新作落語(千文字お題小説)
お借りしたお題は「ネコ」「薬袋」です。
昔からそそっかしい人はたくさんいるものでして。
「お前さん、夕べ熊さんとこに旅土産の薬袋を持ってってって言ったろ?」
「それがどうした?」
「どうしたじゃないよ。熊さんのおかみさんに訊いたら、もらってないって言われたよ」
「俺は確かに渡したぞ。熊のおかみさんて、十五夜のお供えの団子みたいな顔してるだろ? 見間違える訳がねえよ」
「そりゃあんた、熊さんの前のおかみさんだよ。何度言えば覚えるんだい?」
離縁したのを忘れてたんですな、これが。
「こりゃしくじったな。でもよ、今更あんたんとこに差し上げるモンじゃございやせんでした、お返しくださいなんて、決まりが悪くって言えねえぜ」
「そんな事、あたしの知った事じゃないよ。あんたが間の抜けた事したんだからね。自分の尻は自分で拭っとくれよ」
「おめえに拭いてもらった事なんざ、一度もねえよ」
「そういう事言ってんじゃないよ! どこまでトンチキなんだい!?」
おかみさんはカンカンになっちまいました。
「わかったよ、うるせえな。行きゃあいんだろ!」
売り言葉に買い言葉で、お惚け亭主は長屋を飛び出しました。
「借りて来たネコみてえだっつうから祝言挙げたってえのに、毎日毎日小言ばかり言いやがって、何度言えば覚えるんだいじゃねえよ。俺は十より上は数えられねえんだからな」
おかみさんと夫婦になったのを悔やんでおります。勝手なもんです。
「八、どこ行くんだい?」
そこに仕事に行く途中の熊さんが現れました。
「熊、おめえのせいで女房に小言言われて散々だぜ」
八つぁんは早速熊さんに愚痴を言います。
「どういうこったい?」
熊さんは首を傾げて尋ねます。八つぁんはここぞとばかりに長屋であった事を自分の都合のいいように熊さんに話しました。
「なるほど、話はわかったが、そいつはおかしいぜ」
熊さんが神妙な顔をして言いました。
「そりゃどういうこった?」
「俺は離縁したんじゃなくて、おっかあとは死に別れたんだぜ」
熊さんの言葉に八つぁんは腰を抜かしました。
「だってよ、俺は確かに薬袋渡したんだぜ。おめえの前のかかあはお供えの団子みたいな顔だよな?」
「ああ、それは前の前の女房だよ」
熊さん、案外豪傑ですな。八つぁんは魂消て口を開けたままです。
「おめえ、何度祝言挙げてるんだ?」
我に返った八つぁんが尋ねました。
「そいつぁわかんねえな」
「どうしてだよ?」
「俺は十より上は数えられねえ」
お粗末でした。
そうですね、お粗末ですね。