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神殺しの遺伝子  作者: 神条 黒乃
第一部 紅い眼の男
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第18話 人生の選択

「それで、村は大きな被害もなくやっていたのか?」

「そうね。けど、やがて盗賊団は村に癒着するようになった。ノーリスクで食料なんかが手に入る訳だしね。この村に居座り、ここでの生活に依存したのよ」

「依存・・・嫌な展開ですね」

「いぞんってなに?」

 そう言うフィオラに、後でね、と耳打ちをしたあとノワールは彼女を膝に抱きかかえた。



「だから外部の盗賊被害そのものは徐々に無くなっていったんだけど、この村は容赦なく搾取されていったわ。そんな中、一人だけ武器を取った者がいた」

 エルシャは席を立ち、一人だけテーブルを離れると窓際で外を眺めた。既に日は落ち、月の光が辺りを照らしている。


 彼女の表情は遠い思い出に浸っているようで、どこか儚い。月に晒されるその立ち姿は同じ女性であるリンやノワール達でも見惚れるほどだった。




「・・・気を張れ」

 エルシャが背中を向けているこの瞬間、グレアがリンに声をかけた。一瞬動揺したような表情を見せたが、すぐに黙って頷いた。


「武器を取った、経緯はともあれそれが現状に繋がっているんですか?」

「ええ。武器を取ったのは私の姉だったわ。姉はこの村の、自分達の境遇を嘆いていた。だから己が先頭に立ち、みんなに呼びかけたのよ」


 その声からは悔しさが滲み出ていた。唇を噛む姿が痛々しい。両手を握り込むその様は、姉を止められなかった自責の念に苛まれているように見える。



「結論から言うと、盗賊団は倒せなかった。勝ち目のない争いだと言い、人は集まらず・・・その姉の行動を知った盗賊は姉を蹂躙した後、村の入口に吊るしたのよ。ひどい有様だった。衣服もまともに着ていない、顔の判別もつかない、四肢は潰されて・・・」


 徐々に声に怒気が含まれていくのが分かった。ノワールが途中でフィオラの両耳を塞いで、顔を伏している。確かに、子どもには聞かせたくない内容だ。それでなくても気分のいい話ではない。



「私は憎い・・・盗賊も、見殺しにした村人も、自由になれないこの村も、ここに産まれた己の運命も」

 リンの顔が強張る。あれほど穏やかだった雰囲気とは180度変わって、殺気がビリビリと迸ってきたためだ。あまりにも重く、鋭い。身体に容赦なく降りかかってくるソレは、防御態勢に移るには充分な理由だった。


 思わず刀に手がかかるが、それをグレアが制止する。



「・・・エルシャ、だからお前は――」

「グレアさん、だったかしら。概ねあなたの想像通りだと思うわ。その毒入りのお茶を飲まなかったのも、全て分かってての事だったんでしょう?」

 エルシャが窓際のスイッチに手を触れると・・・家中の電気が一瞬にして落ちた。突如訪れる完全な暗闇にフィオラが悲鳴を上げる。



「きゃああ!お姉ちゃん!」

「フィオラ!」

 ノワールは思わず妹を強く抱き締めた。その中でリンはノワール達を守ろうと二人に隣接した。



 だがグレアは一人、動揺せず仲間に指示を出す。

「ノワール!魔法でも何でもいい、照らせ!」

「は、はい!精霊よ、我らを照らす光となれ!」

 急な指示にも関わらずノワールが右手をかざすと、その手の先に眩いばかりの光が溢れた。そこで全員が己の位置と状況を確認する、が。明らかに先ほどと違う状況がそこにはあった。



「・・・やっぱりお前か」

 グレアが視線をやる先には、エルシャともう一人。


 森の中で交戦したあの少年がいた。



「グレア、と言ったわね。まさか弟・・・オルナと戦って生き残るなんて想定外だったわ」

「だろうな。姉弟だとは思わなかったが」

「どうなってるんだ?あの殺気は、エルシャさんじゃなくて・・・」

「ああ、エルシャじゃない」

 そう言うとグレアは、ノワール姉妹をリンに任せて抜刀した。



「おかしいとは思わねえか?人を喰うような奴がいる森の中で、一人暮らしてる。しかもこいつ以外の人間は見事にいない。普通危ないと思うだろ。なのに、なぜこいつだけが何事もなく村にいるのか」

