美人局6話 職業の勇者さま
「ミヅキ……あなた……さすがにこれはちょっとやり過ぎたんじゃない?」
「ううむ、自分の才能が怖い」
ボクとライラさんの部屋にあった瓦礫の山は現在その数を大量に減らしていた。具体的に言うと9割弱。つまりお金に替わったというわけで――。
それをボクらは席について数えて終えたところだ。
資産総額1億とんで283万3021マルク。金貨にして1,028枚。……正直やり過ぎてしまった。けど反省も後悔もしてない! これでボクも億万長者だ!
初戦のマモーン氏で興が乗ってしまった挙げ句、ボクはその日の内に絵画を金貨230枚、モニュメントを145枚で売り捌いていた。正直マモーン氏の稼ぎなど端金扱い、プッ。
それから一週間。今日までかけて金貨550枚近くを少しずつ(と言っていいか微妙だが)稼いだ訳で、これで合法って言うんだから笑いが止まらない。まさに左うちわって状態だ。
で、何故今更ライラさんが絶句しているのかというと。
単にボクが見せてなかっただけで。まあ……知らなかったってだけの話なんだよね。ボクの持ってたカバンがへたれて来ちゃったんで、少し持って貰おうかと出して、初めて状況を認識したって感じかな? どう? 凄いでしょ、って。
「さすがにこれじゃ……かなり恨み買ったんじゃないの?」
「いやぁ~、初日にちょっと大物――領主なんか引っかけちゃってね。もう笑いが止まらなかったよ。『め、妾になるなら……更に金貨1,000枚出す』なんて言われちゃったし」
「領主って……! ミヅキ、あなた……」
「桁が100足りないよねぇ」
出直してこい! って感じだ。当然拒否したわけだけど、でもしつこいことしつこいこと。「私は伯爵だぞ! いい夢見られるんだぞ!」などとアホなことから始まり、軽く流してたら「ふざけるなっ! 平民の分際で!」などと言ってくる始末。
ボクは自由民だから貴族にも縛られたりはしない。威張れるのは領民に対してだけで。勘違い甚だしいにも程があるお貴族さまであった。
最終的には「もう決めたんだ、お前は私の物だ!」と飛びかかってきたので【吸魔】をして、その場を逃げ出した――って事はなく、ちゃんとパンツをずり下げて適当にベッドをしわくちゃにしてから、トドメとばかりにベッドに血を垂らし、置き手紙を書いてから抜け出した。まさに情事のあとって感じにして。
ちなみに書き置きには「へたくそ」と記述してやった!
「――っ」
ライラさんは言葉もない様子。なので、更に武勇伝を語り継ぐ。
「その次にまみえたのは自称勇者さま。その人は実に傑作だったなぁ。『こ、この聖剣、やる! やるから一発やらしてくれ!』だってさ。何が聖剣よ。ウケルよね、字が違うんじゃない、って言ってやりたかったんだけど。目がマジで、ボクにマジ惚れって感じでさすがにそんなことは言えなかったよ。でもボクはNO! といえる人間だからさ。当然お断りをしたんだよ」
可愛い顔立ちなだけに余計に残念臭が強く感じられた。周囲が憂う者で『憂者』じゃないかね。
「あ、自称勇者さまとはちゃんとごめんなさいして別れたよ。だってさ、勇者さまからはすっごい魔力を感じたんだよね。だから【吸魔】をしたところで無意味っていうか……。でも、サービスで膝枕してあげたついでに魔力を頂いちゃった、てへっ。おかげでボクの魔力は多分ライラさん以上になってるかも?」
――と、ライラさんに言ったら、「それ本物の<勇者>じゃないの?」と言われてしまった。あー、この世界の勇者は職業だったのかあ。これは盲点だった。
それにしても調子に乗ってライラさん以上と言ったけど否定もしなかった! ライラさんもボクの身体からにじみ出る魔力を感じ取ってるのかもね。
まあ、そういう訳だからさ、なんていうか……これ以上笑わされてたら堪らない、みたいな? だから次の日以降は規模って言うか金額を縮小して、<美人局>の職業スキル効果も弱めて細々と稼いでいたんだけど――。
「ふぅ……」
ライラさんはもうコイツ、ダメだ。やれやれだぜといった感じに頭を振って肩をすくめた。その反応はどういうことかね。
「ミヅキ、あなた……めっちゃヤバイわよ。端的に言うと<暗殺者>に狙われるくらい」
「――な、なんですとー!?」
ボクは立ち上がって机を叩こうとした――が、金貨が目に入って腕をソッと引っ込めた。うん、お金は大事に、だ。叩いた勢いでどっかに行っちゃうかもしれないし。カネは天下の回り物ってね! ――え、違う? そういう意味じゃない? まあ、何でもいいじゃない! フィーリングだよ、フィーリング!
「はぁ……、先に言っていたでしょ? 『<美人局>は恨まれる』って。なのにあなたと来たらやばそうな相手ばかり……」
「うっ……!」
すっかり忘れていたなんて言えない、金色の輝きに夢中だったなんて!
