剣士9話 裏で糸を引く者
大変お待たせしました。
以前ほどの頻度ではありませんが、連載を再開します。
敵の剣戟をいなすアインさん。と、そこへマーレンさんが駆け込み槍で突くも、別の男がやって来て(腕に付けるタイプの)小盾で受け止める。それで硬直した一瞬の隙でサイドに回り込んだレティが功性盾で攻撃を仕掛ける。
――決まった!
そう思った直後、一陣の風が吹く。
レティは振るう腕を止め、もう片方の盾で矢をはね飛ばす。
その刹那の間に敵は体勢を整えてしまい、仕切り直しとなった。
ボクは冷や汗を掻く。
もし弓の男がこっちを攻撃してたら……。いや、スピードアシスト付きで動いていたボクを狙う程の腕はなかったのか?
まぁ何にせよ、そう為らなかった幸運を喜ぶべきだろう。
そして魔法が完成する。
「これで終わりだ! ――――マジックアロー!」
威力を二の次にし、数を優先とした魔法の矢を構築する。
現在作り出せる最大本数がボクの頭上に現れた。その数43。それらを情け容赦なく敵陣へと降り注いだ。
先程は敵の魔法使いに恐れをなして止めた物量攻撃。その脅威も今はボクの鞭で窒息間際だ。もはや敵にこれを防ぐ手段はないだろう。
背後から襲い来る魔法の矢に敵は為す術もなく打ち据えられていく。
威力に魔力を割かなかったので大したダメージは負っていないだろう。しかし体勢は崩した! 後ろから攻撃を受け前傾姿勢となって隙だらけ。弓使いに至っては弦まで切れている!
それを見逃すみんなではなかった。
当然のごとく死に体の敵に詰め寄るアインさんにマーレンさん。2人それぞれ別に敵の喉元へと武器を突き出した。どう見ても即死だ。
残るは少し離れた場所にいた弓使いとボクの足下で窒息寸前の魔法使い。
弓使いはみんなに任せればいい。ボクは<解体ナイフ>を取り出し、ゆっくりと魔法使いに近づく。おそらく死神の足音に聞こえただろう。だがそれがどうした! ボクの命を狙った以上許す訳にはいかない。これが殺すKAKUGOだ!
ボクは躊躇いもなくその喉元へと突き刺した。
吹き上がる血しぶき。うわっ、バッチイ。
思わず後退。直接自身の手で初めて奪う、人間の命の重さよりも、その瞬間はそれで頭がいっぱいだった。
そして血をぬぐった時点で改めて実感してしまった。
心が冷え着くような感じがする。これは余り善くないものだな。ボクはこれを以前カリスさんとライラさんに強要していたのか。
「なるべく人は殺したくないかな……あはは」
乾いた笑いが口から出ていた。心なしか頬も引きつっている感覚だ。
人を殺したことに悔いはない。反省もしない。もしそんなことをしていたら立場が逆になっていただろうし。
「ボクはこの想いを抱えて未来へ生きる」
そう呟き十字を切った。
――という演技をしてみた。しんみりして憂うボクは美しい! なんて絵面を想像して。
実際、あまり堪えていない。ボクを狙ったんだから怒りこそあれ、悲しみなど以ての外。こうなって当たり前だし、むしろざまーみろって感じだ。途中で素に戻って演技から外れてしまったが、そこはソレ。まあ、所詮ど素人ってことで。
そこを踏まえてみれば、まあよく出来た方じゃないですかねと自画自賛。
そもそも人を刺す感触はフレッシュゴーレムと同じだ。それが人間に変わったところで何の感慨もありはしない。人の命が安いなど分かり切ってるのだ。
「そっちも終わったかな?」
自身の演出で悦に浸っていると、近づいてきたアインさんが声を掛けてきた。
見ると弓使いは既に片付いていた。皆辟易とした表情を浮かべこちらへと向かってきている。
「アインさんおつかれ。見ての通りだよ」
ボクは肩をすくめ、返答した。それに苦笑するアインさん。
「それにしても……コイツらは何の目的で? 追いはぎ? 稼ぎたいならもっと下の階に向かえばいいのに」
それを可能とする実力はあったように思える。少なくともボクらが潜っていた五層までは余裕でいけただろう。
そんなボクの疑問に答えたのはマーレンさん。彼女は愁いを帯びた表情でボクに告げた。
「この人たちはおそらく<賊徒>ですね。もしくは<殺人者>です。ダンジョンで人知れず悪事を働いているクズどもですよ」
「私もそう思うよ。補足するならこいつらは冒険者組合に所属する誰かと繋がりがある。正確に言うならば、コイツらの仲間が更正したように見せかけて平然と所属している、って感じだな」
「なるほど。最初からわたくしたちを狙っていた……という可能性があるのですね?」
アインさんの追加説明に合点がいったのか、訳知り顔でレティは頷く。アインさんは「その通り」と相づちを打った。
ここまでを纏めてみると――。
五層で狩りが出来る実力者で普通に金を稼げるパーティだった。その五層を主体として狩りをするボクらを狙う意味は薄い。それをしたのは最初からボクたち『欲望を貪るもの』を狙っての行動。その情報は冒険者組合の誰かから得ていた。
――となると、狙いは王族のレティ?
