでくれるさ。こういうものは気持ちが大事だと思うぞ。何本か、買っていったらどうだ」
「・・・うん!花にする!」
一瞬悩んだかのように見えたが、グレアの後押しもあってフィオラは何本か花を買うことにした。
「まあ、こういうのも悪くないか」
結果的にグレアの自由時間は全て潰れたが、フィオラの満面の笑みを見て、付き添いも悪くないと思っていた。
◇
「お姉ちゃん!はい、これ!」
「綺麗な花・・・まさかフィオラ、私のために?」
宿屋に帰ってくるなり、妹から差し出された花束に、ノワールは動揺していた。まさか自分のために妹が贈り物を、などと考えていなかったのだろう。
一方のフィオラは嬉しそうに受け取るのを待っている。
「そうだ。ノワール、お前のためにフィオラが今日一日――」
まだ受け取ろうとしないノワールに、グレアがプレゼントを受け取るように催促した直後・・・
「私からじゃないよ」
「え?」
思わぬ一言に二人がフィオラに目を向ける。ノワールはフィオラからのプレゼントだと思っており、グレアはあくまで付き合いでしかなかったはずだった。
一体何が違うのか、二人がそれぞれ思案していると――
「この花はね、誕生日を迎えるお姉ちゃんにグレアさんが用意してくれたの」
「・・・グレア様が!?」
そう聞くなり嬉々とした目をグレアに向けるノワール。
「おい。全く話が違うぞ」
「何がいいかなぁって聞いたら、気持ちを込めた花を贈ろうって。あ、グレアさんはお刺身がいいらしいよ」
「そんな・・・グレア様、私のために?」
「いや、一緒に買いには行ったがフィオラが買いたいと・・・」
「嬉しい!」
差し出された花束を奪うように手にすると、全身全霊の飛び込みでグレアにダイブした。
それに全く反応出来なかったグレアは床に押し倒され、背中は両手でギリギリと締め付けられている。
「ぐはっ!」
「あぁ、今死んでもいい!」
「は、離れろ・・・それに言ってる事が重い・・・」
「普段冷たいくせに、ツンデレなんですね」
「だ、誰がだ!俺からのプレゼントじゃねぇって言ってるだろ!」
「またまたぁ」
そのやりとりを見て、フィオラは一仕事終えたように深く息を吸うと、ノワールに向かって良かったねと声をかけた。
フィオラにやられた。そう確信してグレアが何とか引き剥がそうとしている最中。
「みんなもう戻ってきているのか?」
不意に部屋の扉が開き、リンがその異様な状況を確認する。一瞬フリーズした後・・・
「・・・ゲスめ」
露骨に嫌そうな顔で言い放ち、ゆっくり扉を閉めた。
「リ、リン!待て!違う!」
閉め際に残した、リンの言葉が深く心に突き刺さる。何とか誤解を解こうと手を伸ばすが、無情にも扉は二度と開かなかった。
「グレア様~~!」
「は、離れろ!!俺の自由を返せー!!」




