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銀色の翼  作者: 市ノ川 梓
第断章 悪魔の心臓
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第三十五翼 悪性の愛

ある日いきなり、吸血鬼の様な死神になった私…。それはあまりに突然の事でこれについて深く考える暇がなかった。吸血鬼と言う存在が自分の中で架空のものであったため、自身が吸血鬼になったと言う自覚が持てていなかったのかもしれない。しかし私は今、自部屋の寝室で枕を濡らしている。なぜ涙が流れているのか自分でも分からない。それこそ自分の身体でないからであろうか。

身体と心が別々の意識を持ってるかのように私の意に反していた。復讐を果たしたら、人間に戻って…佑助とまた、遊園地に。そんな微かな希望を持った途端だった。やっぱり心の何処かで分かっていたのかもしれない―。

もう人間に戻れないと言うこと、半不死身な身体になり半永久的に存在していく…。それはいつか終わりのある、永遠の眠りにつく時がくる事より苦痛な事であるだろう。あの美しい吸血鬼の前では気丈に振る舞っていた私であったが、独りになった途端に涙が止まらなくなった。しかしその頬を濡らす涙がですら、異常に冷たく私が人間でないことを伝えてくる。手に生える爪、雪の様に白く冷たい肌も…どこにも人間な私は居なかった。

そしてあろうことかまた私は…目の前で人が死んでいるのを目撃することとなるのだ。


「お嬢、ディナーの準備が出来たぜ。」

私のベッドの隣にいつの間にかヤナギが立っていた。自分の泣き声で足音が聴こえなかったのか…それにしてもこの執事は全く表情に変化がない。ベッドで自分の主人が泣いてたら心配の一つや二つくらいするものではないのか…今だ、無表情執事を信頼していない私が言うのもなんだが。

冷徹な涙を袖で拭いベッドから起き上がる。寝巻きも濡れているが変身に慣れていない私が異性(吸血鬼に性別なんてあるのだろうか?)に見える人(の様に見える)の前で着替えるのは若干、抵抗がある。

そのままいかにも高級そうなスリッパを履き、まだ流れる涙を既に湿っている袖で拭きドアに向かう。やはりヤナギはその三歩後を付いてきた。部屋をでる…。

…しかし肝心な事を忘れていた…何処にリビング、あるんだ…?私はただ真っ赤に染まった寝室のドア向かいの壁を眺めていた。…なんでヤナギ、先に行かないのよ!?こんな泣き顔でアイツに話し掛けるのはなんか悔しい。どうしよう…。

「お嬢、右を真っ直ぐ行って、突き当たりを左だ。」

そっと後ろから道案内を教えてきた。私が混乱している事を鑑みたのかよく分からんが、ナイスフォローだ!

ロボットの様な無表情のまま右を向いて歩み始める…その三歩後を歩く。

…それにしてもこの廊下、薄気味悪すぎる。なぜか照明はぼんやりとしか付いてないし間隔が開きすぎて照明と照明の中間辺りに関しては真っ暗に等しい。しかもこの廊下、横幅は十分すぎる程あるのだがそれと同じ様に縦にも胸糞長い。途中に他の部屋のドアらしきものも有ったが、それにしても長すぎる。人間の感覚で言えば、300mかそれ以上あるだろう。しかも壁紙は赤一色。明るい赤ではなく、どちらかと言うと人間の血のどんよりとした暗い朱だ。圧迫感もそれを無駄に引き立てている。

それでも、その間も止めどなく涙は溢れてきた。自分で止めることの出来ない程、泣くことなんてそうあることじゃない。(目の筋肉が何かしらで壊れてしまったようにも思う。)よくある表現で申し訳無いのだが、ダムが決壊したような感じの正にそれである。

自分の意思に反して涙は流れ続ける…まるで呼吸するかの如く…。


やっとの思いで、リビングに着いたときそれまで決壊していたダムはすっかり修繕されてしまった。ピタッと涙が止んだ。

それは驚きであり、恐怖でもあった。大量の使用人とリビングの奥に大量の食事が用意されていた。よくお姫様が使う長いテーブルに、背凭せもたれの長いイスが並べられ、テーブルの上には今まで見たことのない豪華過ぎる食事がこれまた大量に置かれている。私が呆気にとられていると、

お待ちしておりました、お嬢様―。

使用人の合唱がリビングに響き渡る。同時にラインダンス負けじの揃いに揃った綺麗な礼をされ、これまた圧巻。良く見ると全員、正装から出ている肌が薄く蒼い。なんだこれは…。

