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銀色の翼  作者: 市ノ川 梓
第断章 悪魔の心臓
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第四十翼 悪逆の愛

男はにっこりと笑う。

冷徹・無表情のヤナギや眼が笑わないクローバーに比べれば幾分か取っつきやすそうな印象を与えているのは、勿論その柔らかな笑顔から来るものだろう。がそれ以前にこの男は狂気だ。ニンゲンの様な見た目をしているがさっきのクローバーの反応といい、男から漏れ出す狂気からこの物体がニンゲンのでない事は間違いない。しかし狂気だ。それ以外の表現のしようがない。普通に人間として生きて死んでいっていたら絶対に関わることのない人種(あくまで人間ではない)だろう…と言うか「狂気」そのもの…と言う線が高い。

「うちの部下がヘマしたらしくてねぇ…。柱を回収しに来たんだが…その様子だと間に合わなかったみてーだな。…うーん。」

男はその真っ赤に染まった前髪を鬱陶しそうにたくしあげた。見えた目は左右の色が違う…右は闇の様に黒く、左目は天使の翼の様に白い。

「…しかし、このまま手ぶらで城に戻るのもなんだか癪だから、手土産に特級を持って帰ろうって魂胆さぁ…。」

男は頼んでもない素性を明かし出した。

「…んで、俺様は君らで言う神殺かみごろしって奴よ。聞いたことくらいあるでしょ、コロナさん?」

表情も、行動も至って普通な訳だがなぜこんなにも冷や汗が止めどなく吹き出てくるのだろうか…。足は震えが止まらなく、呼吸も落ち着きを取り戻せない。

「きっ貴様…クローバーに何をした…?」

やっと喉から声が微かにだすことが出来た。しかし声は上擦り、まともに話すことは無理そうだ。

「いや、何も。勝手に自爆しただけだよ。」

男は軽々しくそう言うとどこから持ってきたのか身丈の二倍にもなる大剣を振り回す。刃は鋸の様に無数の牙によって造られている。まさに殺しの武器。所々に生々しく血がベットリと付着している。

「…私を殺しに来た?」

言葉を聞くと男は鼻で笑った。

「いんや。これは殺しじゃねーな。」

やがて大剣を床に突き立てて私と目を合わせる。まともな目をしていない。目に入るもの全てを狂気へ取り込ませるような本能剥き出しの瞳…。

「…安心しろ、死神。テメーは死ぬんじゃない。…消えるだけだ。貴様等は生きもしてないくせに存在する、神の反逆者だ。我々は死する存在の死を認めない。…いくぞ。」

そう言うのが早いか大剣が頬を掠めた。今のが峰打ちでなかったら…嫌な考えが頭を廻る。

「逃げるなよ…元々無いモノがまた無くなるだけだぜ?世界はなんにもかわんねーよ。」

男は容赦なく私に大剣を向けてくる。攻撃をかわすのがやっとで反撃は疎か逃げることも出来ない。これではどの道、私が消されるのは見えている。攻撃速度は先程の敵よりか速くないが、やはり脚が震えて上手く身体が動かないのだ。

「くっ…!!」

ついに壁際まで追い込まれた。男は変わらず空っぽの笑顔を振り撒く。

「では、遺言だけ聞いておこう…死神よ。」

刃を首筋に立てて不気味に喉を鳴らす。この男の剣…さっきのクローバーを見た限りでは再生は不可能か…また死ぬの?…私は…。


―待っていたぞ…神の手先よ…。

「…変わった遺言だ…ぐっ…!?」

男の腹部が真っ赤な染め上がり大剣が床に叩きつけられた。痛みから笑顔が崩れる。

―まさかこんなにも早く顔を出すとは思わなかったぞ…大罪よ。

その冷徹な声は私の喉を通して発せられる。

「お前…既に…ってたのか…っ。」

赤く染まった腹を押さえて苦笑いを保つ男。形勢は逆転した。

―さぁ…どうだかな…これ以上貴様の相手をするのは時間の無駄だ。

「へへ…っ。あと一歩だったんだがな…。運が悪かった…っ…。」

―変わった遺言だな…。

男が落とした大剣を握り男の首に向かって振った…。

―…今日は何だか威勢が良いな…。

その剣を止めたのは髪の長い女だった。此方の大剣に負けず劣らず大きな剣を握っていた。

「お逃げ下さい、陛下…ここは私が…っ!!」

直ぐに切り返して攻撃したが見事に止められた。華奢な身体からは想像できない見事な剣裁き。

―ふむ…。

「やめとけ…シクナ。相手は特級だぜ…?」

この男はそう長くないな。

―もう少しか?

「ぐぁあぁあああっ!!」

男の腹部から更に血があふれだす。

「貴様っ!!」

女は剣を払い除け私に向かって剣を振り回す。しかしどれも感情に流されて動きがパターン化している。右腰への攻撃を剣で止めるとあっさりと女の大剣は弧を描いて廊下の暗闇の中へ消えた。

―…大罪よ…この勇敢な女に対しての計らいだ…どちらかの命を見逃してやろう…選べ…。

…返事がない。既に男は死んでいた。

―?

