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神殺しの遺伝子  作者: 神条 黒乃
第一部 紅い眼の男
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第17話 廃村

「・・・ん」

 グレアは重いまぶたをゆっくり開いた。視線の先に木造の天井が見える。照明が部屋を照らしているものの、その照明にはぶんぶんと虫が集っている。


 そして自分が今どこかの室内に寝かされている事を理解したが、そのどこか、が分からない。



 メトルリア通過の道中、姉妹の代わりにリンゴを取りに行った。そこであの少年に襲撃され、リンが助けに来てくれた辺りまでは何となく思い出せる。


 戦いはどうなったのか。そこからの経緯が不明だった。



 ふとグレアは喰いつかれた首元に違和感を感じ、手をやった。かなりのダメージを負ったはずが、痛みがない。リンが布で止血処置してくれていたが、その布を外して傷口を確かめた。



「・・・ない」

――傷口がない・・塞がってる。




「グレア、傷は大丈夫か」

 首元から手を離し、その声に身体を起こした。カットしたリンゴを皿に乗せたリンが、グレアのベッドに近付き腰かける。リンは少し微笑んだ後、リンゴを一つ差し出した。


「ああ・・・ここはどこだ?」

 差し出されたリンゴを1つ手に取り、グレアは疑問を口にした。

「メトルリア大森林唯一の村、オーフィン。倒れたお前を、近くに村があるから運び込もうとノワールが提案してくれた。ここまでは大体1時間くらいで、お前が寝てたのは5時間ほどだ」

「リンが奴を倒したのか?」

「・・・何を言ってる。自分で退けただろう」


 とは言うが、グレアにはまったく記憶がなかった。リンが来たのは覚えているが、そこからは覚えていない。その経緯を聞ければ良かったが、記憶がないなどとこれ以上情けない姿を晒したくなかった。



「その後お前が倒れたからここに運び込んだんだ」

「そうか・・・悪かったな」

 動く度に軋むボロボロのベッドから立ち上がり、埃っぽいこの部屋を見回す。身体は軽い。思ったほどダメージはないように思えた。



 この部屋で唯一、ベッドに敷いてある布団は綺麗で甘い香りがする。これはまだ新しいのだろう。


 しかしそれ以外・・・天井は穴だらけで所々空が見えている。床も埃が積もってうっすら白い。クローゼットなんかもあるが蜘蛛の巣が張ってしまっている。



「外に出てみるか?ノワール達が近くにいるはずだ」

 リンが出口で手招きしている。残りの数切れ、リンゴを食べ終わったグレアは、導かれるように彼女の開いたドアを出た。




 出た先で周囲を見回すと、こじんまり佇む木造の家が数軒確認出来た。しかし、妙に静かだ。生活している賑やかさ、空気がない。庭先の花壇は荒れ果て、手入れされている様子もない。窓が割れている家もあれば、屋根が崩れている家もある。



 セリスが全滅した時のような、不気味な空気が肌にまとわりつく。

「こんなとこに誰か住んでるのか?」

「一人だけいる。エルシャという女性が」

 そう言いリンが指し示した方向には、まだ手入れされていそうな一軒家があった。それが正常の状態にも関わらず、この村においては違和感の塊のようなもので、少し浮いているように感じてしまう。



「あ、グレア様!お怪我は大丈夫ですか!?」

「グレアさん、立ってもへいき?」

 後方から声がしたので、振り返るとノワール・フィオラ姉妹がこちらに走り寄って来ていた。走り寄ってくるだけならまだしも、ノワールは今にも飛び掛かろうと両手を広げている。


 案の定、飛び掛かってきたノワールをいなしてグレアは呆れ気味に言葉を紡いだ。

「大丈夫だが、怪我心配するなら飛び掛かってくるな」

「そ、そうですね・・・今は我慢します・・・」

 分かりやすく項垂れるその姿を見て、リンが頭をよしよしと頭を撫でた。


「グレアさん、どこか行くの?」

「エルシャって女の所に。休ませてくれた礼をな」

「休む場所はエルシャさんで、お布団を用意したのは私ですよ。褒めて下さい!」

「布団だけやけに綺麗だと思ったら、お前のか。ありがとうな」

「はうっ!」

 いつものようにあしらわれると思っていたノワールは、その言葉を聞くと同時に膝をついた。喜んでの反応だと思ったグレアは、まったく気に留める様子もなく歩き出し、フィオラがその後ろを付いていった。



「グ、グレア様!待ってください」

「やれやれ・・・」

 落ち着きのなさに思わず苦笑いを溢したリンは、一度後方を振り返った後で三人を追った。





「運ばれてそう時間も経っていないのに、ここまで回復されるなんて、本当に良かったわ」

 エルシャの家に到着した四人は、エルシャの好意でお茶を頂く事になった。他の家と違い、やはり掃除も行き届いていて埃一つない。テーブルや椅子、本棚などの調度品なんかも綺麗に磨かれている。


 だが、この家の窓から見える廃村の様子は、四人に更なる違和感を抱かせるには充分だった。


 やがて香ばしいお茶の香りが辺りに漂い、同時に出された茶菓子と相まって一層美味しそうに見える。



「ちゃんとしたおもてなしも出来なくて、ごめんなさいね。休む場所もあんな感じで・・・」

 腰辺りまである髪が動く度にさらさらと舞う。肌もきめ細かく、椅子に座るその姿ですら上品さが感じ取れた。

「いや、そんな事はない。休む場所どころか、お茶まで出してもらって感謝してる」

「いただきます」


 リンが淹れられたお茶に手を伸ばすと、テーブルの下でグレアが彼女の足を小突いた。手を引っ込めてグレアを見ると、まるで飲むなと言わんばかりに睨んできている。グレア自身が理不尽な事を言う男ではないと分かっているリンは、素直に頷いた。


 そしてリンはノワール達にもそのサインを送った。



「なら良かった。最近はお客さんも来ないから、村のほとんどが手入れ出来てないの」

「・・・その事なんだが、何であんた一人なんだ?他の村人はどうした」

 エルシャが一瞬目を見開いた。リンはまずい事を聞いたんじゃないかとグレアに視線を送ったが、グレアは気にせずに淡々と続ける。

「どうして廃村に一人でいる?」



「・・・ここもちょっと前までは賑やかだったのよ。いえ、賑やかに見えていたと言う方が正しいのかも」

「賑やかに見えていた?」


 言葉を紡ごうとして、再び口を閉じる。その間の沈黙はリンやノワール、フィオラにとって非常に重苦しいものだった。その空気に耐えかねたノワールが、わざと咳き込んだ。



「このメトルリア大森林、盗賊被害が多いのよ。隠れやすい、逃げやすい、襲いやすい・・・そのせいでね。でもそんな地域において、なぜこの村は襲われずに今までやってきたと思う?」


「・・・何らかの取り引きがあった?」

 問い掛けに反応したのはノワールだった。確かに、この小さな村が被害を免れてやっていくにはそういう手段も必要な一つだろう。



「そう。盗賊団はこちらを襲わない、けど見返りに農作物などの食料を要求した・・・村を捨てることも出来た。けど、逃げたところで行く場所がない。それならば被害の出ない現状に満足するしかない。そうしてこの村は存続してきた」

「だからこの村は被害が出なかった・・・」

「一見安全なようで、ここには自由がない。武器を持った盗賊を倒す術もない。私は産まれた時から盗賊達の脅威にさらされていたのよ。故郷を、家族を捨てて逃げる訳にもいかないしね」


 自由のない生活。幼少期から自由に過ごしてきたグレアとリンにとって、自由のない生活は想像がつかなかった。

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