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神殺しの遺伝子  作者: 神条 黒乃
第一部 紅い眼の男
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第16話 異質な森

 新たな仲間(?)を加えたグレア達はメトルリア大森林に突入した。男一人、その腕を組む女、刀を二本差した女、荷馬車に跨る少女。一見すると何の集まりなのか分からないような組み合わせだ。



 太陽の光がなかなか差し込まないこの地帯は、常に仄暗い。歩けど歩けど同じ景色が続き、一見迷ってしまいそうだが、唯一の救いは整備された一本道が森の出口まで導いてくれるということ。

「こんなに木が多いと鬱陶しいな」

「そうですね、グレア様」

「ノワール、離れてくれ。あと、様ってのも止めろ」



 ついさっきまでグレアさん、だったのがいつの間にか様付けになっていた。そしてそれに勝手に満足している。

「グレア、鼻の下を伸ばしていないで一応警戒するんだぞ」

「お前の目に俺はどう映ってんだ」

 確かにノワールは整った顔立ちをしている。普通にしてれば可愛い。スタイルも男を振り向かせるには充分……あとは少々行き過ぎたその性格がもう少し落ち着けば。




「お姉ちゃん、もうすぐだよ。いつもの場所」

 不意に妹のフィオラがノワールに声をかける。そう言うと荷馬車を止めて、グレアの腕を離れたノワールは荷台をごそごそと探り始めた。



「フィオラ、もうすぐ何があるんだ?」

「この道を逸れた先に、美味しいリンゴの群生地があるんです。名付けて森の美味しいリンゴです!」

「名付けるも何も、そのまんまじゃねぇか」

「グレア、子どもには優しくなれ」

 そして荷台の後ろから大きな籠を持ったノワールが出てくる。つまりは、リンゴを籠一杯に頂こうという事か。



「まさか、勝手に取るつもりか?」

「一応王国の所有物になるんですけど、王国から正式に許可を頂いているので。もちろん、取れる期間と数は決まってます」

「王国の許可って、すごいな」

 その話を聞いたリンが感嘆の声を漏らすと、ノワールはグレアの方にも視線を向ける。まるで同じように褒めてほしいと懇願しているかのようだ。


 が、グレアは顔を逸らした。


「それで、今からお姉ちゃんがリンゴを取りに行くからグレアさんとリンさんはお留守番~」

「ええ!?私とグレア様で行くんだよ!!」

「あ、お姉ちゃんゴメン……」

 自分は行くつもりはなかったが、このままでは二人で行かされてしまう。そう察知したグレアはノワールの持っている籠を取り上げると、先ほどフィオラが指し示した方向へ走り出した。



「あっ、グレア様!!」

「俺が取ってきてやるから、お前らはそこで待ってろ!」

 追いかけようとするノワールをリンが制止する。この森は盗賊の被害が多い。魔法が使えるノワールを戦力として数えるなら、荷馬車を守るのに人数は多い方がいい。

「はあ~……」

 この世の終わりかのような表情と溜め息をついたあと、トボトボと荷台に乗り込みうずくまった。

「そこまで落ち込むか」

「お姉ちゃんかわいそう……」





「リンゴか。こんな所のをわざわざ取りに行くくらいだから、美味いんだろうな」

 普段食べるもののほとんどが肉類であり、果物をあまり食べないグレアだったが、姉妹の言う美味しいリンゴという言葉には少し興味をそそられた。



「それにしてもどこにあるんだ」

 遠目に見てもまだリンゴの木は確認出来ない。それらしきものもない。自分が道を間違えたのか少し不安になってきた。



 その矢先だった。森の爽やかな風に乗せられて、わずかに鉄の臭いが鼻腔に届いた。



 明らかにこの空間に似合わない異臭の原因を探ろうと、ふと右を見ると数10m先に人影が見えた。木の影に、少し髪の長い少年が膝をつきうずくまっていた。




「一人か? 何してんだ、こんな所で」

 声をかけようとして近付いたものの、その行為に思わず息を呑んだ。それは想像の範疇を超えていた。いや、それを誰が想像出来るというのか。




 その少年は人の頭蓋を拾っていた。それだけでなく、少年は躊躇なくその頭蓋を噛み砕いている。殺されて間もないのだろう、頭蓋からは鮮血がまだ滴っていた。



「なっ……!」

 瞬間的に視線を前に向けると、その先には腕や足、胴体、果てはぶちまけられた臓物が散乱していた。鉄臭さはこれが原因だった。ばらばらになった破片すべてから異常な臭気が放たれている。



