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銀色の翼  作者: 市ノ川 梓
第断章 悪魔の心臓
38/43

第三十七翼 悪病の愛

「くっ…。」

男の胸部を貫いた腕を引き抜くと、ドレスは更に赤みを増していた。血を払って爪に付いた残る血をそっと舌で舐めた。美味うまくはない。男の身体にはぽっかりと穴が空き、そこから滝の様に血が流れている。本来なら心臓のある場所には空間が存在し、彼の体は瞬く間に血の池の中、二度と動くことがないだろう。

しかし男は倒れなかった。脚が確かに身体を支え、血の池に立っている。それは男がまだ生きている証拠だ。呼吸をし生意気にも自然が作り上げた酸素を吸っていやがる…。心臓を無くしてもなお立っているこの男は一体…?

「くくっ…。」

全身を血で染め、下をうつ向いて流血も止まりかけの男は口で笑った。表情は見えなくても息遣いで分かる。確かに笑ったのだ。

「実に哀れなものだな…。」

ゆらりと顔を上げる男はやはり笑っていた。自分の返り血を浴びた顔が不気味である。私は後ろにひるがえして下がった。吸血鬼でもこのニンゲンはオカシイと分かる。自分の置かれている状況を理解していないのか?心臓を綺麗にくり貫いたのだ。普通のニンゲンであれば即死のダメージの筈だが…。

「舞…吸血鬼を人間の上位生物か何かと勘違いしている様だが…一言だけ言っておこう。」

息を飲む。…ではコイツはニンゲンではないのか…?ニンゲンの形をした何か…それか吸血鬼自身か…。

「人間こそが神だ。」

背中に暑い感覚を覚えた。腹を見ると見事に刺さった刀身が朱に血に染まった長刀があった。激痛が全身を走る。

「ぐふぅ…。」

吐血した。やがて血は顎を伝い、地面を汚す。私の血が…。身体を貫いた真っ赤な長刀は唐突に抜き去られた。傷口から止めどなく流れていく紅くドロドロな液体。おかしい…傷がすぐ回復されない…。不死身の身体が確かに傷ついている。意識が若干、遠くなっていく…。

「貴様…我にナニヲ…ぐあぁぁっ!!!」

また背中に鋭い感覚を覚えた。身体を斬りつけられている…!!今すぐにでも振り向いて後ろにいる奴をズタズタにしてやりたいが身体が動かないのだ…。今回は動かせない、ではなく動けない…ワイヤーか何かで固定されている。さっきから身体の節々がキリキリと痛むと思っていたら、それのせいだとワイヤーから垂れる私の血を見てやっと気づいた。つまりは思考がそこにまで行かないほど意識が遠くなっていると言うわけだ。最後の力を振り絞って真っ直ぐ前を見つめるとそこには先程の傷が完全に修復された男の姿があった。右手に握られた神々しいつるぎは邪を寄せ付けない正しく神の剣だった。

「舞…いや、コロナ…。ついに終わりが来たようだな…。」

ぐっ…どれだけ力を入れてもワイヤーが切れない。逆に逆らえば逆らうほど締め付けられる…。意識を無くした方がどれ程良かったか。死にたいと思わせる程の激痛が全身を支配する…気絶するのが普通と思うがやはりこの身体はどこまでも普通でないのだ。意識が飛びそうになると後ろからまた痛みを感じることになる。辺りには私と男…しかいない。気配は二人分。では後ろに居るのは…。

「あぁ…。…あぁぁぁぁぁあああああぁ!!!」

しっかりとその剣は心臓を貫いて抜かれることがない。不思議だ。痛みがない…闇の中に吸い込まれていく…。意識がぐっと遠ざかり瞳をついに閉じた…。


「くっ!!」

目の前を剣斬が横切った。瞬時に交わす。瞳を開いた。視線の先は女の剣士が一人。目元が前髪で隠されていて表情が読み取れない。服装はクローバーが着ていたような中世の蒼いドレス。片手には刀身の細いきらびやかな剣。ふと気づくとあの男も痛みも無くなっていた。場所は相変わらず無人の遊園地だが…。幻覚か…夢か…よく分からんが今は…。

女は口からたんの様に血を吐いて剣先を私の喉に向かって突き出す。また後ろに下がり交わす。また剣を突き出す…交わす…。それを何回か繰り返すとまた女は血を吐いた。口から鮮血が流れていく…袖で拭いてまた攻撃をする。

私も守ってばかりもいられない。手刀を作り、右腕を自らの血でコーティングする。女の攻撃を全て打ち返す。女の腕も確かな様だが、私は特別の吸血鬼…。一度ひとたび攻撃に転じれば右に出る者は神くらいだ。勝手に右腕の刀は動き徐々に女の身体に傷を作っていく。ドレスもアバンギャルドな物になってしまっている。やがて女も形勢が悪いと感じたのかバク転を繰り返し距離をとった。私もそれを見逃した。どうせどうしたところで貴様は我に血を吸い付くされる運命にあるのだ。

