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銀色の翼  作者: 市ノ川 梓
第二章 隠されし力 後編
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第四十二翼 再生の翼

―ゆうすけっ!!!

…何処からか俺を呼ぶ声が聴こえてくる…。どこかで聴いていた声、いつも近くに居た声、別れの声…。

確かに痛みは無かった。いつの間にか意識は遠退き、今は微睡みの中。

ここはどこだ…?身体に自由は無く指先一本動かせない。辺りは真っ暗で何もない…いや、なにかしらは有るのかもしれないが俺の様な凡骨で凡人にこの闇の先は見えない。この無の空間で拘束されていると気づいたのすらあの声を聴いてからだ。勿論、明かりになるものもないため自らの身体も全く見えない。と言うか首も動かせないので例え辺りが明るくとも見えるのは目の前の景色だけで自分の体は、脇目にすら見えないのだ。もしかしたらこの空間に有るのは俺の意識だけで身体は存在してないのかも知れないし、眼球だけが浮いている…と言う可能性も否定できない。一応言っておくと、全身の感覚だけは有るが…。それとも俺自身がこの闇の一部、もしくは闇自身なのか…?

只、空の時間が進んでいく。出来ることと言えば思考する程度のこと。取り敢えず暇なので、有り得る可能性を探ってみる。声帯も動かせないらしいので独り言もできない。無論、俺がこの空間で独りと言う確信はどこにもないのだが。

身体の自由がないと言うことは心臓も動かせていないと言うことででは俺は死んでいるのか…。この惨状だ…死んでいてもなんら不思議ではない。もしかしたら死とはこの様に闇の中で永久に幽閉される事象なのかも知れない。

とにかく、この空間の中では俺は無力なのだった。しかしさっきの声の主は…。

―気になるか、少年よ…。

その何処からともなく聞こえる声と共に辺りが急に明るくなった。思わず眼を細める。あれ、目蓋あったのか…。

そこは公園だった。俺の記憶の棲みに押しやられた、埃被った記憶。しかし、確かに覚えている。ここはアメリカに疎開していた時、住んでいた家の近くにあった公園。そして…

「舞と初めて会った公園だ…。」

いつの間にか身体の自由も利くようになり、改めて身体を見てみる…特に外傷は見当たらない。しっかりとそこに俺は居た。

―どうやらここは貴方の始まりの地…とも言える場所の様ですね…。

と、旧時代において自動車と呼ばれていた乗り物を持した遊具の運転席に真っ白な髪の女が座っていた。金属で出来たハンドルを握りまるで運転しているかの様に真剣な眼差しで前を見つめている。

「…何時からそこにいた?」

―貴方が生まれた瞬間から…ですかねぇ。

女は一つ深呼吸をするとハンドルから手を名残惜しそうに話すと運転席からゆっくりと降りてきた。全身が真っ白だった。着ている服もデザインもなく白一色のワンピース。肌も色白でそれに髪も真っ白で…。ただその色白の顔に付いている瞳は真っ赤だった。火の様に燃えたぎり、血の様に微睡んでいる。

―また会いました…って前回は貴方には声しか聴こえていないんでしたね。

女は明らかに俺より年下だ。中学生…もしかしたら小学校に通っているかもしれない。

―いやだなぁ…私は立派な18ですよ?

「貴様…あの時の…。」

―おや、今頃気付いたんですか?貴方にしては大分掛かりましたね?

彼女は俺の真ん前まで歩いてきて少し間を取るとその場に止まったまま、止まった。

―まぁ、無理もないでしょう。きっと貴方にとって私は実体のない者として扱われていたでしょうから。

そのまま俺を下から見つめてくる。その目は余りに純粋で…無垢だった。

「ここは…何処だ?」

―…おや。

少女は、はっとあからさまに驚いて見せた。

―私に関しての質問は無いんですか?

少女は俺を不思議そうに見て離さない。

「…お前は…俺だろ?」

うーんと唸る少女。本当の少女はそんな唸り声はあげない。

―…まぁ。間違いではないですかね。正確には私は広瀬佑助であって、私は貴方では有りませんよ。

全く感情を込めずに少女は英語の例文を読むかの様に淡々と話した。

―宇宙に…この界に貴方は一人です。しかし広瀬佑助と言う存在は一人ではありません。

「やはり聞いたところで理解不能だな。」

―こちらは人間が踏み入れて良い世界ではありませんからね。

そう言うと少女は急に方向転換して公園にあるブランコに向かって一目散に走っていった。

―貴方が今一番気になるのは、ここはどこか…ですか?

