剣士7話 魔物部屋
<マルサ>五層。
そこは罠が一切無い特異なダンジョン空間。否、罠が無いというのは間違えか。何せ罠しかない階層なのだから。
通称魔物地獄。
パーティごとに階層が生成されるらしく、助けが一切期待出来ない。
一応退くことは可能である。無理だと感じたら早急に戻るのが鉄則とされている。我を通して死ぬのは馬鹿としか言いようがない。
踏み込む度に階層が変わるので、空間が無数にありランダム転移しているのではないかと提唱する者もいるそうだ。まあ、それはどうでもいい。
ダンジョンには度々こういった仕掛けが施されており、愚か者は淘汰されていくのだ。才能ではなく本能。それがダンジョン攻略の鍵となる。
さて、そんな仕掛けの一つ魔物部屋階層にボクたちはいた。
『欲望を貪るもの』の為に生成された階層は当初、細い坂道のような造りであったため、一度四層に戻った。それから何度も行き来を繰り返し、理想と思える空間が現れるまで妥協しなかった。
当然だ。というかこれを知らない奴は死んで当たり前。情報がない階層なら仕方ない。けどここは違う。
少し考えれば分かることなのだ。地の利こそ勝利の鍵。この程度で妥協するようならもっと低層で小銭でも稼いでろと言いたいね。
そしてボクたちが選んだ地形は、魔物が部屋の中でしか湧かないそんな階層だ。律儀にドアまで設置されている。その代わりに部屋に侵入すると全滅させるまで逃げることは不可能だが。
まぁそれは問題無いだろう。部屋に生み出される魔物は2種類と決まっている。
ヘルドッグとゴブリンライダー。
これらがパーティを組んでボクたちに牙を剝くのだ。
ヘルドッグはボクの腰くらい高さある結構大きな犬型の魔物だ。ちなみにボクの腰位置は高い! へへんっ。
攻撃手段はバッチイ爪に、よだれがこびり付いている牙だ。どちらも攻撃を受けたら病気になってしまいそうだね。あーヤだヤだ。
念のため抗体ポーションを持ってきているが、だからといって安心するのもおかしな話だ。ボクは当たらない様に気を付けるつもり。
で、ゴブリンライダーは少し小型のヘルドッグに乗って現れる。
ダンジョンの出現パターンによって騎乗する魔物が違うそうだ。ここではヘルドッグというだけの話みたい。
一層のゴブリンとは格が違うのは当然ながら、奴等には立派な一本角が生えている。それは素材としてそこそこの値段が付いているのでそう悪いことではない。
問題はコイツらは武器を装備してるということ。しかも生体武器であるらしく、倒した瞬間消え去ってしまうのだ。せめて残せと言いたい。苦労に見合った報酬を寄越せと。
出没する数は部屋の大きさによって様々。何度でも出現するのでほどよい数の部屋をなるべく早くに見つけ、常駐するのがキモとなっている。食料に限界があるしね。だから早く見つければそれだけ稼ぎが増えることになる。
――んで、ボクたちが選んだのは3匹現れる部屋。一通り回った結果、これに決めた。まあ、2、3、7、10匹部屋しか試してないけど。
理由は簡単。出入りするだけで復活するのだから、少ない数を何度も倒した方が楽だし早い。1匹に掛かる時間が減るほど効率的だってこと。
出来れば最小数、2匹の部屋を選びたかった。けど、5人も入ると満足に動けなくなるからそれは諦めた形だ。レティの盾がなければあの汚い爪に当たるところだった! レティ様々だよ、まったく……。
味方に足を引っ張られるほど愚かしいことはないからね。とはいえ、この部屋だって5人が真横に並ぶとちょ~っと動きづらいものはある。
「ミヅキ! 魔法を!」
おっといけない。今は戦闘中だった。
ボクは詠唱しながらあるところまで近づき、そして――、
「マジックバリア!」
5人全員が入れる大きさの膜を作り出した。
それに押しつぶされるように部屋の隅に追いやられる魔物。ボクらはそれぞれに獲物を持ち出して思い思い撃ち掛かる。
まさに一方的な展開、袋のネズミ! 動きを制限され、バリアの内側から迫る攻撃に魔物たちは為す術もなく散っていく。
ま、この状況に持って行くまでが戦闘といえる戦闘かな。
主に働いているのはアインさん。そして――レティだ! というかぶっちゃけレティの方が活躍してる。盾つえぇぇぇぇ!