「ほれ。お嬢、ぼーっと突っ立ってないでテーブルまで進んでくれ。」

後ろからヤナギの声。前に進めって…このアーチみたいに向い合わせに礼をしている使用人達の間を通れってことか…。

「飯が冷めてしまう。急げ、お嬢。」

「は、はぁ…。」

呆気にとられたまま、使用人の間を抜けて行く。下にはレッドカーペットがしかれ、嫌でもお嬢様気分が味わえる。

リビングも広すぎる。GCのオペレーションルームより、確実に広い。

テーブルに着くと、一番奥の椅子を引きヤナギは私を座らせた。横でグラスにワインを注いでいる。さっきまでテーブルの向かいで並んでいた使用人達はいつの間にか居なくなっていた。あんなに居たのに音も立てず消えてしまった…さっきまでのが幻覚と思わせる程にそこはがらんとしている。と言うかこのリビング自体が少し狭くなってないか?それでもこの部屋の広さはリビングと呼べるものではない。今やこの広い空間にヤナギと私の二人だけになってしまった。

ふとテーブルに目をやるとやっぱり豪華過ぎる食事が大量に並べてある。

「さ、お嬢。食べるがいい。」

なんで、上から目線?

「あの…さ。」

「なんだ、お嬢。さっきのは幻覚などではないぞ。全員、お嬢の使用人だ。」

無表情の執事は口数多いくせに私の後ろに突っ立ったまま微動だにしない。あの美しい吸血鬼とは大違いだ。

「それも気になるけど、今はそうじゃくて…。」

もう一回、テーブルの食事を見た。使用人達の様に音を立てずに消えたりはせず、皆立派に並べられている。

「私、一人じゃこんなに食べられないよ?」

作って貰って悪いけど、と付け加える。

「そんな事はない。お嬢なら食べようと思えばこんな量の食事、余裕で食える。」

余裕で食えるって…この20人掛けのテーブルに隙間なく置かれている食事が余裕って…吸血鬼って皆、大食いなのかな?

「…ようは、満腹になり食べられなくなることを気にしているのだろう、お嬢?」

「言わずもがな、だけど。」

手が勝手に料理に向かって動いた。そう言えば昼食、食べ忘れてたんだった。しかし空腹感を微塵も感じない。

「安心しろ、お嬢が満腹になることは未来永劫、金輪際、あり得ない。」

「へぇ…って、えっ?」

ワイングラスを鼻元に持ってきて匂いを嗅いでみる。…やっぱりワインだ。アルコールの匂いがプンプンする。

「お嬢、腹、減ってるか?」

ワイングラスをテーブルに置いた。私はまだ未成年だ、アルコールは控えなければ。一応これでもEARTHの一員だしね。

「悪いけど、空いてはないわ。…食べられなくも無いけど。」

自分でも不思議で仕方ない。いつもならカツカレー食べたい病(自称)にかかってる筈なのに…。

「そう言うことだ、お嬢。」

「何がそう言うことなの?」

「吸血鬼は満腹も知らなければ、空腹も知らない、と言う事だ。」

あまりに大量の食事なのでどれから手をつければ良いか分からない。よく考えたら吸血鬼も人間と全く同じ食事をする様だ。どれもこれも見たことのある料理だ。吸血鬼オリジナルの料理とかない。ところで私は苦手な食べ物が多く偏食家なわけだが、今日は見る物が全て美味しそうに思える…なぜなのか。

「そもそも、食事とは人間の文化を取り入れた結果生まれた行動だ。元々吸血鬼は食事をする必要はない。」

「じゃあどーやってエネルギーを取るのよ?」

私は馬鹿な質問をしたものだ。吸血鬼ならエネルギー源など決まっているではないか。

「…お嬢、俺等は吸血鬼だぞ?」

「…うん、だから?」

取り敢えず、目の前に置かれていた巨大なローストビーフを口にした…美味い!旨すぎる!

「そんなの人間の血に決まってるだろ?」

その瞬間、ハッキリと気を失った。いつかカツカレーを溢した時と同じ感覚。自分が気を失っていく様子を客観的に見ている自分がまた何処かに居るような感じ…身体は気を失ったけど、まだ自分の意識自体はある。…きっといくら説明してもこの感覚は伝わらないだろう。これは一度体感した者にしか分からない違和感。

世界がゆっくりと動き、ゆっくりと自分が椅子から落ちて行く…。私の目はハッキリと倒れる私を見ている執事を見ていた。(なんかややこしい)こんな時でもその執事は無表情のままで、私を心配している様子が全く感じられない。まだ私は倒れていた、宙に浮いたまま、地面に向かって落ちていっている。この時間が無限に思われるのはきっと私だけじゃないだろう。

つまりはさっきから言ってる通り、意識はあるのだ。しかし身体は既に気を失ってるため感覚がない。目に映る光景…つまりゆっくりと落ちている私を見ているヤナギを見ている私が今居る世界の全てなのだ。やはり違和感を感じられずにはいられなかった。

しかし、それも終わりが近づき…ついに意識もいなくなった…。



次に目を覚ましたとき、私は目を覚まさせた死神を怨んで仕方なかった。ついに私は死神に憑かれてしまったのだから――。

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