剣士3話 パーティ結成に向けて
「うーむ……」
「ミヅキさま……。わたくしがお決めしましょうか?」
心地よい声でそう告げるレティに、
「いや、これはボクに任せて欲しいな」
と、男が食事の会計を持つような下手なプライドを見せてその好意を拒絶する。
これほど頭を悩ませたのは何時以来だろうか。少なくともこの世界に生まれてからは初めてのことではないだろうか。
これというのも、昨日の冒険者組合にてとある項目を一つ保留にしていた所為だ。
そう、――パーティ名を決めていなかったのだ!
レティには格好つけてああは言ったものの、全、然、思いつかない!
少しくらいはアイディアをもらっても良かったのかもしれない。
パーティ名と言えばそこに所属する者の顔、あるいは名刺も同然。決して疎かにしてはいい内容ではなかった。
名前が売れていない内はいいだろう。誰も気にしないのだからな。しかし、下手に名前が売れたとき指を差されて笑われるような名称だけはいけない!
あぁ……その情景がはっきりと想像出来てしまう。
国、いや、世界に名だたるパーティとして活躍していたとき――、
「あいつらすげぇよな」
「ああ、マジで憧れるぜ」
「でもよ、ネーミングセンスはねぇよな」
「ぷっ。おい、それは禁句だぞ! 笑わせるなよ」
――なんてことにもなりかねない。
むむむ。想像しただけでも腹が立つ! まったく、冗談じゃないよホントに……。
臨時パーティで考えすぎ、と言われるかも知れない。しかし歴史は歴史。抹消出来ない黒歴史が残ってしまうのだ!
はてさて、どうしたものか。
ボクは腕を抱えて考えに没頭した。
で、出てきた案は――。
ミヅキと愉快な仲間たち、始祖さま親衛隊、ガールズ・ハーレム、にゃんにゃんシスターズ、桃元凶、夢の狭間……。
最初の4つは……ぶっちゃけネタだ! 悩んだ末につい遊んでしまった結果だ。こんなの付けるバカが何処にいるって話だ。後ろ二つに至っては願望だしな、うんうん。
次は桃源郷をもじっただけ。淫乱ピンクで酷い目にあったという意図が込められている。
夢の狭間はロマンを求めるボクと<聖女>を目指すレティが、ちょっとした時間の合間に活動をするという所から生まれた。とはいえ、パーティ名といわれてもしっくり来ないところ。
他も似たような感じだ。どうやらボクにはネーミングセンスがないのだろう。それも皆無だ。
やはりここはレティ先生にお願いするしかないのだろうか。うーん、そうすると先程の言動が少し問題か。さすがにちょっと格好悪すぎる。
…………。
よし、決めた。あれこれ悩むからいけないんだな。ネーミングなんて単調でいいんだよ!
ボクはサキュバス。この世界で唯一の存在だ。なら、そこから連想していけば済む事だった。
サキュバスと言えば夢に現れ、性欲や恐怖を刺激し感情や生気を貪る悪魔だ。いわば夢を支配する生物といっても過言じゃない。
ふむ……。『欲望を貪るもの』か『夢の支配者』と言ったところかな。先程考えたアホのような物よりはマシだな。……マシだよな? まあいい、そういう事にしておこう。
「レティ。『欲望を貪るもの』か『夢の支配者』、どっちがいい?」
前者は多少マイナスイメージがありそうなので言い換えた。
「そうですわね……。意味は分かりませんが、どちらかというならデザイアという語呂が何となく気に入りましたわ」
嘘を言っているようには見えない真摯な目。レティは本気でそう思っているのだろう。
ま、お世辞など一度も言ったことがない生活を送っているのだから、それもそうか。
何はともあれ、これでボクたちのパーティ名が決まった。
登録から1週間後。
募集期間が過ぎたこともあり、ボクたちは再度冒険者組合へと足を運んでいた。これで希望者がいない場合は更に1週間、日を置くことになる。その次は考えたくないので待つ予定はない。
しかしその心配は杞憂だったようで、案内された一室には6人の人物が控えていた。係員の人が順次彼らを紹介するそうな。
「それでは左から順に――」
そうはいうもの、左と言っても向かいに座るボクたちにとっては右である。職員の立場としてそれは如何なものか。――と、思ったが、紹介される人からすれば左ではある。うーん、難しいところか。
けど、(一時的とはいえ)パーティが結成されると、手間賃として募集を掛けた方が組合に幾分納めなくてはならないので、やはりボクらに準拠にすべきじゃないのかね。
おっと、いけない。話は始まっていた。
今気にしなくてはならないのは、紹介されるメンバーが使えるか否かを識別することだった。規約を聞き流すのとは程度が違う。もっと真剣に聞かなくては。
「こちらはレブン氏。現在<探索者>の職業に就いておられます。罠に関しては少々不安のようですが、第二条件の【小隊編成】に関しては問題ないのでご紹介させていただきました」
1人目はむさい男。正直これだけでノーセンキューだ。
特にアピールをする訳でもなく、係員に名を告げられたとき頭を軽く下げた程度。ぶっちゃけやる気も感じられない。まあ、こいつからは胸への視線を感じないので、その点に関しては評価してもいいかな。
「次はティーチ氏。彼は現在<従僕>なのですが、とある職業の経験から魔物を感知する力を持っています。きっとお二方のご要望に添えると思い、紹介させていただきました」
「ティーチだ。詳しくは言えないが、戦闘に関してもそれなりにやれると自負している。むろん索敵能力はそれ以上に自信がある」
2人目はガラの悪い男。こんな男が詳しくは言えないとなると色々と邪推してしまうぞ。ていうか、犯罪系の職業で手に入れたスキルじゃないのか?