ブランコに座ると勢いよく漕ぎ始めた。懐かしい金属音が辺りに響く。

「…勿論。お前は…知っているのか?」

―アリス。

「は?」

―お前ではありません。…アリスです。

ブランコがほぼ直角にまで揺れていた。しかし彼女の声ははっきりと俺の耳に届くのだった。

「…お前は、広瀬佑助なんじゃないのか。」

―でも私も一応女の子なので流石に佑助は嫌です。

ブランコの勢いは止まらない。このままでは一回転してしまうのではないか…。明らかにこの遊具の許容範囲を越えた動きをしているような気がする。

「い、嫌って…。」

―あ。気を悪くしたら謝ります。人間の思考パターンっていまいち難しくて…。

気づいた時には少女はジャングルジムの最上層に座っていた。まだブランコは独りでに揺れている…どうやって移動したんだ…?

―それにどっちもゆーすけでは色々と不便ですしね、今この瞬間をもって私は広瀬アリス。

振り返って目を合わせると少女はにっこりと笑った。幼い頃ここで同じような笑顔を見たような気がする…全くもって気のせいだが。あの顔からは考えもしない程、彼女の声は美しかった。

「…勝手にしろ。それより俺の質問に答えろよ。」

―…何でしたっけ?

「…てめぇ…。」

―冗談ですよ、佑助さん。あんまりイライラしていると私に心…読まれますよ?

睨み返そうかとジャングルジムを見ると既に少女はそこに居らず、また気づかぬ内に移動していた。次は…

―ここです。

少女は自動車のタイヤを地面に埋めた遊具の上に可愛く座っていた。しかし…。

「なんで俺まで座ってんだ…。」

俺までその隣に座っていた…ついさっきまでジャングルジムの前に立っていたのに…少なくともあそこからここまで…。

―あの頃の貴方が今の貴方を見たらどう思いますかね。

「…どういう意味だ。」

―言葉通りの意味ですよ。どう思いますかね?では、この質問に答えてくれたら貴方の質問に答えます。

少女は無邪気に笑う。

「…あの頃ってのはいつだ?」

鼻で笑う少女。

―あまり落胆させないでくださいよ、佑助さん?そんな事ここに来た時から分かっているでしょう?

「この公園は…舞と…岩島舞と出会った公園だ。」

―んなこと分かってますよ。それを理解した上でここに貴方を連れてきたんですから。

青空だった景色が段々暗くなってきた。夕陽が…。

「しかし…この公園は…。」

―もうこの界にはありませんね。ここはあくまで貴方の記憶の中にあるあの日の公園です。

「だから少し景色が曖昧なのか。」

確かにブランコの奥に何故か一部空間が歪んでいる場所があった。それはこの世界が意識上のものであるが故に、というわけだ。

―…で質問の返答は?

少女は顔に似合わず冷酷な口調でハッキリと俺に聞いてきた。まるで返答によっては殺してしまうかの様に。

「…多分、昔の…幼い俺は未来の自分だと気づかないかもしれないな。」

―何を根拠に?

少女の質問は続く。しかし俺は躊躇うことなく少女に答えるのだった。あの頃の思い出がありありと蘇ってくる。

「明らかにあの頃と今の俺に相違点があるからだな。」

―…。

「…悪だ。」

少女は黙ったまま俺の話に耳を傾けていた。中学に入るか入らないかくらいの少女にこんな重い話をして良いのかと疑問に思うがきっとコイツは広瀬アリスなのだ。

「あの頃の俺は悪を知らなかった。世界は全て善で出来ていると、確信していた。」

自分の拳を見つめる。夕陽で真っ赤になった俺の拳。

「しかし俺は知った。悪がこの世界を構成していると、ヒトは悪だと、俺は悪だと…。」拳を開くとそこにはくっきりと手相が削られ赤みを帯びて頸動脈が鼓動していた。

「ここはおま…アリスが言う通り、俺の始まりであり、俺の還るべき場所だ。」

―…そうですか。そこまで舞さんの事を…。

「あぁ。アイツは俺を、悪を全てを受け入れた。…それこそ自分の不幸すらもな。」

俺は立ち上がった。再び拳を強くしっかりと握り締めた。…早く戻らなくては。

「さぁ、アリス。早くここから出してくれ。」

―…全く、貴方って人は…しかしそこが貴方の見ていて飽きさせないないところですね。

少女も俺の隣に立った。もうじき夕陽が沈む。

―もう少しゆっくりしても良いんですよ?時間はたっぷりあります。…それこそ永遠に。

ふっ、と俺は笑って見せた。

「俺はこの景色にもう飽きたよ。」

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