女は腰から拳銃を二丁取り出して私目掛けて乱射しだした。これも見事、私に狙いが定まっている。しかし交わすのも面倒だ。全ての弾を手刀で跳ね返す。キンッと金属音と共に弾を破壊する。なぜか弾からは火薬の匂いがしなかった。

女は前髪で眼を隠しているがどうやら泣いているようだ。吸血鬼の視力を舐めてもらっては困る。ついでに言えばニンゲン共の兵器の攻撃なんて全て静止しているように見えるのだ。跳ね返すなんて雑作もない。

―いい加減、遊びも飽きたな…殺すか。

手刀を崩して爪を伸ばし、一瞬で女の後ろに付いた。女の呼吸する音が小さく聴こえる。

「ふふっ…死ぬのが怖いか?」

爪で女の腰まで垂らした長髪を綺麗に首で切り裂いた。ばさっと真っ黒な髪達が地面に落ちた。女は拳銃を降ろした。肩が震えている。

「安心しろ…一瞬でアノ世だ。…貴様の血肉は我の身体を作るのだ。光栄に思うと良い。」

グサリと女の心臓を貫く…。しかしそこに女は居なかった。心臓を刺した感覚は確かにあったし、そこにさっきまで女が…。足元を見るとやはり女の長髪があった。辺りは女の以外の変化は無かった。

―いや、無いように見えた。その時は気づかなかったが確かに目で分かる変化があった。

遊園地に合った遊具、アトラクション、売店、有るもの存在するものが全て血で彩られていた。それもニンゲンの血で…真っ赤に。

何故、気付かなかったのか。それはまた視界が真っ赤に染まり始めたからだ。

―くくっ…哀れなものだな。

頭に直接、話し掛けられている。頭が割れそうだ。思わず頭を押さえる。

―感染が始まったようだ…。

感染…なんだ?頭が…痛い…止まらない痛み。暫くすると瞳から血が流れてきた。涙の様に…流れる。逆に紅い涙なのかもしれない。

―実に哀れなものだ。

先程とは違う声…。また頭がぁあがあぁ!!!

―もう、殆ど死化しんかしている…人間には戻せんな。

初老の声…どこかで…。しかし紅い涙も激痛も止まらない。

―どうされますか?殺しますか?

殺す?ふざけるな!最強の死神、不死身の私を殺せる訳が…。

…この感情…私のモノじゃない…。なんだ?私の中に二つの感情が…。

―あぁ…消しておけ…。

嫌だ…死にたくない…。助けて…誰か…私を…助けて…助けて…。

「助けて…ユウ…スケ…ゆうすけ…佑助っ!!」

また瞳を閉じた。瞬く間にまぶたの中が血で満たされる。また瞳を開く。血が流れる。

目の前によわい18の青年一人。

「どうした、舞?」

それは私の恋人。名を…。

ぐさり。

またもこの感覚を感じることになった。腹部を見ると小型ナイフが刺さっている。目線を上げると誰も居ない。誰も…居ない。


「しっかりしろ、お嬢。」

声のする方を見上げると今度はヤナギ。いつものポーカーフェイス。黒いスーツ。手を差しのべている。私はいつの間にか地面に座り込んでいた。ヤナギと初めて会った時の様に…。

「…。」

身体に痛みは無かった。しかし相変わらずウェディングドレスを着ていて腕はやっぱり真っ赤だった。真っ白な掌もべっとりと血が付着している。ヤナギは手をこちらに伸ばして全く動かない。暫くしてから手をとった。血塗れの手を躊躇ためらうことなくとるヤナギはやはり吸血鬼なのだ。

「感染が始まったようだな。」

ヤナギはいきなり喋りだした。感染…と言うことは何かしらの病気か。

「簡単に言うと吸血衝動が起こる、病気みたいなものだな、お嬢。」

無言で答える。どうせ口に出さなくても心を読まれている。

「いや、そんなに頻繁には起こらない。しかもそれはこの世界のモノではない。」

不思議な経験をしまくったせいで目に見えるモノなのに信用できない。コイツ…本当にヤナギか?

「つまりは、別の…ここではない世界でお嬢はここには存在しない人間を吸血したってわけだ。」

ヤナギは私を立たせると何処かへ誘導しだした。…てか、ここは何処だ?さっきまでいた遊園地ではない。辺りは昔、まだ私が人間だった頃に住んでいたような住宅街…の様に見える。空は真っ暗で、月が夜道を照らしている。ニンゲンはいない。

「まぁ、詳しい話は城に帰ってからだ。」

そう言うのが早いか、ヤナギは背中から不気味な翼を二翼生やした。大きさは左右合わせて5mくらいか。身体に対して割合がどうみても合っていない。

「…どうした、お嬢?飛んで帰るぞ。」

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