ライラさんは『だから言ったでしょ? 老人を狙えって』みたいな視線でボクを射貫く。うぬぬぬ……。そんな老い先短いんだから生活費亡くなっても自殺するでしょみたいなことを訴えないで欲しい。
「<美人局>が合法なように、<暗殺者>もある意味合法。相手を殺しても罪に問われないわ。犯罪者系職業でもないから普通に街にも入れるし」
数多くある、犯罪者系のうちの一つ、それが<殺人者>だった。本来殺人を犯したら<ワーカー>さんが作り出した謎の法則で<殺人者>に変わってしまうらしい。むろん、返り討ちにするのはその限りではない。けど、これにも抜け道があったようで――。
ちなみに窃盗は見つからなければ大丈夫だそうだ。どういう基準なんだろうね。そこんところどうなの? <ワーカー>さん。
「……ライラさん。荷物、纏めよっか」
まだ在庫は残ってるし、もう少し稼ぐつもりだった。けどそう言っても居られない状況。ボクは職業スキル【ポケット】を使う様にライラさんを急かした。
【ポケット】は自分だけの空間を作り出し、物を虚空に収納することで手軽に荷物を運べるという<運び屋>の職業スキルである。その総重量は自分の腕力で持てるだけに留まるが、同じく<運び屋>の【腕力向上】があればその重量数は伸ばすことが出来るという。これは才能に値するスキルだ。
もちろん満載にしても、自身の手で背負い袋を背負うこともできる。つまり、自分の分身が荷物を持ってくれるような感じだ。
ライラさんはこの<運び屋>をちゃんと習得していた……というか、旅をするなら必須職業でもあるわけで、逆に習得していない人の方が少ないそうな。まあ、そうだよね、便利そうだし。でも、ライラさんは魔法一辺倒なので、それほど積載量はないと言っていた。
ボクが持っていたカバンに、小銭を除いた全財産をライラさんと一緒に詰め込み、【ポケット】に収納した。それが終わると今度は食料を買いあさり、早急に<ホリックワーカー>を出る準備を進めた。
しかし、それでもなお不安は拭えない。ボクは無力というより足手まといって状態だ。だから追っ手が掛かった場合は逃げ切れないと考えていい。ましてや馬車など不特定多数が乗り込む移動手段も考え物で――。
うん、これが急がば回れという状況なのだろう。なので、ボクはある考えをライラさんに述べた。
「そうだ、用心棒を雇おう!」
「用心棒って……。そんな当てなんてないわよ……」
ここまで付き合って貰ったライラさんを巻き込むのは忍びない――なんて思わないのがボクのクオリティ! 旅は道連れ世は情けってね。
というのはまあ、それは冗談。ボクと一緒にいたのを不特定多数に見られているライラさん自体、危なくなっているという状況が真実なわけで。うん、ボクが先走りすぎたのが原因かな。特に領主の置き手紙はやり過ぎた! ここに来て漸くちょっと反省。
なので、ボクは切り札を切ることにする。
「ほら、自称勇者さまならぬ職業:勇者さんの出番だよ!」
聖剣が本物かは定かじゃないけど、あの魔力量からしてとても頼りになるのは間違いない。最悪、身を捧げなくちゃいけないかもしれないけど、死ぬよりはマシ! まあ、天上のシミでも数えていれば終わるだろうし。
「……そういえばそんな話も聞いたわね。冗談だと思っていたわ」
全ての準備を整えると、ボクらは自称勇者さま! もといカリスくんの協力を乞うため彼の住む邸宅へと足を運んだ。
貴族が住む区画の、こぢんまりとした洋館にその勇者さまは住んでいた。
「や、やあ、よく来てくれたね。ミヅキ」
訪問を告げる鐘を鳴らそうとしたその刹那、激しく音を鳴らし開かれる扉。その先に見えたのはカリスくんだ。息を乱しながらやって来た姿はまるで主人を出迎える子犬のよう。見えない尻尾がボクの心をくすぐった。
――虐めてやりたい、と。
如何にしてボクの訪問を察知したのかは分からない。2階の窓から見ていた? 犬ばりの嗅覚で探った? それとも――。
まあ、どうでもいいかとボクはその考えをうち捨てる。いま重要な事はボクの命を守ること。カリスくんをボクの肉壁に仕立て上げる以上に大切なことはない!
邸宅に入るように促される。中に入って出される茶菓子を堪能することを一瞬妄想するが、しかしそんな時間は惜しい! ボクは簡単にライラさんを紹介すると早速用件を告げる。
「カリスくん! ボクを――」
転生二三日目
ライラ「まったく……冗談じゃないわよ」
ミヅキ「てへっ♪」
ライラ「てへっ、じゃないわよ! まったく、もう。確かに手伝うって言ったけど、ちょっと調子に乗り過ぎよ。だから老い先短いのをターゲットにしたのに」
ミヅキ「うーん、確かに納得は出来ることなんだけどねぇ……だが、断る!」
ライラ「…………」
ミヅキ「一応ボクはあくどい人とお金に困らない人を狙ったつもりだよ」




