無職1話 ボク、野獣にのし掛かられちゃいました
ペチャァ。
「うひゃーーーーっ!」
不意に頬に触れた生暖かくネットリとした感触にボクは驚き思わず声をあげた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。けど今はそんなことはどうでも良い。なぜならば、馬面がボクを見つめているのだ。しかも目の前で。
これは一帯どういう状況? と事態を把握する前に、あの教師め! ボクを見捨てやがったな! と頭に浮かんだのは恨み故か。
そしてもう一度ペロリ。うーん、生暖かくて気持ち悪い。
イヌやネコならば小さくて可愛げのある行動だが、こう……デカイとちょっとな。
ボクはこれ以上やられたら堪らないとお馬さんを押してそれをさせじと振る舞う。――が、出来ない。「ブルブル」うるせーよ!
注意深く見るとお馬さんはなんとボクの上にのし掛かっていたのだ! 退けよ、馬面ヤロー。鼻息が当たってんだよ! おっと、いけない。動物には優しくがボクのモットー。どうやらあの教師への怒りがボクを短気にしているようだ。
だけどボクの紳士っぷりも、ある物を見るまでの間だった。
なんとお馬さんはアレを押っ立てているではないか。ボクにのし掛かってる状況を考えるとお馬さんはどうやらボクを雌だと思ってるのだろう。生殖行為を励む準備は万端だ。
冗談じゃない! 何するつもりだよっ!
ボクは自由になる足を動かし、そいつを蹴っ飛ばしてやった。
「っ! ブルルルルゥ! ヒヒィ――ン」
お馬さんの大事が大ピンチ。ちょっと下品かな、やったはボクだけどね。
飛び上がったお馬さんは痛みに堪えつつも、パカラッパカラッとボクから離れ森の中へ駆け込んでいった。
そうだ、森へ帰るがいい。ホモジャンルのお馬さんなど、誰もお呼びでないのだよ。
ボクはお馬さんが視界から消えるまで見届けた。
――ん? 森?
今、目にした物が気になりボクは周囲を見回した。
……。
うん、なんていうかね、緑一色? リューイーソーじゃないよ、みどりいっしょくだよ! えっ? どうでもいいって? ……うん、そうだね。ちょっと現実逃避しちゃったよ。
だってそうでしょ? 進路指導室を最後にボクの記憶は抜け落ちている。目覚めたら森の中だよ?
これは一度落ち着かなければいけない。
そう思ったボクは精神を平静にするために数回深呼吸を行った。
よしっ、もう大丈夫。
とはいえ、冷静さを取り戻したとて視界に映る内容は変わらない。森だ。夢じゃなかったんだ。
でもまあ、緑一色ではないことが判明した。これが見えてなかったってドンだけボクはテンパっていたんだろう。
視界に映るのは青。澄み切った青だ。空じゃないよ? 湖だよ。ううん、泉っていうのかな。
さっきのお馬さんはここで水を飲んでいたのかな? だとすれば悪いことをしちゃったかも……。
ボクはもう少し遣りようがあったのではないかと反省する。
お馬さんを思い出したことで、少し違和感が生じる。
――あのお馬さん、額に角が生えていたような……。
全身真っ白だったのはいい、それは別におかしくはない。でも角が生えているのは馬と呼べるのかな? たとえるならユニコーン?
――なぁんてね。ファンタジー世界じゃないし、そんな生物いる訳無いよ。
寝ぼけたゆえの勘違いだと考えることにする。何せ、ここがどこだか分からず、他に考えるべきことはいっぱいあるのだから……。
寝起きで喉が渇いていることもあり、泉の水に指をつけてちょろっと舐めてみることにした。うん、大丈夫そうだ!
