美人局1話 転職神殿①
「……すっごい」
目の前にそびえ立つ建物に圧倒され、ボクはそれ以外の言葉を忘れていた。
神殿――正しくは聖エルトリア教団神殿、<ホリックワーカー>支部。始めの聖女エルトリアが起こした一宗教の建物にライラさんに連れられやって来ていた。
ここは聖地の始原神殿でもなければ運営の中心地、聖国エルスラントの大神殿でもないただの『神殿』だ。どうでもいいという程の物ではないが、それほど重要な拠点ともいえないにも拘わらず実に巨大な造りをしている。そればかりでなく荘厳にして重厚、そして精彩を放っていた。もう、なんていうか込められている気合いが違うね。
「さ、行くわよ」
感動をしているボクなど何の事とばかにり、ライラさんは『神殿』の中へとボクを引きずり込んだ。
中も凄いの一言。
石で出来た白亜の柱一つ一つに細工が施されており、その一つを見ても一年やそこらで作れる物とはとても思えなかった。それが何本もあるのだから一体どれほど掛けて作られたのだろうか? いや、もしかするとかなりの人間を動員して数年規模で作り出したのかもしれない。なんにしても正直、想像の範疇を超えすぎている。
これで一支部でしかないって言うんだから各国に一つずつある大神殿と呼ばれる所は……。そして始めに作られた神殿と聖地の始原神殿とは……。
はぁ~、ヤダヤダ。もっと違う所に金を掛けろって言いたいや。
ボクは建造物から視線を外し、今度は違うところに目を向ける。
『神殿』は転職するための場所だけでなく、他にも色々な業務を司っているらしい。それだけに人の多さも何処のイベント会場だと言わんばかりものだった。これじゃアイドルの出待ちと言われても信じてしまうよ、ボクは。
そんな訳でボクはギュッとライラさんの手を握りしめる。はぐれると合流するの大変そうだしね。
辺りを見回せばいろんな人がいる。奇抜な恰好したひとや明らかに囚人と思わしき灰と白の横縞の服を着た人、そしてボンバーヘッド。
最後のは見なかったことにして、何故犯罪者と思わしき人がここにいるのかと訊くと、
「ああ、『釈放』の条件をみたして晴れて自由になった人たちよ。彼らは新しい人生を、新しい職業を得るためにここに来たってだけ。珍しくもないわ。先に職業を変えて証明書を発行して貰わないと服飾店にも嫌がられるし」
ライラは面白いことなど何もないといった感じで答えた。
それにしても司法組織じゃなくて『神殿』がそんなこともするのか。
とりあえず、何か困ったあった場合は『神殿』に行けば何とかなるかも? と覚えておこう。
そして向かった先は――。
「おお、迷える子羊たちよ……。本日はいかなる用でここへ?」
厳かな像があるところだった。そこに紺色の修道服を着たおっさんがいた。
おっさんは首にニコニコマークのネックレスを掛けており、被っている帽子にも同様の物が細工されていた。
そういえば建物の正面から見える天辺付近にもニコニコマークが飾られていたような気もするな。もしかしたらアレが教団のエンブレムなのかもしれない。
――うん……笑顔が嘘くさい。
まるで団子のように配置されている縦3つの笑顔は正直……キモすぎる。あまり長くはここに居たくはないと感じさせられた。
そんなボクの想いなど関係無しに事は進む。
「この子、ミヅキに職業を与えて欲しくて。<遊び人>すらやってないそうよ。……でも、ちょっと状況が変わっちゃって」
「ほう、それは珍しい。して、如何様に変わられた?」
「実は……なんか、<美人局>になっていたそうよ。本人も自覚ないし、ちょっとどうしたものかと……」
「むぅ……<美人局>ですか。それはそれは……」
二人して深刻な表情に変わる。そんなにハニートラッパーというのは変な職業なのか?
「有用と言えば有用な職業でしょ? だから先に習得させようか、共通職を終えてから習得させようか、どうしようかと。詳しい習得条件は私も知らないし」
「……さようですか。確かにそうですな。一度諦めた職業に再就職する場合、通常以上に習得が困難になります。<美人局>の場合は泣く男性が増えることでしょう……」
男が泣く? 別にそれならそれでいい――
「私としては最低でも<遊び人>と<運び屋>を習得してからの方が効率的だと思うんだけど、<美人局>って恨み買いやすいでしょ? <虜囚>や<殺人者>になってもいいから恨み果たそうとする人も中に入るから……」
――おっと、それはいけない。恨みを買うはともかく復讐はノーセンキューだ! そいつは返品で!
