遊び人5話 暗殺者の襲撃
行き先が違うソウフさんと別れたボクたちは、<ウォンテッド>にしばし停留することに決めた。
<ウォンテッド>は<ホーンデッド>よりも人口が少なく、ぶっちゃけ村? って思う程寂れた街だった。立ち並ぶ家は新しい物と古い物がごちゃ混ぜとなっており、<ホリックワーカー>のように整備もされていないので、住民以外は正直何が何処にあるかなど分かりようもない。魅力も無ければ便利さの欠片もない街、それが<ウォンテッド>だった。外壁がなければボクはこれを街と言われても信じられなかっただろう。
何故こんな街に停留しようかと決めたのはカリスくんのある一言が理由だった。
「確かミヅキはマクシミリアン家……というか、ベイクヤード伯爵に狙われてるんだよね?」
「ん? ああ、そうだよ。急にどうしたの、カリスくん」
今更何を? こんな重大なことを忘れるなんてカリスくんはまだ20代というにも拘わらず、もう健忘症にかかってしまったのだろうか。ボクの安寧のためにももっとしっかりして欲しいところだ!
でもカリスくんの言いたいことは違った。
「ふと思い出したのだけど、あの伯爵が頼れる<暗殺者>って限られてるんだよね。他の貴族だと子飼いの者がいたり、非認可の結社に頼ったりするものだけど、マクシミリアン家に限ってはそれも必要がないんだ」
「んん? どういうこと?」
何時もの余裕が感じられないカリスくんにボクは不穏を感じ、気を引き締めて問いただした。するとカリスくんはとんでもない事を言い出したのはないですか!
「あそこの街には国が認可した結社――ギルドがある。そう<暗殺者>ギルドだ。あそこのギルドは確か……。そう、2000人以上が所属していたはず……」
「に、2000人!?」
大声を出してしまったボクを批難しないで欲しい。だってそうでしょ? つい先日撃退したのが14人。最低でも1986人は残っており、それがボクを狙ってるのかもしれないんだから!
「まあ、国のギルド規制で一度に派遣するのは集団あたり20人を越えないように……と言うのがあるから、直ぐにでもその数が襲い掛かってくる事はないのだけど、波状攻撃されたらさすがに私もね。体力の限界を迎えて、ちょっと危ないかなって」
ふらぁ~っと足下がおぼつかなくなる。ボクは膝がカクンとなり後ろに倒れてしまう。
それをポフッとライラさんが受け止めてくれた。おっぱいが柔らかい……。ノーブラ最高! じゃなくて、助かったよライラさん。
「まあ、<暗殺者>が大集団となると隠密性が薄れるから、それほど大人数で行動するわけないし、規制する意味も無いんだけどね。ハハハッ」
と、のんきな様子に戻るカリスくん。ライラさんの果たした仕事はキミの役割じゃないかな、と思いつつもボクは頭が感じる柔らかさを堪能する。それにスパイスを掛けるべくボクは【吸魔】をちょろっと発動する。
「ぁん」
柔らかな吐息がボクに掛かる。う~ん、幸せ……。
――現実逃避はこのくらいにしておこう。
ボクは「ごめんね、驚いてつい発動しちゃった」と嘘をつき、身を起こす。それを疑わしげな表情で見つめるライラさん。うん、ボクの信用度は右下がり急行みたい。まあ、日頃の行いが物をいってるよね?
「それでカリスくん。現状が最悪だってことは分かったんだけど……わざわざ言うって事は何か打開策でもあるの?」
絶望するだけの情報ならカリスくんが言う訳がない。そうだ、そうに決まっている!
「二つ案があるかな? 一つは教団に助けを乞うこと。始祖ってことを訴えれば間違いなく庇護――助けてくれるよ。たとえギルドでも教団に喧嘩売るなんてバカはやらない。<聖人>率いる聖騎士団と戦うなんて無謀にも程があるしね。ただその場合は身を守るためという瞑目のもと、教団関係者の指示に従わないといけないけど」
うーん、これは産めよ増やせよコースだな。出来れば却下願いたい。
「もう一つは私の実家――王家の力を借りることかな」
ほほう、助けてパパンですか。
確かに国内最大戦力であることには違いない。息子のピンチ、しかも王家が威信をもって作り出した<勇者>の為とあらば兵を差し向けてくれる可能性が高く感じる。恩を着せてきて「妾になれ」と言われないならば是非ともお願いしたいところだった。
「国の認可があって成り立つギルドだからね。王が仕事を撤回させれば従わざるを得ないんだよ。で、それに逆らった場合はギルドの資格を剥奪される訳だから、いくら結社とはいえ営利的な物は法で許されないから討伐対象となってしまう。直ぐにでも解散しないと強制的に『指名手配』がかかり<賊徒>となってしまう。そもそも結社は教団……というか最高神<ワーカー>がお認めになっていないからね」
どうやらギルドは保護の名の下に存在を認められているようだ、国に尽くすことを条件に。
悪くない……、実に悪くない! チマチマと撃退するよりも根源から絶つという案は教団に保護されるよりも安心感が段違いだ。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな。カリスくん実家に頼んでみてくれる?」