ボクは泉に顔をザバーンっと突っ込んで、ごくごくと水を飲み干していく。え、原始的だって? だって仕方ないでしょ。近くに水道もなければ、水筒だってないんだから。無い袖は振れぬってね。
ふぅ、美味しかった。水道の水よりも美味しかった。所謂清水ってやつだろう。
少し鼻に水が入ったけど味+2、ミス-1で結果はプラス。そういうことにしておく、ボクの精神的に。
ボクは顔を上げて水を拭う。しかし、髪の毛が吸い込んだ水がたらりたらりとボクを濡らしていく。
あれ? ボクってこんなに髪の毛、長かったかな。
男としては髪の長い方だった――切るのが面倒だったので伸ばしっぱなしだった――けれど、流石に腰に届くくらいの長さなどあり得ないことだ。髪の色まで変わっている。
一言で言うならあり得ない状況だった。
少し癖のあった黒髪はしなやかで細い桃色――淡い色で淫乱ピンクと呼ばれる下品な色ではない――に染まっている。
その時に視界に映った服はボクの記憶にはない。黒をベースとした色に赤が混じったロングスカートは少し薄い生地なのか、ひらひらっと少しの動作で揺れ動く。
――んん? スカート? スカートっ!?
何度見返してもボクはスカートを穿いている。気を失っていた間にボクはどうやら女装させられていたよ。
「ハハハッ、コヤツめ。ビックリさせおって」
ここには居ない犯人に向かってツッコミを入れてみる。第一容疑者はあの教師だ! やはり有無を言わさず殺すべきであっただろうか。
しかしそうと分かれば、カツラを脱ぐだけで濡れた髪は解消できる。
ボクは髪を引っ張って、偽りから自分から真の自分へと戻るための第一歩を行おうとするる――も。
「いたっ、イタタタタ……」
引っ張った髪はボクの頭皮を刺激し、痛みを訴えた。……これカツラじゃないよボクの地毛だよ。
髪は友達だ。誰よりも長く付き合いたい友達だ。そんな友達にボクはなんて事をしてしまったんだ!
ボクは焦って手を離す。
その時、ブルンっと胸が揺れた。
引っ張った勢いで仰け反ったあと、手に抜け毛がないか確かめる為に前傾姿勢を取ったので起こったことだろう。でもボクは男だから胸も大きくない訳で、当然揺れることもないはず。そんな女の子みたいなことなんて……。
その感覚に気付いたのは明石楓となった夢を通しての経験に因る物だった。
ボクは「ハハハハ、まさかね」と呟きながら先程揺れた胸へと手を伸ばす。
ムニュ。
うーん、柔らかいの一言。
もみもみ、もみもみ、もみもみ……。ちょっと気持ちいい。
その時、背筋に電気がビリリッと流れる。
「あぁん……」
自分でもびっくりするほど色っぽい声が出た。
明石楓の元と比べ明らかに柔らかく大きなソレは、未だ童貞のボクを虜とする。
「――って、違うよっ!」
ボクは泉に向かって叫んでしまう。ちょっとオーバーなリアクションとなってしまったが、そこは許して欲しい。『理想のおっぱいだと思ったら自分のだったでござる』を実現してしまったのだから。
おっと、それはどうでもいい。今はソレがあるのが問題だ。
ボクは服を脱いで恐る恐るソレを確認した。ゴクリッ……。
視界に映るのは見事な双子山。どすこいっ!
大きなおっぱいでありつつも、綺麗な円錐型を保っているのは人類の半分の理想そのものではないだろうか。反論は認める。みんな違ってみんないい! それは太古から続く格言なのだから。
やったー! こんなに大きいのに垂れてないなんて! ……って違うよ、おっぱいだよ。
ボクの感情に呼応して動く身体が、ぷるるんっぷるるんっとおっぱいを振るわす。
そのおっぱいは自分の物だと分かっていてもついつい目を追ってしまうほどの魔性を持っていた。それが作られた物だとしても……。
いいや、たとえニューハーフのものだとしてもおっぱいに貴賎はない! おっぱいには夢と希望とお金がつまっているのだ!
……。
はぁ~。うん、ちょっと落ち着いた。
さっきのボクははっちゃけ過ぎていたよね。自分でも分かってるけどショックが大きすぎて精神がおかしくなっていたみたい。
ボクは落ち着きを取り戻すと、何よりもは確認するべきだったと思う下半身へと手を伸ばす。
……うん、やっぱりないね。
――どうやらボクは、TS――性転換しちゃったみたいだった。
○○一日目。
ミヅキ「あのときボクが起きなかったら、あのお馬さんと……(ガクガクブルブル)」
白くて大きなお馬さんがあなたと合体したそうな目でこちらを見ている。
どうしますか? はい/いいえ
ミヅキ「当然NOだよ! ボクに何をさせるつもりだよ!」