第21話 教養
「あぁ、風が気持ちいいな・・・」
リンは思わず天を仰いだ。久しぶりに見る、どこまでも続く青空。太陽が容赦なく照りつける、この瞬間でさえ嬉しい。
オーフィンの村を出て2日。ついにメトルリア大森林を抜けることが出来た一行は、久しぶりの青空に歓喜していた。リンは思い切り背伸びして、太陽の光を身体に浴びている。ノワールは眩しさで手をかざし、フィオラは解放感からかバタバタと走り出した。
「森での野宿は悲惨だったからな。虫まみれ獣だらけ、太陽もまともに当たらない」
普段愛想のないグレアでさえ、この時ばかりは笑顔のように見える。
「そうだ。お化けも出るし幽霊も出た。よく耐えたと思う」
「お化けも幽霊も一緒なのでは・・・」
リンは一人だけ肩を狭めて縮こまる。お化けが怖いと言って、野宿ではリンを真ん中に、あとの三人が彼女を挟み込むように寝転がっていた。昼間は生き生きするくせに、夜は全くアテにならない。故郷を出てしばらく経つが、そういうところは根本的に変わらないのだろうと、グレアは諦めていた。
「俺達はいいが、フィオラもよく耐えたな。」
「みんながいてくれたからへいきだよー」
とは言うが、本当によく耐えた。野宿ばかりでまともにゆっくり休む機会がなかったが、それでも泣き言一つ言わずにいた。
行商人も大変なものだと改めて思ったが、それを口にするとまたノワールが食いついてくるだろうと察知し、グレアは口を閉じた。
「グレア様、森を出れば王都まではすぐですよ」
「このまま直行出来るのか?」
「出来ますが、一度王都手前にある街アークロウで休んでから行ってもいいかもしれませんね。ここからそんなに道を外れないので、時間も無駄にはしませんし」
それを聞いたリンがグレアに視線をぶつける。寄れ、風呂に行きたい、泊まらせろ、布団が良い。そんな心の声が聞こえたような気がして、グレアはしぶしぶ頷いた。
「・・・アークロウに寄るか。野宿続きだったからな。久しぶりに宿に泊まろう」
「早くふかふかの布団に潜りたい。温かいお風呂にも入りたい。暗い所はもういい」
グレアが寄る、そう言った時点でリンはフィオラと共に歩き出した。その様子にグレアは呆れた様な顔をし、ノワールは苦笑いした。
「私達も行きましょう。このままだと置いて行かれますよ」
「そうだな。俺達も行くか」
そう言うと、一行はアークロウ目指して歩を進めた。
◇
アークロウに到着した一行は、人混みを避け、立ち並ぶ店にも入らず、宿屋に直行した。そして問題なく、宿屋での手続きを済ませて部屋に入った。
だが。
「・・・最悪だ」
グレアは右手で頭を押さえて呟き、その表情からはある種の後悔が読み取れる。
「そうですか?」
「何で四人部屋しか空いてないんだ」
「仕方ないですよ。ここのお宿、二人部屋か四人部屋しかないんですから。二人部屋は埋まってるみたいですし」
「二人部屋が良かった」
「グレア様、もしかして私と!?」
「少なくともお前と離れて寝られるからだ。さっさと俺の布団から出ろ!」
そう言ってグレアは、ノワールが寝ているベッドの布団を剥いだ。中から身を丸めたノワールが出てくる。
宿屋に着いたはいいものの、グレアの言う通り四人部屋しか空いておらず、最も警戒するノワールと同じ密室で寝ることになってしまったのである。
リンやフィオラがいるにしろ、何をしでかすか分からないノワールは、グレアにとって危険極まりない。
現に今も、風呂から上がったグレアの布団に入り込んでいた。
「・・・お前は変態か。人の布団に入り込んで」
「愛の為なら変態にも変人にもなります!」
ノワールの変態宣言を無視すると、グレアは彼女が出てくるまで暇を潰そうと部屋の本棚に目をやった。普段趣味らしい趣味もないグレアは、本すら好き好んで読まないが、本棚にある一冊の本に自然と手が伸びた。
「――何だこれは」
表紙には大きく魔神戦争のタイトルが書かれている。詳細までは知らないが、グレアもさすがに世界を揺るがす魔神戦争があった事くらいは知っていた。
「魔神戦争・・・セリスの図書館にも似たような本があったような気がする。私も見た事はないが」
グレアの両肩に手を伸ばし、背伸びしたリンが後ろからその本を覗きこむ。時間があるのだから読んでみてはどうかと促した。
「・・・ノワール、お前魔神戦争の事知ってるか?」
読むより聞く方が楽だと思ったグレアは、布団をかぶってこちらを見ているノワールに声をかける。
それまで微塵も出る気配がなかったが、自分が必要とされていると知った瞬間、目を輝かせて布団から出てきた。こういうところは単純で扱いやすい。
「はい!魔神戦争は以前書物を読んだことがあります。と言っても、ラグレトナ王城の宝物庫に保管されている本ほど詳しくはないですが・・・」
「具体的にどういったモノだったんだ?」
「そうですね・・・この世界には魔界が存在するのをご存知ですか?」
「いや、魔界なんて聞いたことがないな」
グレアはリンにも視線を向けるが、リンも横に首を振った。お互い魔界という言葉すら聞いたことがなかった。
「世界の表側が人間界、裏側が魔界とされています。この二つがどこで繋がっているのかは分かりませんが、魔神戦争は魔族が人間界に攻め込んだ事を指します」
「結果的にこうして人類は生き残ってるんだから、魔族が負けたのか?」
「伝承の通りなら、魔族の神を倒したのはラグレトナ王国の騎士だそうです。その人は人類としては圧倒的に強い騎士だったとか・・・」
ノワールは本を受け取り、一通り捲ったところで目を細めた。
「やはり書いてある事がちぐはぐですね。一般に出回ってる本は物によって別の事を書いていたりするので・・・」
「昔の事書いてるモンなんか大抵そうだろ」
「ですが、ここラグレトナ王国の王位継承者には、来るべき第二次魔神戦争に向けて真実が伝承されていると聞きます。本かどうかは分かりませんが、こういうものとは比較にならないでしょうね」
グレアは訝しげな表情を浮かべると、その本を棚に戻した。
「第二次魔神戦争か。そんなもん全然起きる気配ないけどな。ちゃんと伝承されてりゃ、意識するんだろうが」
「・・・お前、そうだったところで興味ないだろう?」
リンが呆れたように言葉を返した。
「まぁな。一般的な教養でもないだろうし、興味ない」
「一般的な教養ではありませんが、それでもある程度知ってる人の方が多いと思いますよ」
「つまりグレアさんは一般常識を知らないってこと~」
「・・・手厳しいな」
フィオラに言われるが確かに勉強らしい勉強をしてこなかったのも事実。一般的な教養に関しては文句を言えない。
「ところで、明日はどうしようか」
「そうだな・・・少しゆっくりしてもいい。ここのところまともな環境で休めなかったからな。ここらで体力を回復させて、王都に乗り込むか」
「なら、明日は自由行動にしましょう!アークロウは王都近郊の街なので、装備なども王都に負けず劣らずの品揃えですよ」
王都に辿り着いてからはまともに休む暇もない気がする。その予感を感じていたのはグレアとリンだけで、その予感が休息の必要性を理解させていた。