 そしてその光景。グレア自身、賊との戦闘においてもこれほどまで無残に殺した事はない。そんな現場もそうそう巡り合えるものではない。




「だれ」

 気配に気付きグレアの方に振り向く。その少年は女性と見紛うほど中性的な顔立ちをしていた。口元がひどく血に汚れている。吐息の一つ一つまで赤いように見える。

「刀……あんたも……奪う側か」

「……お前、今何してた? そいつを殺したのはお前か?」




「がぁぁぁぁっ!」

 何の前触れもなく表情一変、殺意を剥き出しにしてグレアに飛びかかる。武器も持たず、間合いも考えず、ただ食らいつこうとしている獣のようだった。



「話の通じる相手じゃないな」

 一瞬気圧されるものの、急激に間合いを詰める少年と対峙する。確かに今までのどんな戦士より異質だったが、あくまで冷静に対処しようと試みた。



 飛び込むと同時に、グレアの顔面を捉えようと右拳が振り抜かれる。確かに拳速は速い。だが、その攻撃はあまりにも――


「何だこの攻撃……」

――動作がめちゃくちゃだ。間合いも突進でただ詰めただけ。



 その戦い方に一種の違和感を抱く。が、それを払拭するかのように拳を避けてカウンターを放つ。


 飛び込んできた、その下方向へ潜り込み斬り上げを加えた。太刀で身体ごと真っ二つにする勢いで振り抜いたが、途中で斬撃は速度を失った。



「やっぱり刀は危ない。殺されるとこだった」

 振り抜かれる前に空いた左手で刀を押さえ込んだのである。少年の左手には刀が斬り込まれているが、全く気にしない様子で刀の刃を握り締めた。



「ば、バカな!」

――意識しての防御なのか? いや、これは狙っての防御じゃない。この攻撃が来ることを分かってた訳でもない! あの突進は攻撃特化、防御を捨ててた。つまりこいつは本能で俺の攻撃を感じ取ったんだ!



「……お前からは邪悪な気配がする。だから殺す」

 刀を封じられたグレアは無意識のうちに怯んでいた。その一瞬の隙。



「っぐああああ!!」

 凄まじい激痛が全身を駆け巡る。首を狙われたことはあるが、実際そんなところに直接攻撃を受けたことはない。首元を喰い千切ろうと容赦なく喰らいつく様は、まさに獣のソレと同様で、その痛みは想像を絶するものだった。



「ぐ……この野郎っ――!」

 引き剥がそうとするものの、力が緩まる気配はなく、徐々にではあるがその鋭い歯がズブズブと皮膚を突き破っていく。このままだと本当に千切られるのは明らかだった。


 痛みのあまり出血している感覚すらない。意識が少しぼうっとしてきた。

「このまま喰い千切ってやる」

「くそ……」

 ガクンとグレアの膝が折れる。刀も封じた、完全に喰い殺せると少年は確信していた。



「もらった。お前の血肉も僕の身体に取り込んでやる」

 そして止めと言わんばかりに、今まで以上の力を込める。その刹那――



「離れろ!」

 突如聞き覚えのある声が響き、薄れかかった意識が再び正常に戻る。本能的に身の危険を感じた少年はグレアを突き飛ばし、後方へと距離をとった。案の定、そこには自分に斬りかかろうと迫る女剣士の姿があった。



 解放されそのまま倒れ込もうとするグレアを、寸でのところでリンが支える。

「リ……リン……?」

「お前の声が聞こえた。まさかとは思ったが」

 それだけ言うとリンは止血に取り掛かった。敵の事もあるが、リンにとって最優先なのはグレアを救う事。即座に処置を施し少年と対峙するつもりだった。



「女、お前も刀を持っているんだな……」

「黙れ、お前は私が必ず倒す」

 そう言い放った刹那、すっとグレアが立ち上がる。

「何をしてるんだ! まだ処置は――」



 その傷口を見て言葉を失った。喰いつかれたその首は、傷跡こそ残しているものの、完全に止血していたのだ。



「あれだけ出血していたのに……? どうして」

「リン、悪かったな。だがあいつは……」



「俺が倒す」


 同時に、グレアの尋常ではない殺気が解き放たれ、強烈な衝撃となってリンと少年に襲い掛かる。リンは咄嗟に後退し殺気を免れた。しかし、少年は防御姿勢をとることが出来ずに吹き飛ばされた。


「っ……グレア!?」

――木々がざわつく、大地が震えている。近付けば呼吸すらままならない。これがグレアの殺気……!?




「……ここは一度引いた方がいいみたいだ……」

 少年はそのグレアの変化に撤退を決めた。だがグレア自身はそれを追おうとしない。その場で絶えず殺気を放ち続けているだけだ。

 追って来ない事を察知した少年は、やがて木々の間に紛れて姿を消した。



「グレア!」

 異常な様子のグレアを心配してリンが大声で呼びかける。長い付き合いだが本気で怒った時でさえここまで変化したことはなかった。


 リンの声を聞いてか、徐々に殺気は静まっていき、やがて完全に消え――グレアは大地に倒れた。

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