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銀色の翼  作者: 市ノ川 梓
第断章 悪魔の心臓
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第四十一翼 悪心の愛

―やっと会えたな…ゲス野郎がぁ。

…人は見た目じゃ判断出来ないなんてよく言ったものだ。いや、正確には奴は人ではないのだが…。

―色々、説明メンドイから細かいとこはテメーの想像に任せるわ。

この汚ない言葉遣いの物体は私をこの真っ暗な世界に呼び寄せた、張本人。見た目は私と瓜二つで身にはこれまた美しい純白のウェディングドレスを着ている。自分で言うのもなんだが私は吸血鬼になってから随分大胆になった。何処が、と訊かれると答えに困ってしまうが、言うなればきっとそれは見た目…だろう。それは死神のところの性、吸血鬼する人間えさを得るために特化されたこの妖艶な身体がそうさせているに他ない。しかし彼女(?)の放つオーラとも取れる雰囲気は世の美を凌駕しているように思える。それこそクローバーに劣らない美しさなのであった。

「…なぜ、私をここに呼んだ?」

先程から彼女と会話…のようなモノを繰り返しているがまともに答えを返された試しがない。もう受け答えするのも疲れるだけなので一方的に彼女が口にする事を聞いているのだがそれも段々雑になってきている。

―んーあー…まぁそんな顔すんなぁ。よく初対面の相手にそんな窺わしい物を見るような目を向けることが出来るな?あん?

…やっぱり会話は成立しない。全く…私にどうしろと言うのだ―。


彼女に引っ張られてやって来た場所は、公園だった。しかしこの風景には覚えがあった。徐々に人間の頃の記憶が薄れていくなか、それでも確固として消えない記憶…幼き頃のある少年との出会い。

この思い出の公園は本物ではないだろう。確かにあの頃私が見ていた景色と同じものだが、この公園はゼアールの侵略と共に軍の駐留所になってしまったためなくなったのだ…これは偽物。偽物の思い出の公園だった。あの二人で乗ったブランコも、二人でお城を作った砂場も、二人で滑った滑り台も、もうこの世界には存在しない。

―い、早く来いよ!

…。


―…い~おーい…おい!!

「ん、あぁ…。ごめんなさい…。」

不覚にも思い出に浸ってしまっていた。でもこの記憶もいつか消えて無くなってしまうのだ…。

―ったく…。今、大事な話してんだからマジ頼むぜぇ…。…で、それが私な?

「え…。は?…なにが何だか…。」

彼女は呆れ顔、溜め息のおまけ付き。

―やっぱ、聞いてなかったかぁ…。あのさぁ…これ、この景色に連れてきたのも別にあんたを懐古させるためじゃねーからよー…。

彼女はおもむろにブランコを漕ぎ始めた。金属の擦れる懐かしい音が聴こえてきた。徐々にスピードがついていくブランコ…。真っ赤な夕焼け。ウェディングドレスを来た美女が寂れた公園のブランコに独りで乗っていると言う中々シュールな画だが、不思議な事にさっきから地面に擦れているドレスの裾が全く汚れていない所を見て、やっぱりここは私の記憶の中だと嫌でも伝えてくる。

―正しく、それだよ。あんたの残っている記憶の中で最もイメージが強かった場所に来たってだけさ。

彼女は嬉しそうにブランコを前後に揺らしている。私はずっと座っていた車のタイヤの椅子から立ち上がり隣のジャングルジムに登った。もう彼女の面倒臭い話を聴くのは飽きた。今はあの名も忘れてしまった少年との思い出に只、浸りたいのである。


あの日、私の母が死んだ。

死因は劇薬吸飲による自殺だった。

既に母と呼んでいた人物の事は名前を含めてほぼ全て忘れたが、あの日が彼女の没日であった事だけはハッキリと覚えている。

嫌に私は泣いていたイメージが記憶に残っている。きっと悲しかったのだろう。そりゃあまだ小学校にも入っていない少女にとって母の死は世界の終わりに等しいのだ。

父はあまり悲しまなかった。涙も一滴も流しちゃいなかった。母と同じく父の記憶も既に無いが、父に関する記憶は人間の頃から薄かったようだ…なにか人為的にそこの記憶だけ消されている。

ではなぜ、その少女は母の死によってこの公園に涙ながら引き付けられたのか…それは唯一の家族の残された思い出がここだから、としか分からない。その思い出すらもう記憶にない。が、それは数少ない記憶に残るほど私にとって大切な思い出だったのだろう。幸せな生活…を幼い私は送れていたのだろうか…。私は、この母と父の間に生まれて幸せだったのだろうか、母と父は私が生まれて幸せだったのか…今となっては何も分からない。


父は不倫していた。

今、考えればそう簡単に理解することが出来るが幼い少女にとって男の浮気なんて理解の範疇をとっくに越えていた。只、自分の父が母とは別の女と仲良くしていると父の口から聞いたとき、なぜか私は泣いた。それは母の死と同じくらい悲しくて、辛くて…悔しかった。言わずもがな、それが原因で母は死んだのだ。だから私は人生で初めて、家出と言うものをした。…あの幸せを置いてきた公園に。

泣いていた。

独りで公園の車のタイヤに座って泣いていた。

もう辺りは大分陰り出していて、真っ赤な夕焼けがやけにぼやけていたのを覚えている。公園で遊んでいた子供達も段々数を減らしていった。その内、私はこの公園に独りになった。既に夕日も沈んで辺りは真っ暗…公園の消えそうな街灯がチカチカと不規則に点いてそろそろ帰らなくちゃ…。