いや、刺客と考えるのはどうだろうか。本気で頃好きならば弱すぎるだろうし、他国からの手の者と言うことはないだろう。それにレティは国政に携わる予定もないし……。
ここは営利誘拐と見るべきかな? レティを人質にとれば王家から身代金を請求できると考える者がいてもおかしくない。
もしくは敵は男だらけの構成だったし、女の身体が目当てだったなんてこともあり得る。アインさんしかいないパーティはさぞかし美味そうに見えたに違いない。
「何にしても、これから先も油断しちゃダメだね」
「ああ、ミヅキの言うとおりだ。他にも居るとみた方が良い。下手するとダンジョンから出た瞬間、『横から攻撃されるかもしれない』と考えて行動するべきだな」
なるほど。その言やもっとも。
コイツらが仕事をこなし、ボクたちを連れて帰るところをよだれを垂らして待っているお仲間がいるはず。そいつらが失敗したときの可能性も計算しているとアインさんは踏んでいる訳だな。
そこで対策を練ることに決めた。が、その前に――、
「先にコイツらの【ポケット】を【解体】しないか? もしかしたら手がかりが残ってるかもしれないしね」
勝者の権利を行使した。剥ぎ取りのお時間ですっ!
その結果、とある人物からの指令書と思わしき物が見つかった。これがあれば惚けられても大丈夫。そう言う物だった。これを組合に提出して『指名手配』を掛けて貰えば直ぐに捕まえられるだろう。
心配だったのは、相手が攻撃を仕掛けてこなければこちらから手が出せないということ。その戦闘において、相手に非がないと殺すわけにはいかない。そうしたら<殺人者>になってしまうのだから。
けど、この指令書があれば最悪<殺人者>となったとしても、裁判で無罪を勝ち取ることができる。その場合は<殺人者>の職業も大手を振って抜け出すことができる。
まあ、現職の習得が少し困難になってしまうところは問題だが。
その点を踏まえれば、出来うるならばこちから仕掛けるのは避けたいところだ。
作戦を練ったあと休憩を取ったボクらは、帰りの道中は襲われることなくダンジョン<マルサ>の外に出ることに成功した。
当然ながらその道中は魔物に襲われる事もあった。そこに横入れがあると怖いので、ボクは自重することなく魔法で雑魚を打ち倒していった。
なお、刺客だけでなく、同業者らしき者も見かけることはなかったが……。
そんなボクたちを遠くから見つめる1人の人物がいた。凄く……バレバレです。
その人物は男だった。以前見た顔。それも当然だ。その男は組合員に索敵能力の持ち主と紹介されたあの男――ティーチだった。
やはり腹に一物を抱えていたらしい。ボクとレティの色気に魔が差したのか、それとも常習犯だったのか。何にせよ、とても許せる事ではない。
あの様子からして今すぐに襲い掛かってくることはなさそうだ。果たして失敗を計算していたのかも疑わしい。鼻の下を伸ばしてボクたちのあられもない姿を想像しているのが手に取るように分かる。おそらく成功を確信していたのではないだろうか。この時点でレティの誘拐は消えたと見ていい。まだ予断は許さないが。
――まあ、レティが王族だなんてティーチが知ってる訳もないはず。王城以外ではそぶりも見せていなかったし可能性は限りなく低いと思うけどね。
ボクたちの無事な姿に漸く気付くと、ティーチはその表情を驚愕に変え、口を開けてポカーンとして間抜けなツラを晒している。ふっ、当てが外れたな。ザマーミロ!
