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天寿を全うしても幸せじゃないよ①





 男の名前は高城守たかしろまもる。とある財閥の御曹司として生まれる。

 彼は絵に描いたお坊ちゃん生活を過ごし、何不自由なく過ごしていた。そして如何いかにもなエリート街道を歩んでいく。

 そんな彼だったが、思わぬところでケチが付く。それが彼の破滅への第一歩であった。


 彼は一流大学を卒業して実家が支配している会社に勤めることになる。本当は違う仕事をしてみたかったのだが、財閥の跡取り息子であり、彼の他には両親に子供がいなかったので()(まま)を言う訳にもいかなかった。

 やりたい仕事ではなかったが、やはり彼には才能があった。

 仕事に慣れ始めたころにはプロジェクトリーダに収まっていた。この間、わずか一年足らず。

 これはもちろん彼の才能もあったが、実家のせる業だった。

 そんなとき彼は大学に所属している頃から付き合っていた女性と結婚をする。


 この結婚は両親だけではなく、親戚一同から反対されていたものであった。

 いわく、家格が釣り合わない。

 曰く、財産目当ての結婚だ。

 曰く、まもるの婚約者は私の娘だ。

 ――などと、二人の愛を応援するものは誰もいなかった。

 しかし守はそんな困難にもめげずに、見事愛を成就させる。そして新婚生活を経て十年程幸せな時を過ごしていく……。

 そう、守の人生におけるケチとはこの結婚から生じたのだ。


 ――子供が出来なかった……。


 たったそれだけで幸せな家庭を築いてきた夫婦のきずなに亀裂が入り込む。

 彼は財閥の跡取り息子。当然その後継者を作ることが義務づけられている。にもかかわらず一向に子供が出来ない。

 一族も、何も男の跡継ぎじゃないと許さない、などと言うつもりはない。男であるのが好ましいが、今の時代では男が家を継ぐ必要など皆無であって時代錯誤(はなは)だしい、女性が継いでもいいとされていた。

 だが、子供が出来ないのは問題だ。

 そう考えた一族一同からしてみれば、二人の仲を引き裂くのは当たり前のことであった。そしてわずかばかりの慰謝料と今後の生活の面倒を見るのを条件に守の伴侶を家から追い出したのだ。


 これには守も逆らうことが出来なかった。

 結婚する条件として子供を確実に作る。もし出来なかった場合は離婚させるというものがあった。つまり、契約を履行された形になったのだ。

 そして彼は今度こそ両親の勧める相手と結婚することになる。


 しかし子供は出来なかった。その女性とも前妻と同じ条件で離婚することになってしまう。

 この間、わずか五年。長いと言えば長いが、短いとは言えば短い期間。焦った両親はそれ以上待つことは出来なかったのだ。

 やがてこれではいけないと考えた両親は、経産婦の嫁を守に用意した。バツイチは財閥としては余り体裁はよくなかったが、この際仕方なく目をつむることにしたのだ。

 だが、守は子をなすことが出来なかった。最初の妻と同じ様に十年待った。でも出来なかったのだ。


 ――彼は種なしだった。


 それに気付いた両親は一族でもっとも自分たちに血の近い、そして優秀な者を養子として向かい入れ、種なしの守を離縁して見捨てることにした。

 とはいっても守は二人のとっての愛する子供であることには変わりがない。出世街道に乗らせる訳にはいかないが、下部組織の会社の中間管理職くらいならば……と、一般人ならば十分な地位を用意して廃嫡手続きを取った。


 それからの守は、最後に結婚したバツイチの女性と終生を共に過ごす。

 望まぬ結婚であったが、長年連れ添って居たため共に愛着があったのも確かだ。が、しかし彼と彼女の間をつないだのは彼女が前の夫との間に作った子供であった。

 親権は前の夫にあったが、時折遊びに来る子供が守にはとてもまばゆく見え溺愛した。子供を自分では作れないことの代償行為だったのかもしれない。


 その後、守はその子供が結婚し、義理の孫が生まれ、そして成人を迎えた所で老衰する。


 ――それがボクの第一の人生だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 女の名前は明石楓あかしかえで。片親で貧乏な家庭の長女として生を受ける。