「悲しいことです、神の決めた摂理だというのに……。その様な方がいるのは確かですな。それで、肝心のミヅキさん。あなたはどうしたいのですか?」
「へ?」
話に混じれずにいたボクにおっさんもとい、神父さん(仮)は尋ねてきた。
「えっと……あなたは?」
「これは済みませんでした。クレトマスと申します。<神官>の職業に就いており、祭司を勤めています」
「これはご丁寧に。ボクはミヅキ。そのハニートラッパーという職業に就いているのかな? で、どうしたい……って聞かれても、正直何がなんだか……。ボク、先日まで職業が何かって事も知らなかったから」
職業が神官で祭司を勤めるとか意味不明。こんがらがっちゃうよ。
でも、ここまでの真摯なやり取りから、このクレトマスさんの笑顔は張りぼてという訳でもないらしい。偏見、ごめんなさい。ボクは第一印象に左右される人間だから……。
「<遊び人>にも就いていなかったのはそういう訳ですか。一体どんな環境でそだ――いえ、詮索をするつもりはありません。失礼しました」
別に失礼でも何でもないけど、聞かれても困る。ボクは異世界人だ! などといって通用するかも定かじゃない。村娘という設定も正直破綻しかけているし……。いっそ今からでも記憶喪失にするべきかな? ライラさんは適当に誤魔化す感じで。
――流石に無理があるか。
とりあえず、聞かれたら隠れ里という設定を付け足そう。
「……とりあえず、<職歴>を見せて貰ったらどうかしら? これでお願い」
そう言ってライラさんは銅色のコインを何枚かクレトマスさんに握らせた。
賄賂!? って一瞬思ったけど、お布施というやつに違いない。さすがに無料奉仕ということではないらしい。
――あとで換金しないといけないかな。このまま奢られっ放しという訳にもいかないし。
「……はい、お預かりします」
クレトマスさんはそれを懐に入れる。ネコババ……じゃないよな?
「さて、それではこちらをお持ちください」
受け取ったのは板状のガラスのような何か。これがどんな材質の物なのか正直計り知れない。だって異世界だもの。
「それでは気持ちを楽にして……そう、欠伸するくらいリラックスしてください。そう、そうです。その感じを保ってください」
楽にと言われたので地べたに座り込んでしまった。まあ、疲れてたしね。ボクの体力を舐めないで欲しい! ――が、それでいいらしい。
その様子を見届けるとクレトマスさんはボクに背を向け、そして厳かな像に向かって祈り、言葉を紡ぎ始めた。
その時、ボクの持つガラス板(仮)が光を放つ。うわ、何だこれはっ!?
ボクは不意にガラス板(仮)から片手を離し、自由になった手で目を庇う。よく両手を離さなかったものだと内心ビクビク。弁償という言葉が頭をよぎる。
やがて、光が――圧倒的な白が収まると共に「はい、これにて完了しました」というクレトマスさんの声が掛かる。
ボクは顔から手をどけて、何が起きたのかを確認する。
するとガラス板(仮)には光の文字を刻まれていた。
<職歴>
名前:ミヅキ
性別:(女)
年齢:1
種族:サキュバス
身分:平民
階級:始祖/自由民/なし
取得職業:なし
現職:<美人局>
……。
……何これ?
ひとまず名前がミヅキで固定化されてるのはひとまず置いておくとして。
「ミヅキ、調べたいって思う所に触れて頂戴。そしたら神秘石が表示を変えるから」
ボクは指示されたとおりガラス板(仮)改め神秘石の文字に触れる。とりあえず不吉な予感を抱かせる物に。(女)については正直なところ諦めているので放置する。括弧で括られているのは少し気になるけど……。
触れるや否や、パッと光が画面の上から下へ流れていった。
年齢
数え年。生まれてからの経年を表している。
<戻る>
なんてこったい! ボ、ボクは……1歳だったのだ!
事実を突きつけられれば確かにその通り。ボクはこの世界に生を受けて七日目なのだから。しかし、だとしたらこの恰好であるのは少し疑問が残る。
――よしっ、ひとまず後回しにしよう! 質問をするにしても纏めてた方がクレトマスさんも助かるだろうし。
<戻る>を押して次の物に触れる。やはり同じ様に二度、光が走った。
種族
全ては始祖から繋がる血脈。その一族。
<戻る>
サキュバス
他者に快楽と興奮を与え、その代わりに魔力を受け取る種族。それは搾取的な物ではなく、いわば交換取引のようなもの。
種族能力【吸魔】【情欲刺激】を持つ。
<戻る>
……なるほど。確かに空想上のサキュバスは男性体はいないかな。男性体は確かインキュバスだったはず。夢魔族あるいは睡魔族なんて言われる場合は男女の区別があるのかもしれない。
どうせならインキュバスになって色々やらかしたかった! む、無念なり……。
【吸魔】
効果:身体に触れるだけで他者の魔力を奪って自らの物とする。
<戻る>
【情欲刺激】
効果:相手の性欲を常に刺激し、【吸魔】の効率を高める。この効果は不特定多数に発揮される。
<戻る>
【情欲刺激】についてはノーコメントで。覚えがありすぎるというのも困りもの。
にしても……これが種族能力ね。普人族の【子々孫々】とは比べるべくもないかな。
それはさておき、【吸魔】の説明を見てボクはピンと来た。胸の内にある違和感はおそらく魔力だろう、と。
魔力は魔法を行使するための力だ。
聞いた話によるとある職業に就かないと魔力を育てる才能はなく、全く身体の中にないはずなんだが……。【吸魔】を使えばその限りではないのかもしれない。
吸収した物が永久に続くのかは不明だけど、後衛を目指すボクには悪くないように感じる。もし永久に続き、加算されていけばボクは大魔法使いとして大成することも可能だろう。
エッチをすればする程凄くなる魔法使い、ここに爆誕!
転生七日目
ミヅキ「ばぁーぶぅー」
ライラ「……まさか、生まれたてだったなんてね。そりゃ<遊び人>にもなってないはずだわ。にしても――」
ミヅキ「ば、ばぶ?」
ライラ「あなた、村娘って嘘だったのね」
ミヅキ「ばぶ? ばぶぶぶ?」
ライラ「赤ちゃんはそんな風に泣かないわよ!」
ポカンッ。
ミヅキ「おんぎゃぁぁぁぁあっ(泣」