ボクはあざとく腕に抱きついて甘い声を出す。
カリスくんもこれがハニトラの一種だというのは分かってるだろうけど、やはり嬉しい物は嬉しい物。笑顔となりボクの『お願い』を聞き入れてくれた。
そしてカリスくんが手紙を書き、王都へと送った。その返事を待つ間、ボクたちはここに逗留することになったのだ。
宿があるというのも良い。ベッドで眠れれば疲れが取れるしね。野宿などノーセンキューだ! カリスくんにとっても連戦になった場合は宿がある方が幸いだろう。
こうして一週間ばかり滞在したある日のこと。
「うわぁ」
突如ボクの身体が光り出す。
「おめでとう」
「ああ、やっとね。というか随分早かったような……」
カリスくんが祝福の言葉をくれて、ライラさんは首を傾げ訝しんでいる。
この反応は以前<美人局>だったときに経験している。ボクは<遊び人>の習得条件を満たしたのだ。
どうやら<遊び人>は身体の大きさで期間(というか眠る回数)が違うらしい。ライラさんが<遊び人>だったときの期間に比べて随分少ない。ライラさんは1年と数ヶ月――1月は30日――だった! それを疑問に感じているのだろう。
でも、ボクには何となくその理由が分かる。
赤ちゃんは眠る仕事だし、遊び人と呼ぶにしては少し無理がある。子供もそうだろう、疲れて眠ってしまったのと意識的に眠るのでは大違いだしね。そもそも食べる量も違う。
ボクはいくら食べても太らない。始祖として姿が固定化されているから。なのでボクは【快食快眠】の限りをこれまで尽くしてきた。その結果がこれだ。
ボクは「ありがとう」と返礼し、これまで助けになってくれた2人に感謝した。
お祝いという名の豪勢(といっても街がショボイのでそれなり)な食事を済ませ、王都に向かった後は何から転職しようかと夜道で話していたその時だ。カリスくんが急に立ち止まり「敵だッ!」と叫んだ。
「「――っ」」
ボクとライラさんもそれに続き動きを止め、辺りを窺う。ライラさんはそれと同時に杖――あの仕込み杖だ!――を両手で持ち、詠唱を始めている。
ボクは――。実は立ってもやることもない――街中に手頃な石など転がっていない!――ので、以前アドバイスを受けたように【甘言】を使って2人を応援することにする。
この【甘言】の応援には注意が必要だ。
最上位職<元帥>の『鼓舞』とは違い、スキルを使うだけでは効果を発揮しない。むろん、規模も効果すら全然及ばない。しかも行動を起こして始めて効果を発揮する職業スキルが【甘言】なのだ。
なので、ボクは行動に移る。
「が、がんばってっ! ボク、二人の良い所が見たいな♪」
そう、おだてる。そして調子に乗せる。
これで普段以上の力を発揮するのだから、何とも不思議な世界だとボクは思う。が、しかし――。効果が発揮するとは限らない。
「ふっ、任せ給え」と調子に乗るカリスくん。
けどライラさんは抱え上げた杖を降ろし脱力してしまっているぅぅ!? 被るとんがり帽子も持ち主に合わせたようによれている。や、やべっ、掛ける声、まちがったああああっ!
後の祭り、後悔先立たず。ボクの掛けた応援は逆にライラさんのやる気を奪ってしまった。
ガキ――ンッ!
カリスくんが飛翔するナイフを弾く。うぉっ、またかよっ!
焦るボクの口が言葉を勝手に紡ぎ出す。
「ライラさん、気合い入れてよ! ほら、後でさ、ご褒美上げるから! ね、お願い!」
自分でも何を言ってるのか分からない。ご褒美って何だよ!
「ご、ご褒美?」
詠唱を中断してしまったライラさんは帽子を脱ぎ、モジモジとしながら訊いてくる。何これ、可愛いんですけど! ――って、そんな事してる場合じゃなかったぁ!
「う、うん、ご褒美だ」
ボクはひとまずそれを肯定する。
そんなボクに対しライラさんは抽象的な要求をしてきた。
「……何でもいい?」
カリスくんが生じさせている音に焦りを感じる。
音の発生する方向は四方ぉ!? カリスくんは激しく動き回り――【特殊歩法】でその都度対処していた。ちなみにこれが以前消えたように見えた瞬間移動術だ。
ボクがライラさんに願うのは『早く復帰してくれ!』それだけだ。なので、ボクは自分で何を約束してしまったのかすら気付いていない。
「ああ! 何でもさ!」
その言葉を聞いたライラさんの目にやる気が宿り、中断していた呪文を唱え始めた。
どうやら魔法は杖を媒介とし、詠唱を途中で止めても続きから始められるようだ。計算式の途中――みたいな物なんだろう。いや、もしかしたら媒介があれば杖でなくともいいのかもしれない。
そして魔法が完成する。
転生五三日目
ミヅキ「祝いの場に来るとは……なんと空気の読めない奴!」
ライラ「ふふふ、ご褒美……何にしようかなぁ」
ミヅキ「早まったかもしれない……」
カリス「おーい、援護はまだかい? 二人で盛り上がられると私もさすがにやる気がなくなってしまうよ。なので、私もご褒美を要求する!」
ミヅキ「うっ、マジで早まったかも……!」