右胸にチクリと痛みが差す。見ると小刀が刺さっていた。目の前でおんなが息を切らして笑みを溢している。

「やっ…やってやったわ…はぁ…。」

刺さった刀の柄を握って引き抜いた。…やがて流血が始まる…。

―…。

躊躇なく傷の中に手を突っ込んだ。中に何かある。それを握って引き抜いた。

ぴぎゃあああああ!!!

甲高い悲鳴が辺りに響く。赤子の泣き声の様に耳を刺す高音だがどこか男の様な狂気を感じることができる。徐々に泣き声が増えていく…それと同時に右胸の傷から人の体をした物体が何体も出てきた。みんな身体が血の様に紅く確認できるのは外郭だけで表情も体付きも性別も分からない。その物体が傷から我先にと沸きだしている。私は何も出来ず只々それを見ていることしか出来なかった。痛みは無いが何か複数の人格が私に話し掛けてきた。

やがてその物体達は傷から全身を出すと地を這いつくばって二足歩行せずに恐怖でその場に立ち竦む女に向かって動き出した。

「なっ…何なのよ!?これ!!」

腰から拳銃を二丁取り出すと一心不乱に血塗れの物体に向かって打ち出した。しかし物体は諸ともせず、大群の進行は止まらない。女は半分発狂した顔で銃をリロードしては打ち続けている。私はそれを見つめるだけ。

物体はその間も止めどなく傷から出てきた。人と思わしき外郭しか分からない存在であったが身体の大きさは確認できる。成人、子供、幼児…中には胎児の様な個体もあった。しかしある程度の大きさのない個体は地に落ちた時点で小さな呻き声を出してその場で動かなくなってしまう。それは湧き出る物体達に潰されて消えていく…。いつの間にか廊下は物体で埋め尽くされていた。

「なんで死なないの…?…ねぇ!?なんで!?」

ついに一体の物体が女の足首を掴んだ。女は何かを悟ったように拳銃を降ろし不気味に笑った。無抵抗のまま、女は動かない。当然のように物体は女の身体を這って上半身へと向かっていく。そうして何体もの物体が女の身体へと登っていった…何かを求めるように、何かを待たせているように。

やがて一体の物体が女の口へ入っていった。身体を器用にくねらせ、口の何倍にもなる身体を入れていく…それでもなお女は抵抗なく虚ろなままだった。

何体もの物体が口へ侵入していく…。何体目かが女の口に入ったとき大群の動きが止まった。すると女は物体に埋もれながら奇妙な笑い声を発し始めた。

「ふひひ…ふひゃ…ふひゃひゃひゃひゃあ!!!!!!!」

女は腰から小型ナイフを取り出し、それを首元にやると躊躇なく自分の首目掛けてぶっ刺した。ぶしゅっと鈍い音が辺りを支配すると物体達は少し悲しげに床に溶けていく。女はひぃと微かに引き笑いを漏らしてその場に崩れていった。

―女は死に殺された。


気付いた時には大量の物体はそこには居らず虚ろな目をした女が自害した死体がポツンと行儀良く座っていた。喉から血が滝のように流れている。物体が入っていったその口は左右に裂けていて元の三倍程の大きさになっている。笑うように少し口角が上がっている様に見えたのは気のせいだろうか…。

私の方はと言うと右胸の傷はすっかり消え、もうあの物体が出てくる様子もなくなっていた。

私は女に近付くとそっと頬を撫でた。冷たくやはり女は死んでいた。瞳に光は射しておらず虚ろにそこにある空間を見つめて離さない。

―?

暫く死体を見ていると頬にぼこぼこと凹凸ができ始めだした。やがてそれは女の身体中で起こりだした。何かが生まれる…。


…それは一瞬の出来事だった。これから半永久に生き続ける我が身に取っても一瞬でしか無かったが、それが全ての始まりである。全ては一瞬から始まり、一瞬で終わる。

やがて始まる物語は全てはこの一点に集中することになるのだから。

これこそ原点で始まり。―零


女の死体が吹き飛んだ。肉片と幾らかの内臓を辺りにばら蒔いて、文字通りの血の雨を降らせて、女の死体はそこから消えた。

女の死体が元あった場所には私によく似た人間…の様に見えたが、やけに肌が白く唇の間から僅かにみえる犬歯もやけに長い物体が居た。綺麗なウェディングドレスを着ている。

…ウェディングドレス?

―ついにこの時がきたのねぇ。

ウェディングドレスを身に纏った物体は言う。

―何だかんだ時間掛かっちゃった…。

何処かにクローバーの様な神々しさがある女性の形をした物体。

―待っていたわ。さぁ…行きましょうか?

物腰の柔らかそうな笑顔をする。しかしどこかに狂気を感じさせる笑みをする女性だ。

―どうしたの…さぁ。

女性は腕を伸ばしてきた。綺麗なウェディングドレスに似合う、生きた芸術の様な手だった。一瞬の躊躇いの後、その手を私は…そっと取った。

―それは始まり。

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