ボクたちはティーチを陥れるべく行動に移る。
出来れば仕掛けてくれた方が楽だったが、それはそれで手は考えている。
ボクは仮面を外し衆目にその美貌を見せつけたあと、独り別行動に取り始める。
「じゃ、ボクはこれで」
周囲に聞こえる様に声を出す。
何気ない別れを演出して、ボクはレティたちの側からそっと外れる。そして独り雑踏の中へと紛れ込む。と同時に再び仮面を装着した。
T字路を左に曲がった時にさりげなく後方を確認したが、やはりというかティーチはボクを尾行していた。はい決定! 狙いはレティではなく女だったというだけのこと。
ここまでは作戦通り。
それから何度も道を蛇行して再び大通りに戻ろうとしたその時、ボクの行く手を遮るように2人の男が現れた。思ったよりも人望があるらしい。いや、利害関係の仲間なのか? 何にしてもいつの間にか応援を頼んだらしい。仲間と合流してボクを追い詰めようと画策したようだ。裏からも足音が聞こえる。
やはり、という感じだった。来るならここしかないって絶妙なタイミングだ。
「ここを通りたければちょっと付き合って貰おうか」
「げへへへっ、ちょっとつっても、一月くらいだけどな!」
下卑た表情を浮かべ最低な言葉を投げかけてきた男たちに対して、ボクは反応を示すことなくボソリと一言呟く。
「スピードアシスト」
その言葉と共にボクは走り出す。前方を塞ぐ、むさい男共の隙間を抜けて。
後ろから「追え!」という声が響く。以前聞いたティーチの声だ。ボクはそれに構うことなく駆けていく。
それから数分間、ボクは彼らと駆けっこを繰り広げた。もし相手が速度上昇したボクよりも速ければ作戦中断の可能性もあったが、幸いにしてボクの方が速かった。
後はボクの体力が最後まで続くのを願うばかり――。
それはある場所へとたどり着くまで続けられた。そこに着くなりスピードアシストを解除して新たな詠唱を始める。
「「「「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」」」」
息も絶え絶えな男たち。どうやら4人いたらしい。それにしてもコイツら、最近まで体力赤子同レベルだったボクより体力無いとか、どんだけだよ……。
この時点でボクは彼らに脅威を抱けなかった。
まあ、正確にいうならば体力勝負で勝った訳ではない。おそらく普通に全力疾走していたならばボクは負けていただろう。彼らとは違い軽く流してただけなのだ。なので疲れるというほどではなかった。スピードアシスト様々だ。
ちなみにボクは息を切らしていない。本気で走ったら彼らを置いてけぼりにしてしまうためかなり速度を下げた結果がこの差を生み出していた。
「ふぅ……。ようやく観念したか」
「あなた、ティーチさんって言ったよね?」
息を整えて話し出したティーチにボクはオマエ知ってんぞ? と告げてやる。
「ほう、覚えていたか。殊勝なことだな。あの日以来だというのよくもまあ、覚えていられたものだ」
「ティーチの旦那。そんな話は捕まえてからでもいいだろ? オレ、もうたまんねぇよ……」
「ああ、あの身体……。ゴクッ」
「もう少し堪えろ。ここで騒ぎを起こすわけにはいかないんだから」
部下を押さえつける能力は一応ながらはあるらしい。少し意外だ。同列だと思っていたけど……。
「まあ、どうでもいいか」
「何を言っている?」
ボクの呟きにティーチは律儀にも返してくれた。これもまた意外。てっきり「うるせぇ」と怒鳴りつけてくるものかと思っていた。
何にせよ、ボクの出番はここまでだ。
視界にとある集団が現れるのを捉えると、ボクは「きゃーたすけてー。おかされるー」と悲鳴をあげる。すこし棒読みっぽかったかもしれない。
しかし馬鹿な男共はボクの意図に気付かない。特に路地裏で前方に現れた二名はボクの悲鳴もエッチなスパイスに感じられるらしい。ズボンを何かが押し上げているのが見える。
その一方でティーチは舌打ちをしていた。
「クソ、叫びやがって! 時間がねぇ、みんな掛かれ!」
「ヒャッハー! 今夜はシッポリだ!」
「ギャッハッハー、その股を閉じなくしてやんぜ!」
その合図を期に男たちは、下品な雄叫びを上げると共に動き出す。
ティーチはどこからともなく大きな袋を取り出していた。それにボクを押し詰める予定なのだろう。他の男どもはボクの手足を押さえる要員のようだ。
そして男たちがボクを掴んだ瞬間、
「ワープ!」
唱えていた呪文を解放する。
その数瞬の後に、ボクは独りレティの部屋に転移した。単体転移魔法超便利!
転生三二九日目
ミヅキ「ふぅ。疲れた」
レティ「こちらは万事滞りなく」
ミーズリ「こっちも大丈夫」