「この二人が関係しているから・・・?」

 先程までの優しい表情のエルシャはもういない。横に並ぶ弟の頭を撫でながら、不気味に微笑んでいる。



「恐らくエルシャ自身に大した戦闘力はない。こっちの弟に指示を出してるだけだろう」

「その通り・・・村人と盗賊団を駆逐したのはこの子よ」

 だが、リンやノワールの主観で見るとこの少年が本当にそれだけの事をしたのか疑問だった。この少年は身長160cmもない、小柄な体格だったからだ。加えてまともな得物も持っておらず、どうやって全滅に追い込むことが出来たのか。




「・・・この世は不平等よ。産まれる場所は選べない。産まれたその場所で、与えられる環境に甘んじて後は死ぬのみ。私達もここに産まれていなければ、もう少しはまともな人生歩めたかもしれない」

「エルシャ、あんたは・・・」

「なら、せめて産まれた後は全て選ぶ。勝つも負けるも、殺すも殺されるも、生きるも死ぬも、私は選ぶ。そして私達は自由を手にするために森を出る。村人、盗賊団、そしてその目撃者である貴方達を殺して」


 その目は既に狂気に満ちている。憎悪の炎が燃え上がり、正気を保っているようにはとても見えなかった。そして、少年はゆっくりとした足取りでこちらに近付いてくる。



「リン、二人を連れて外に出ろ。村の入口あたりで待っててくれ」

「お前一人でやるつもりか?お前はあの時首に・・・」

「さすがにやられたままじゃ、引き下がれねえだろ。お前もな」

「・・・分かった。だが無理はするなよ。いつでも交代するから」

「グレア様・・・」

 おずおずとノワールが声をかける。その袖を掴むようにフィオラは隠れてグレアを覗いている。

「ノワール、フィオラ。大丈夫だ。リンゴでも食って待ってろ」

 そう声をかけると、グレアは二人の頭をぽんぽんと叩いた。姉妹は軽く頷き、そして三人はグレアを確認しながら玄関を出た。




「どこにいようとこの子に殺されちゃうのにね」

「・・・一つだけ腑に落ちない事がある。この村には戦える人間がいないんじゃなかったか?弟は何故戦える?」

「これは偶然の産物よ」

「何だと?」

 戦える人間がいた、という言い方ではなく、偶然の産物という言い方が引っかかる。もしそれが弟の事を指すとするなら・・・



「この子はお姉ちゃん子だったから、姉が死んだときはひどかったわ。周りを気にせず村中に響き渡るほどの声を上げて・・」

「ひどいも何も、肉親が死んだんだぞ?」

「私だってイライラしてるのに何日も泣いて、ぎゃあぎゃあうるさいから。剣を持たせてこの子を盗賊団のアジトに放り込んだのよ。泣くくらい悔しいなら戦ってみなさいってね。そしたらまあ予想外。この子、ちゃんと生き残ってたわ・・・数十人の盗賊を皆殺しにして」


 グレアはそのエルシャの表情に怒りを覚えた。弟を危険な目に合わせたにも関わらず、恍惚の表情を浮かべていたからだ。


 一方、その弟は話を聞いている様子がない。絶えずぶつぶつと何かを口にしている。



「弟は剣を捨て、ただ生存本能のみで相手の急所を抉り、喰らい、ボロボロになりながらも生き残った。人間て、窮地に追い込まれると変わるのね。ただ、精神的にちょっとオカシくなったのは予想外だったかしら・・・でもこれで全てが上手くいくと思ったわ。盗賊、村人達への復讐はこの子のおかげで果たせたし、あとは私が自由を選ぶだけ」



「選ぶ?お前は面倒事弟に押し付けて楽な方に転がってるだけだろうが」

「・・・オルナ!」

「があああああああ!!!」

 エルシャの一声でオルナはおぞましい雄叫びを上げる。耳を劈くような不快音だが、それでもグレアは一歩も怯んでいなかった。



「お前に恨みはねえ。だがこっちも黙って喰われてやるつもりはない。悪いが、痛い目くらいは勘弁しろ」

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