 彼女の母は貧乏ではあったが、楓を溺愛し、高校に行かず働くと言った彼女の言葉を遮り、無理矢理むりやり高校へと通わせた。

 何も楓は貧乏で、母を楽にさせてやりたいからそう言ったのではない。彼女はとても頭が悪かった。そう、俗に言うバカだったのだ。

 勉強など面白くない。学校に行っても貧乏故に話が合わない。

 つまり学校にまた通うというのは苦痛でしかなかったのだ。


 そんな彼女であったからこそ、援助交際に手を出したのは自然の成り行きだったのかもしれない。

 少しでも人生を楽しむためにお金を稼ぐ。それが悪いと断ずるにはあまりにも酷なことだ。まさに同情するならカネをくれ! というやつである。

 むろん、彼女も学校の生徒にばれるようなヘマはしなかった。援助交際で手に入れた資金を元にオシャレをし、放課後の遊びに精を出す。勉強にはあまり力を入れなかったが、それでもある一定の楽しみを見いだしていた。


 しかし援助交際の相手が無害なオジサン連中だけとは限らなかった。これが彼女の不幸の始まりだった。

 何時いつものようにとあるサイトで連絡を取った相手を待つために駅前に行くと、そこには今までとは違い、とても素敵な男性――イケメンがいた。

 彼は楓の待ち合わせの相手だった。

 あまり顔に自信が無かった楓だが、彼の方が楓に執着をして何度も肌を合わせる機会に恵まれることになる。端から見れば遊ばれてると分かり切っている関係ではあったが、やや上ではあるが同世代の、それも隣に居るだけで自慢出来る男性が自分に夢中になってくれることが楓はうれしかった。

 ただし、それはカネによる関係であった。他にもオジサンと関係を持つことは続けていた。楓の援助交際はもはや生活を成り立たせるために必要であったのだから。


 あるとき、楓が他のオジサンとホテルから出てくる所をその男性に見られてしまう。それからだ。その男性が楓に無茶むちゃを要求する様になったのは。

 まず、彼は楓に『お仕置き』という瞑目めいもくで快楽地獄にたたき落とした。出所も不確かな媚薬びやく、そして大人のおもちゃの数々。

 その次は、他の男に抱かせるようになる。それも彼がカネを取る形で……。そして会員制ではあるが、ネット動画サイトにも配信されてしまった。


 楓は援助交際をするにしても避妊にだけは気を付けていた。しかしその男が間を取り持つことによって、オプションという瞑目で中出しコースなるものが用意されてしまう。楓も薬による快楽付けで、中に出されることがたまらなく気持ちよくなってしまい、それを拒むことが出来なかった。

 結果……楓は妊娠し、捨てられた。電話も通じなくなり、音信不通となってしまった。


 恋人の関係ではなく、自分の子供ですらないのだから仕方が無いのかもしれない。

 そもそもだ。楓はその男の本名すら聞いていなかったのを捨てられて初めて気付く。彼の事はハンドルネームで呼んでいたのをすっかり忘れてしまっていた。彼に熱を上げてしまったせいか、楓のただですら無いに等しい判断力は低下していたのだろう。いや、それも彼の思惑通りだったのかもしれない。

 俗に言う悪い男に引っかけられたと諦めるしかなかった。


 そんな楓の元に更なる悪夢が襲い掛かる。

 彼女が援助交際をしていたこととネットでエッチな動画を販売していたことが学校に知れ渡ってしまう。友達付き合いしていた子たちから白い目で見られるだけなく、教師から呼び出され、そして退学処分に処されてしまう。

 このとき呼び出された母は泣いていた。

 それを見てようやく『ああ……私はなんて悪い事をしてしまったのだろう』と後悔するが後の祭りだった。



 しかし、あるとき楓の元に一人の男性が現れる。

 高校を退学した後、頑張って見つけたパートの仕事でよく会う男性にれられ、結婚を申し込まれる。

 彼は真面目に働く楓のことを感心していたこともあったが、通称ボテ腹に興奮を抱く変態でもあった。

 そんな彼であったが懐の拾い男性であったらしく、「自分の子供じゃなくても愛せる! 楓さん、ぼくと結婚してくれませんか! そして次はボクの子供でおなかを大きくしてください!」と求婚してくれたのだ。


 流石さすがに楓もこの告白には少し動揺してしまう。何せ変態だ。もし自分がおぼこ娘であったならば嫌悪していたことだろう。

 だが、それがどうした! 自分は相手を選べる立場ではない。

 楓は資金不足のため堕胎することは出来なかった。母ともに自分も大金を借り受けられる信用もなく、お腹の子供を産み育てていく以外の方法はありえなかった。いや、方々を当たっている内にろせなくなってしまったのが正解か。

