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第一章 邂逅

ほんのり百合ていすとです。

苦手な方はback推奨です。

 誰でも一度は考えることがあるだろう。マスメディアに取り上げられてる有名人のような壮絶な過去があったら、自分も特別になれるのではないか?それとも有名人だから感動する話に聞こえるのか。もし、何か特別な能力があったらつまらない日常から脱せるのではないか?

 しかし、人間は時が進むにつれ諦めることを覚える。いつになっても夢を追い続ける人間は諦めることを知らない。

 残念ながら後者のタイプに会ったことはない。ほとんどの人間…少なくとも自分は間違いなく前者だろう。そもそも幼少期に抱いた将来の夢とやらがなんだったか覚えていない。

 だから、私は目の前にいる大きな荷物を持ってる荒んだ女子高校生をみて、羨ましい、と感じた。

 痛んだ金髪に、端正な顔立ち。見せつけるようにたくし上げられたスカートからは、瑞々しく、どこか魅力的な足が目のやり場を困らせる。若さ故の自信は、今の私には眩しすぎた。

 自分の学生の頃とは正反対の彼女とこれから暮らしていける根拠のない自信は、彼女を見た瞬間、裸足で逃げ出す。もう戻ってこないだろう。

 「ねぇ、入っていい?疲れたんだけど。」

 急いで私のテリトリーに招き入れる。彼女を構成する全てが羨ましいと思えるほど、私のコンプレックスは深いところまで抉られていた。

 「あんたのことなんて呼べばいいの?戸籍だけならお姉さんだよね」

 目の前の彼女、橋田遥はニヒルな笑みを浮かべて、挑発してくる。

 「梨菜さん、もしくはお姉さんでも構わない。なんでもいいわよ。私はなんていえばいいの?」

 視線を逸らして彼女は台所に入って冷蔵庫から勝手に飲み物を取出していた。一言くらいいって欲しい。

 こんなギクシャクした生活の始まりは一本の電話からだ。



  先月から私…高倉梨菜は社会人になった。昨今、就職難が問題となっている中、内定をもらった時は嬉しくて、浮かれていたものだが入社するときには、さすがに気持ちが引き締まっていたものだ。主な仕事内容はいわゆるセールス。健康食品や化粧品などを電話をかけ、売り込む。最初は失敗ばかりで怒られてばかり、思うように仕事も進まずストレスも溜まった。先輩社員や上司との人間関係だって上手くいっていない。

 それでも、不思議と大学時代に戻りたいとか思ったことない。もともと働くために勉強していたものだから、学生の頃より生活に余裕を持てるようになって満足の極みだ。

 ほんと、つい最近だ。やっと売り込みのコツがわかって、売り上げも人間関係も波に乗ってきたのは。



 よく晴れた日だった。いつも通り1LDKの手狭な部屋を片付けだらだら過ごす休日を妨げるような音が聞こえた。物置と化していた固定電話の音に気付くのに3秒くらい時間がかかったのを覚えてる。

 母からだ。

 「お父さんがね…昨日息を引き取ったの。」

 「そう…。」

 父の訃報。

 ショックは受けなかった。

 父の身体が弱いことは知っていたし、母には内緒だが本人から「もう、長くない。母さんを頼む」などの連絡を取り合っていた。

 なんてことはない親がまた一人になっただけだ。第一、父親は母が再婚した時から苦手だった。死んでしまった今となっては何とも思わない。

 「それでね、父さんの娘がいるんだけど遺書には施設から引き取ってほしいってあったんだけど…ほら、私と暮らしても気まずいわけじゃない?いろいろと…ね?」

 言いたいことはわかる。途中経過は置いておいて結果だけ言ってしまえば、母と私はその子から父を奪ってしまった。そのことに負い目を感じているのだ。なにせ、母と再婚するために父は娘を施設に預けたのだから。個人的にそういった感情はないが、父の実の娘からみたら、きっと私を含め私たち家族は憎悪の対象に違いない。

 自業自得だ。口には出さないが、思わず眉根を寄せる。冗談じゃない。とばっちりはごめんだ。断ろうとしたら、必死な声で一方的に捲し立てられた。三十分くらい説得させられて結局、私が折れて引き取ることになったのだが、母の焦った様子が面白かったという理由は少しひどいだろうか?

 それはそうとして、さすがに一人の子供を養う経済力はない。彼女の分は母から援助してもらうことで話はまとまった。



 こうした経緯があり、今日、初めて彼女に直接会って、簡単に引き取るといった自分を殴りたくなった。

 梨菜が居間でぐるぐる考えてる間に遥は家に置いてある唯一ベッド兼ソファに座りiPhoneらしき電子端末をいじってる。とても真剣な顔で操作してるから気になって声をかけようとしたが、やめた。余計な詮索は賢い選択ではない。イマドキの女子高生だ、恋人の一人や二人くらいいるだろう。

 しばらくしたら今後の生活スタイルについて話そう。

 正直、私は彼女との距離感を計り兼ねていた。初対面の人間といきなり暮らせるほど私の適応能力は高くないし順応できない。とにかく今は時間が必要だ、私にとっても彼女にとっても。

 梨菜は自室に戻り、持って帰ってきた書類を無心で片付け始めた。現実から逃げて、自らの巣穴に閉じこもるモグラのように。無心で…


 どのくらいの時間がたったのか?あたりは暗く、時計を見るとすでに7時をまわっていた。居間から人気は感じられない。彼女は出かけたのだろうか?ならば好都合だ。ひと段落ついた今のうちに夕飯を済まして寝よう。

 居間は真っ暗で電気をつけると部屋の片隅に遥の学生鞄と衣類の入った少し大きなバッグを見つけた。相当使い古しているんだろう。だからかなのか、とても哀愁漂っている。

 視線を台所に向け、ナポリタンを二人分作る。彼女の分にラップをして残しておく。食べるなら食べればいい、残されても構わない。その時は明日の朝食だ。

 彼女に同情なんかしたことはない。むしろその逆、憧憬の的だ。のんきに暮らしてきた自分に比べ彼女の方が苦労して、孤独で、特別な存在なのだ。なんの取り柄のない私なんかよりもずっと、ずっと…だから、だから、私は彼女が羨ましくて、だから…!

 はっとして気付いたらフライパンの何とか加工がはがれそうなくらいゴシゴシと擦り洗いをしていた。

 泡だらけの食器を洗い流して、置手紙と布団一式を居間に置き、就寝の準備を整えた。

 光が強いと影ははっきり醜く見えるのだ。平凡な私に彼女の存在は近すぎて、一種の脅威に近い。その脅威はぐちぐちと自分の傷口を広げていくのだ。

 梨菜は胎児のように体を丸めて、玄関から聞こえてくる音を無視して眠りについた。

 

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