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神殺しの遺伝子  作者: 神条 黒乃
第一部 紅い眼の男
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第2話 賑わいの中で

 二人は現在隣り合わせの一軒家にそれぞれ住んでいる。本来なら家族で住むような、一人では充分過ぎるほどの広さであった。


「グレア、ご飯はまだか?」

「……お前な、自分ちがあるんだから自分で作って食えよ」

「一人で食べるご飯は美味しくない。それに、勝負に負けた方が作るのが恒例だろう」


 昼間の鍛錬は、一瞬の隙を突かれて刀を首元に突き付けられたグレアが降参という形で終わっていた。


 リンは既にリビングのテーブルで頬杖をつきながら待っている。右手でスプーンをくるくる回しているのを見て、手伝えよと言いそうになったが、能天気なその姿にそう言う気すら失せてしまった。


 そんなリンを横目に、グレアは淡々と二人分の調理に取り掛かっていた。表情一つ変えず軽快な手つきで包丁を握り、炒め、煮込み、次々と料理が並べられていく。


「おお……ん?」

 非常に美味しそうな香りが鼻腔をくすぐるが、すぐにリンの表情が引き攣る。というのも、並べられた料理のほとんどが肉料理で統一されていたからだ。肉しかなく、まったく緑のものがない。偏りすぎていた。ジューシーな香りも、ここまでくると見事に油臭い。


「なるほど。野菜は肉の下に隠れているんだな。そういう事か」

「そこに乗ってんだろ」

 ちゃんと見ろと言わんばかりにグレアが一品指し示す。その先には炒められた肉と、申し訳なさそうに野菜らしきものが皿に乗っていた。


「えっ? こげ……」

 鮮やかな緑色をしていたであろうそれは、肉の油を吸いきって黒く変色していた。肉が9割とするなら、その上に1割くらい。それほどまでに存在感がない。存在理由を疑ってしまいそうだ。


「以前、私がお前の作る料理は野菜が入っていないと言ったのを覚えているか」

 グレアはがつがつと肉料理を口に運び、水を一杯喉に流し込んだところで相槌を返した。


「前も入れてたけどな。それに、たまには魚料理だって出してるだろ」

「肉と魚もいいが、もう少し野菜を摂れ。野菜が食べれない訳じゃないだろう。お前の嫌いなトマトを入れろとは言わないし」

 呆れたように呟くと、リンも肉料理を一品口にした。

「む……美味しいから文句はもうやめておく」



 そんな会話を交わしながら料理を口にしていると、家のドアをコンコンと叩く音が聞こえた。箸を止め、グレアが気怠そうに立ち上がりドアを開くと、そこには白い髭を蓄えた小柄な老人が立っていた。


「おう、グレア。相変わらず目つきが悪いの!」

 その老人は大きな口を開いて笑って見せた。入れ歯が外れそうになっているのが見える。頬が赤みを帯び、それに酒臭い。その老人は右手に酒が入っているであろう一升瓶を持ち、グレアの反応を待たずにずかずかと家に上がり込んできた。


「マクガーさん。こんばんわ」

 リンが立ち上がりぺこりと頭を下げ挨拶をする。それに対してマクガーと呼ばれる老人も手を振り応えると、少しふらふらとした足取りで席に着く。


「相変わらず律儀な子じゃ。ところでグレア、一杯やらんか? もうほとんど残っとらんがの! わはは!」

「何しに来たんだよ、じいさん。町長ってのは暇なのか」

 その問いかけにニヤッとしたマクガーは酒を口に流し込み、一呼吸置いてから口を開いた。



「お主らはワシの孫、いや、この町の人間の子どもであり孫のようなもんじゃ。一日一回は顔を見たいと思ってもおかしくなかろう。ワシは日中仕事で忙しいし、お主らほとんど家におらんじゃないか」


 昔、ある事件を境に家族を失ってからというもの、町の人々がよく気にかけてくれているのを二人は感じていた。食材の差し入れなんかも貰うし、みんな可愛がってくれている。

 そんな彼らに少しでも恩を返そうと、二人は賊の類いの撃退、または護衛などを請け負っていた。


「みんなに良くして頂いている事は本当に有り難く思ってます」

「そんなに畏まらんでいい。ワシらも好きでお主らに構っておるんじゃ。ところでグレア、酒はいらんかの」

 しんみりした空気を察知したのか、マクガーは違う話題に切り替えようとグレアに再度酒を勧めた。と言っても、おそらくコップ一杯満たない程度しか残されていないのだが、それでもコップに注ごうと酒を差し出す。


「いらん」

「何でじゃ! 飲んで都合の悪い事でもあるのか」

「飲む必要がない」

「……ああ、お前は飲めんかったんじゃな!」

 わざとらしく気付いたようにマクガーが酒を引っ込め、残りの酒を飲み干した。グレアをちらちら見ながら表情を伺っている。マクガーの口角がわずかに緩んでいるのが見えた。


「あんた分かってて勧めてきただろうが!」

「肉食で酒にも強そうな顔して全く飲めんのじゃからな。悪態つく割に可愛い奴じゃ。しかし酒が飲めんとは、もったいない。リンですらそこそこ飲めるぞ」

「私は嗜む程度にですが」


「こいつは雑食だからな、口に入るなら何でもいいんだよ。草でも食う」

「トマトを残したり、それだけでなくケチャップも綺麗に除けるようなお前よりはマシだ。あと、草は食べん」

「いい歳してトマトも食えんのかお前は! 何食うて生きておるんじゃ!」

「うるせえ! トマト食えなくても健康だからいいんだよ!」


 その夜はいつにも増して賑やかだった。結局料理はマクガーが平らげ、満足そうにその場で寝てしまったあと、グレアが背負って町長宅に運んだという。

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