 つまり結婚するには自分だけでなく、他人の子供をセットで育ててくれる人が必要だった。

 そんな相手が今後現れるとは限らない、いるとしてもお見合いでだろう。楓はいずれ、ある程度資金がまったら婚カツしてバツイチの相手を探すつもりだった。

 だからこそ、その男の求婚は恋愛感情を別とするならば理想の展開でもあったのだ。



 結婚、出産を経て、これから更に妊娠をしようという時、楓は旦那を失った。

 とある用事で家を空けている間、仕事が休みだった旦那は子供を連れてママさん集会に向かったのだろうか。そこにトラックが飛び込んできたという話だった。

 彼女は新しい家族と引き替えに、生活の安定につながる保険金が手元に残る。

 しかし彼女にとっての新しい家族は大事な人間じゃなかった。望んで得た者ではないのだから薄情と呼ぶには少し可哀想かわいそうだった。

 そんな彼女だからこそ『失った旦那のぬくもりを求めて』という免罪符を元に、新しい出会いを求めた。

 身体がうずくこともその一因だったのだろう。薬漬けだった彼女の身体は結婚生活を経て、再び快楽の灯火ともしびともってしまったのだ。


 そしていい男を捕まえ、計画的な妊娠、それを利用しての結婚を見事にやり遂げる。

 結婚は前の夫とは違い、望んでしたものだったので楓はその夫に精力的に尽くしていく。

 だが、それがいけなかった。

 ――夫は腎虚でその命を終える。

 楓は底なしだった。いや、若き日の過ちで絶倫になってしまっていたのだ。

 物足りない夫に精力剤を投与し、毎晩のごとく愛し合った……いや、貪ったが正しいか。

 そんな楓に付き合っていた夫は当然と言うべきか、腹上死してしまう。

 今回残ったのは、お腹に宿った新しい命と夫名義の家、そして悲しみだった。もちろん保険金も出たが、それは家の返済に充てられて無くなってしまった。

 愛した夫との死別には楓に影を残す。


 それからしばらくしてお腹が目立ち始めた頃。一番初めの夫と同じ様に妊婦好きの男と出会う。外人だった。アレが出掛かった。

 強力な武器を持つ外人に強引に迫られたあげく、楓は身体を許してしまう。

 楓はその時の情事に快感を覚え、精神的な愛というより肉体を愛してしまう。悲しみに暮れていても一度身についた淫欲の炎は消えせなかったのだ。もはやサガといってもいいだろう。

 その男性と籍を入れたことは楓の中に金銭面的な打算があったのか、アレを手放しがたいと思ったのかは楓自身も明確ではないが、幸せな生活への一歩であった。


 しかし、やはりというか。そんな強力な武器をもつ外人であっても、()えた楓を救うことは出来なかった。やはり腎虚、そして腹上死。武器はあっても下地が無ければ楓をベッドの上で打倒することは出来なかったのだ。

 最初は楓も抑えていた。お腹の中の子供を考えてのこともあったが、前の旦那を腹上死させてたことに恐怖を抱いていたのだ。

 そんな彼女ではあったが、くすぶった肉欲に精神が飲まれてしまう。禁欲しすぎた余り、出産と共にそのたがを外して野獣のように旦那に襲い掛かってしまう。


 むろん、その男性は恐怖を覚えていた。それは当然だろう。生命を持つ者は危機に敏感なのだから。

 それでもなお身体を重ね併せていたのは、楓からもたらせされる快感ゆえか。楓の身体には麻薬のようなものがあったに違いない。

 そんな短い間に旦那が死別する楓はブラックリストにはいっていたのか、保険会社は楓に保険金を支払うことを拒否してきた。むろん、楓以外の旦那の親族には払ったが……。



 こうして何度も旦那と死別した楓であったが、それから一度だけ結婚・出産・死別を繰り返した。

 そこまでして初めて自分が結婚してはいけない、男を不幸にしてしまう女だと自覚する。以後楓は結婚することなく、これまで産んだ子供を育てることと、適度な発散――チェリーハンターとして生活していく。

 やがて性欲が枯れ果てて漸くにして、落ち着きを取り戻す。そして孫に囲まれてその一生を終えた。


 ――それがボクの第二の人生だった。






観月「Zzz……Zzz……」

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