「…どーした?」

「!!!」

声を掛けられた。止まらない涙と鼻水を服の袖で無理矢理拭いて、声のする方を見上げる。

「おい…大丈夫かぁ?」

綺麗な瞳だった。野球帽を被って真っ黒な髪が横から飛び出している。なぜか彼は帽子のつばを横にやって前髪を中に入れていた。お陰で顔がハッキリと確認できる。

「…う…うん、だいじょうぶ…。」

私よりも一歳くらい年下の少年に心配を掛けてしまった…来年から日本人学校に通い出す私は罪悪感に苛まれていた。

「あー…。ホントに?」

なぜか少年は異様に私を気にかけてくれた。頬に泥を付けて彼は心配そうに私を見ていた。そう言えば家族以外の日本人と話すのは疎開して以来初めてだ。その優しそうな瞳に休戦していた涙がまたまぶたに溜まっていく。

「うぅ…うわぁぁああぁ!!!」

少年の手前堪えていた涙や悲しみも一気に私を襲ってきた。少年は何も言わずに私の隣に座った。何も言わずに私の傍に居続けた。だから私は安心して心から涙を流したのだった。

「うぅ…。ありが…と…ぅ。」

暫く泣いてもう涙も出なくなった頃、いい加減私の父も心配しているだろうと帰路に就こうとした。しかし私が涙も拭かずに立ち上がろうとするとさっきまで隣で黙って座っていた少年は涙やその他諸々でぐっしょり濡れた私の服の裾を頑なに引っ張って離さなかった。

「あ、あのぅ…。わたし…。」

事情も知らない彼にこんな態度をとるのは全くもって失礼な訳だが私も若かったのだ。しかしやっぱり少年は私を離さなかった。黙ったまま、ピクリとも動かずに…。

―あそぼ。

少年は確かにそう言った。互いに名も知らない、歳も満たない男女はその一言から始まった。

「おれは、 。」

少年は素っ気なく自己紹介をすると今度は私の手をしっかりと握ってブランコへ向かっていったのだった―。


―おい。もう、満足したか?

目の前の可憐な彼女は私の顔を覗き込むようにして私を見ていた。そのスカイブルーの瞳に私がハッキリと写っていた。ここは…ジャングルジムの最高層。

「…うん。」

その時、私の頬をそっと一筋の涙が通っていった。…まだ涙は、消えちゃいなかった。

―いい加減、話の本題に入ろうか…。私もこんな土臭い所にいつまでも居たくねぇ。

いつの間にか夕日は沈んで辺りは真っ暗になっていた。あの消えそうな街灯…全く人の記憶と言うものは中々侮れない。

―まずは…ここだな。

彼女はジャングルジムの天辺からジャンプして空中で身体を三回ほど前転させてから地面に砂埃一つたてないで着地した。

―ここは、記憶のなか…ってもそんなの既に分かってるか…。テメーも感じているだろうが死神になったことによって、ヒトの頃の記憶は徐々に消えていく。これは脳が…正確にはヒトの脳の様に活動している部位が邪魔に支配されてきている証拠だな。

そう彼女が説明すると突然、公園の入り口が消えた。…公園の入り口だった場所にはこの夜空より真っ黒な空間が存在するだけ。吸い込まれるような…闇。

―もう、ここも侵食が始まったか…。随分、ここの記憶はハッキリと残っていたが流石にもう駄目か…。しゃーねー…説明急ぐぜ。

すると彼女は一瞬で私の隣に瞬間移動してキツい視線を送る。

―てかこの私…テメーの中の邪魔意思ダークマターの集合体が存在する時点でもう侵食が大分進んでるってことだがな…。

相づちを打つ暇もなく彼女の説明は続く。

―…つまり、何が言いてぇかって言うと…ズバリこの身体を私が頂こうって話だ。

急に辺りが暗くなってきた。いや、元々明かりは壊れかけの街灯しかなかったわけだが…それに増して暗くなった。

…視界が…暗い…。

―安心しろ、岩島舞。

その名で呼ばれるのは久しぶりだ…。ヤバイ…意識も遠くなりだした…。全身の感覚も既にない…。

―まだ私…邪魔意思ダークマターも完全じゃねぇ。稀に自我が戻ることがあるかもしんねぇな。…まぁ私が私の意思でテメーをこっちに戻す気はねぇが…ククッ。

やがて夜空から黒い触手が無数に出てきて私をそっと包み込んだ。遠くから声がする…。

…お休み…舞。

「ゆうすけっ!!!」

私は永遠の眠りについた。

今回の第四十一翼をもって舞の物語(断章)は一応の区切りをつけました。

断章の投稿を始めて約一ヶ月…予定より大分遅れてしまっている…orz


次回からまた佑助の物語に戻ります…が、また翼時々、愛と言う変則的な形をとらせてもらうつもりです。


時系列的には(コロナ)の話が進みすぎていますが…それは無視します(笑)

本当は此処で翼を連続で投稿しなくてはいけないところ何ですが、ちょっと前の話の中で修正を加えなくてはならないところを発見してしまいまして…それを同時進行で進めなくてはいけないと言う状況に…(((^_^;)


暫くの間、投稿の間隔を早めていきたいと思います。

これからも銀色の翼をよろしくお願いします。

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