第10話 誰が為に討つ
「さむっ」
まだ太陽が昇りきらない頃、その寒さに耐えかねたグレアは重い身体を起こした。
横を見ると、隣にいたはずのリンは既に起きており、川沿いで顔を洗っていた。
「随分早いな。いつも朝起きないのに」
「ここまで冷え込むとは思ってなかった。焚き火のありがたさが身に染みるな」
「焚き火は私が寝る間を惜しんで、しっかり管理してやった」
「怖くて寝れなかっただけじゃないのか」
――目の下にクマが出来てるぞ。
ふふんと得意気になるリンを無視して、隣で洗顔を済ませた後二人は早々に出発することにした。
寝直そうかとも思ったが、この寒さの中ではもう一度寝る気になれなかった。
◇
夕刻までに着けば早い方だと思っていたが、早めに出発したせいか昼過ぎにはルガルタに到着した。
二人の前に煉瓦作りの建物が立ち並ぶ。宿屋に始まり、武器屋、酒場など、それぞれが看板を掲げて列挙していた。大通りにも露店商が所狭しと品を広げている。
行き交う人の数もセリスの比ではない。何の目的もなく歩いていれば雑踏の中に埋もれてしまいそうだ。
「何回来ても人混みは苦手だな。とりあえず宿確保して、あとは情報集めか」
「そうだな。あと、先にお風呂にも入りたい」
自分の髪を触って、お風呂に入れていない事を気にしている。一方のグレアは、リンほど気にしていなかった。
「髪、臭いのか?」
「……ふざけるな! 何でそうなるんだ!」
「臭いから気にして触ってたんだろ?」
「違う! 大体、こんな大通りで臭いとか言うな!」
頬を真っ赤に染めたリンは、周囲の目を気にしながらうつむいたまま宿屋に向かっていった。
「別に俺は臭くても気にしないけどな」
そんな調子で宿の手続きを済ませた二人は、食事も兼ねて宿屋近くにある酒場にふらっと入ってみた。
客は50人ほどいるが、ほぼ男しかいない。テーブルの上に立ち、大声で歌っている者もいればジョッキ片手に酔い潰れて床で寝転んでいる者もいる。
「こういう所は苦手だ」
その様子にひどく嫌悪感を示したリンが呟く。確かに、こういう環境は酒豪でも何でもないリンからすれば居心地が悪いのだろう。
「まぁ、こんな客に話聞いたところでまともな答えは返ってこないだろうな。用だけ済まそう」
丁度カウンターに2席の空きがある。渋るリンの手を引き、二人は喧騒の中を突っ切りカウンターの席に着いた。
「お、珍しいね。武器持ってるとこ見ると、あんたら傭兵か何かかい?」
不意にカウンターの向こうでマスターらしき男が二人に問いかける。
「いや、違う。傭兵が珍しいか?」
「あー、最近はここに傭兵とかあんまり来ないからね。来れないと言う方が正しいのかな」
「来れない?」
「最近セリスの町に続くルガルタ峠に辻斬りが出るんだよ。武装してる奴だけを狙うんだ。何でも強い奴を探してるとか」
「辻斬り?」
「ああ、しかも結構強いらしくてな。護衛の傭兵どもはほとんどがやられちまってる。今はルガルタ峠にいるらしいが、一定の間隔で場所を転々としてるみたいだぜ。セリスは観光の名所だからな。観光客を護衛する傭兵を狙ってるんだ」
ルガルタ峠に出る辻斬り。その言葉に思い当たる節があった二人は顔を見合わせた。
「昨日峠でそいつに会ったかもしれねえ。黒いコート着てたっけ」
「本当か!?よく生き延びたな。訓練した傭兵でもやられるって聞いてたが」
「応戦したら逃げていったぞ」
「いやぁ、どうせなら倒してくれるとありがたかったんだけどな! 今日も被害に遭った奴がいるみたいだし」
そうは言われても得体の知れない相手を闇の中で深追いする訳にはいかなかった。それにそういう発言は人助け大好き女のやる気に火をつけるから、極力やめてもらいたいとグレアが思った矢先。
「辻斬りか……」
「お前な、関係ない事に首突っ込むなよ。あんなん倒したところで何のメリットもないぞ」
「すでに関係者だ。それに、あれだけの傷を負わせて尚、まだ被害が出ている。マスター、何か料理を頂けますか」
「あいよ、お嬢さん」
マスターは手際よく調理し、もののわずかな時間で料理が出てきた。様々な野菜が彩り豊かに炒められ、肉のジューシーな香りが食欲をそそる。
リンは一人でその料理を平らげ、おもむろに立ち上がった。
「私は行くぞ。少なくとも今日の被害は奴を取り逃がした私達の責任だ。メリットの有る無しは関係ない」
「いい加減にしろよ。そんな面倒な事やってられるか。俺達がこの話を片付ける必要はない」
「私だけでもやる」
グレアに吐き捨てるように、それだけ言い残すと酒場を飛び出した。街中が淡い街灯により照らされている。お化けが苦手だと言いながら、こういうときは変な使命感に燃えて平気らしい。
「だ、大丈夫か?辻斬りは二人組なんだけどな……」
「あのバカ……どうなっても知らねえぞ」
グレアは一口水を含むと、料理の注文を始めた。