しかもコイツから厭らしい視線を感じる。ボクら二人を舐め回して見ているし、何か腹に一物を抱えていると見た方がいいな。
――うん、コイツは止めておこう。
「こちらはアイン氏。彼は<遺跡探索者>ですので、お二方が要求する条件にもっとも当てはまった方なのです。本来ならばもっと上位職に就いている方にお勧めするのですが、彼が臨む条件が厳しすぎまして」
「私はアイン。紹介にあったとおり一つ事情を抱えていてね。妻が妊娠中なんだ。だから今は王都近辺でしか活動が出来ない。それでも良いなら一時的にだけど、こちらからお願いしたいところだね」
3人目はイケメンさんだ。正直見てるだけでむかついてくる! ああ、そうだよ。僻みだよ! 悪いか!? しかも嫁までいるとアピールしてやがる。爆発しろ!
――と、冗談……ではないが、アホなことはともかくとして、コイツは当たりだろう。
エッチな視線は感じないし、奥さんがいることも安心に繋がる。王都に住んでいるなら出発前に家に寄って、奥さんに脅しを掛けて貰うのもいいかもな。
彼の要求する王都近辺というのもボクらには問題無い。行くのは直ぐ近くのダンジョンだし。
レティに視線をやると、彼女もそう思ったのか小さく頷いている。
「それで、こちらの方はミーズリ氏。彼女は戦闘は出来ないのですが、索敵能力だけでなく【調理】もそれなりの技術を持っています。それと女性という条件を満たしていたのでご紹介させていただきました」
「ミーズリです。<運送>に就いております。【警戒】があるので、お役に立てると思います! それと……そのぅ、商会じゃなくて、冒険者組合に登録したのは手早く職業の習得条件を満たすためなんです。特に変な理由はないので――勘違いしないでください!」
4人目はお下げの頭の女の子。田舎を探せばどこかに居そうな容姿をしている。
言い訳をしたのは、恐らく問題を起こしてクビになったんじゃない! ってアピールだろう。とりあえず保留かな? ベッドにお誘いしたい相手でもないし。
「続いてマーレン氏。彼女は<冒険者>になったばかりの新人です。特筆すべき職業スキルは持ちませんが、一応条件に当てはまるのでご紹介させていただきました」
「マーレンです。<冒険者>となったばかりですが、よろしければお願いします」
5人目は(この世界の)成人もまだかという年齢の女の子。容姿で選ぶならまずこの子なんだけどなぁ。残念ながらアインさんを選ぶ気なので、この子は必要ない。まあ、人数が多い方が便利かもしれないが。
その辺は後で要相談かな。
「最後はロットン氏。彼は全盛期<冒険王>にまでなった凄腕です。今は引退を為されて<遊び人>ですが、戦闘以外なら十分サポートしてくれると思い、ご紹介させていただきました」
「ロットンじゃ。孫がそろそろ結婚するのでな。少しでも楽をさせてやりとうなって、この度応募させてもらったのじゃ。ちなみに<冒険王>とは言っても習得まではいっておらぬて。じゃから<遺跡探索者>と思うてくれればよいのじゃ」
6人目は……老害ゴホンゴホンッ……じゃなくてじいさん。
いくら何でもこれはないだろ。戦える戦えない以前に移動速度で足手まといになるのが目に見えてる。背筋は曲がってるし……。
案内役程度ならともかくとして、今回は一時的とはいえパーティメンバーの募集だぜ? 無理無理。アインさんもいるし、まずありえないって。
全員の紹介を終えると、係員はお辞儀をして速やかに室内から出て行った。
さて、誰を選ぶべきか……。
転生三〇四日目
ミヅキ「アインさんは決まりかな?」
レティ「ええ、そうですわね。同じ<遺跡探索者>とはいえご老人はさすがに……」
ミヅキ「カリスさんの話だと<遺跡探索者>の限定スキルに『直感』があるそうだし、<遊び人>となったじいさんに用はないかな。戦えないどころかダンジョンに一泊なんてこともできそうもないし」
レティ「お孫さんには残念ですが、わたくしも同意見ですわ」