飛びかかってくるヘルドッグを盾でバチコ――ンッ、と角にぶっ飛ばす。それはもう凄い勢いで。魔物に脳振盪があるのか分からないが、ダメージのあまり直ぐには魔物も立てない。
レティの方に誘導するのがアインさんの役割って感じだ。それを補助するマーレンさんは空気状態。
ハッハッハー。圧倒的ではないか、我がパーティは!
もちろんゴブリンライダーが出ないことが条件だ。アイツらはゴブ犬一体と言うべきか騎乗状態で一匹と数えられるから最高で6匹出現する。時折ヘルドッグから降りる行動してくるので厄介だ。
なので、ゴブリンライダーが現れた場合には真面目に戦うことにしている。
効率的な戦法が確立しているので奴等が部屋にいると、その面倒臭いのあまり顔が歪むのが分かる。少し疲れるし、空気読め! って感じだが、まぁ仕方が無いのでそこは諦めることにしている。ゴブリンライダーのゴブリンだけやっつければハメられるし。
とはいえ、2匹以上がゴブリンライダーの場合はその戦法は諦めることにしている。ボクも【魔力剣】を使って――<剣士の剣>を損耗させたいので本当は使いたくない――前線で剣を振るう状況だ。そして3匹全てがゴブリンライダーとなった場合は剣を使うことを諦める。
そう、魔法だ。魔法で殲滅してしまうのだ。
ボクのフォースショットをぶっ放してから開戦となる。既に瀕死となったそいつらの首を刈る簡単な作業です!
職業の習得条件のために余りよろしくない行為ではあるが、下手に戦って危険になるより、相手を変えて仕切り直しをした方が良いとボクが判断した。
3匹ともゴブリンライダーであるのは稀だけどね。
さて、【解体】も終わったみたいだしもう一度――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「荷物がいっぱいになってきたし、休憩してそろそろ帰ろっか」
魔物部屋を一掃した直後、ボクは【解体】を使っているみんなにそう告げた。
既に【ポケット】の中は満載だ。むろんボクだけであり、他の人はまだ容量があるようだ。まあ、ボクの腕力がまだまだだっていう証拠でもあるんだけど。どのみちそろそろ頃合いだと思う。もう5日も籠もっているのだから。
まだ食料は残っているので続けようと思えば続けられる。けどボクには我慢の限界だった。
ぶっちゃけ臭いんだよね、みんな。
臭いの元は衣服に汗が染みこんだ事だけではない。血だ。魔物の血を何度も全身に浴びて異様な臭いを発するようになっている。
ボクは<始祖の服>を装備しているので常に清潔だが、みんなは違う。美少女のレティでさえ出来れば近づいて欲しくないほど強烈な臭いを発している。平時でこの様な臭いを漂わせていたら婿捜しにも困ることだろう。つーか王族としてソレはどうなんだ……って話だ。権威が墜ちることは間違いない。
ヘルドッグの爪や牙には気を付けているけど、やつらの血を浴び続けている現状、そっちの方から病気になってしまいそうだよ、ホントに。
「……。そう……だな……。確かに頃合いだな」
何かを葛藤し続けていたアインさんであったが、悩み抜いた末にボクの意見に賛同する。
YESマンとなっているレティには聞くに及ばない。マーレンさんも同様に。
残るミーズリさんに視線をやるも、特に反対意見はなさそうだ。
「じゃあ、反対意見もないみたいだし、帰ることにしよう」
「出来れば……マーレンの習得条件を満たしてやりたかったんだがな」
ボクが決定を下すと、アインさんは中々にイケメンなことをおっしゃる。なるほどね、それが気がかりだったのか。ホント爆発しないかね。
それから数時間の休憩の後、ボクらは帰路へと着いた。
そしてその道中で会合する。あの最低な連中と――。
転生三二九日目
ミヅキ「魔物地獄。特に魔物部屋の階層は敵が湧かないから、部屋の外だと休憩が楽だよね。見張りを置く必要もないし」
レティ「ええ、そうですわね。本来、ダンジョンの野営はもっと大変なものとお聞きしたので少し拍子抜けしてしまいましたわ」
アイン「実際の野営は辛いぞ。最低でも2人は起きてなければいけない。もっと難易度が高いダンジョンの場合は2人の内1人は索敵能力を持っていないと危険だ」
マーレン「そうなると、索敵能力持ちが最低でも2人は必要ってことですよね?」
アイン「あるいは眠りを必要としない種族がその職業スキルを持っているか、だな。最上位クラスのダンジョンともなると全員が索敵能力を持っても尚危険だというからな……」
ミーズリ「うへへへ、これで私も一廉の商人に……」
ミヅキ「おーい。まだダンジョンだぞミースリさん。索敵担当なんだからしっかりしてよ。気もそぞろだと不意打ちし掛けられるでしょ」




