第三十四翼 悪徳の愛
「…それは、あれじゃ。妾は只、ダイアモンドの原石を磨いただけ。そしたら予想外のカラット数だったって話。それだけじゃ。」
クローバーさんは淡々と私の質問攻めに答えていた。顔を見て会話すると、あまりの美しさに見とれてしまうため、クローバーさんの座っている玉座の背凭れを見つめての会話だ。とても豪華な玉座…あんなに金をあしらってしまったら、逆に背中を痛めそうだが…使いやすさより、見た目…と言うわけか。
「いまいち、納得できませんが…。」
「まぁ、そんな事考える必要はない。迷惑だったかのう?」
「どちらかと言えば、そう…かも…。」
語尾が小さくなってしまった。
「まぁ、貴女は妾にとっては大事な娘じゃ。別に取って食おうなんてする輩はおらんじゃろう。」
「はぁ…。」
クローバーさんの言うことには妙な説得力があった。これも女王由縁の才覚か。
次の質問をしようとすると、また王室の空間が声を発し出した。
「クローバー様、スペード様から伝言を…」
その声を聞いた途端、クローバーさんの顔付きが変わった。目がさらに冷酷なものとなっていく。
「ほぅ…。で、スペードはなんと?」
「クローバー様に全て、お任せすると。」
ふぅむ…腕を組んで考え込む、クローバーさん。この人はどんな姿をしていても芸術品に見えてくる。人ではないけれども。目を奪われるとは正にこの事である。
「スペードめ…何を…。」
クローバーさんはまたワイングラスを口元に運んだ。あの中味…赤ワインに見えるけど吸血鬼だけに人間の生き血とか…。
「なんじゃ、これか?これは見たまんま、赤ワインじゃよ。血は鮮度が命ゆえ、この様に保存したりしないわ。直接人間様から頂くのが一番上手いのじゃ。憶えておけよ?」
とだけ言うとまた黙り込んでしまった。
「…クローバー様…どうされますか?」
「取り敢えず下がっておれ。後でまた呼ぶ。」
「はっ。」
空間の意識がなくなった。クローバーさんはワインを一口飲んで、また私と目を合わせた。
「…でどこまで話したのかのぅ?」
「えっと…私が襲われる事がなんとか…って…。」
あぁ…とクローバーさん。
「基本的に吸血された人間は吸血鬼になる…と言う話はシスから聞いたのう?」
「はぃ…。」
圧倒的、迫力。私はやっぱり人間でない者と会話しているんだとこの迫力が伝えてくる。その中でもこの吸血鬼の迫力は他の吸血鬼と比べても段違いなのだろう。吸血鬼に生る前の私だったら直視することすら出来なかったと思う。
「では、その吸血による吸血鬼の階級の違いは?」
「…あの、特級以上の吸血鬼に吸血されるとその場合のみ、そのまま特級吸血鬼になる…ってやつですか…?」
相手が偉い人だと分かると尻込みして声が小さくなるのは人間の頃からの悪い癖だ。元々、吸血鬼は五感が優れているらしくそんな事は問題にならないそうだが…ヤナギからの受け売りである。
「それじゃ。故に貴女は普通の吸血鬼とは違い、吸血鬼になった瞬間から特級吸血鬼になっとる。飛び級じゃ。」
いまいち、話が飲み込めない。
「そもそも普通の吸血鬼に吸血された人間は最低階級のWに転生するじゃがのう…なぜか特級に吸血されると絶対にその人間は特級になってしまうのじゃ。」
「はぁ…。」
そこは理由、分かってないんだ…。
「吸血鬼の階級は吸血した人間の数によって決められている。それは吸血鬼がいろんな人間を吸血する事によって、肉体的に強化されていくからなのじゃが…。」
また口元にワインを運ぶ。さっきからグラスの中身が全く減っていないのは気のせいだろうか。
「どんなに普通の吸血鬼が吸血数を増やしたところで、どんなに肉体強化したところでK以上には成れんのじゃよ。あくまでKはJKには成れないのじゃ。これも未だ、謎。」
「それは…。」
するとクローバーさんは私の全身を舐め回すように見渡した。隅から隅まで、しっかりと。そんなに冷酷な目で見られたら視線がまる分かりだ。なんか胸元に視線が集まっているような気がする…。冷酷な視線からは本当に寒気を感じる。ふぅむ…とクローバーさん。
「…特級は他の階級とは比べ物にならん力を持っている。圧倒的じゃ。他の力を凌駕しておる。転生しながらの…。しかしさっきも言った通り、普通にしていても特級の数は増えないため、個体数がこれまた圧倒的に少ない。たぶんこの城には妾と貴女のみじゃ。」
やっぱり何言っているのか分からないが取り敢えず、特級がレアなのは分かった。
「そう。レア…希少種じゃ。」
そう言うと玉座からクローバーさんが消えた。私が探していると既に私の真横に居た。まるで玉座から消える前からそこに居たような風格だ。クローバーさんは私より少し大きいくらいか?…少なくともヤナギよりかは大きいだろう。やっぱり美しい。
するとクローバーさんは真剣ならぬ冷酷な目付きで私の胸を下から持ち上げ出した。重さを図るように、芸術品を鑑定するように。嫌とも言えず黙ってその行為を見守る。クローバーさんはうーむと一人唸っている…。私の胸がなにか…?
「…普通の吸血鬼…ここではK以下の階級を指すが、は他の吸血鬼に吸血されると階級関係無く能力を吸収され、存在が消滅する。まぁ人間で言えば死、と言うことなるかの。しかし、特級は別じゃ。吸血鬼に吸血されると逆に吸血した吸血鬼の能力を吸収し、吸血した方が消滅してしまうのじゃ。瀕死の状態を除いてじゃが。」
相変わらず、クローバーさんは饒舌ながら私の胸を上下にさせていた。なんのために?そんな事を真剣なクローバーさんにするのは検討違いだろう。
「じゃから余程の事がない限り、他の吸血鬼は貴女を襲ってはこん。吸血鬼も死ぬのは嫌じゃからのう。」
するとクローバーさんは私の胸から手を離した。ふぅ…と安心していると、次は胸を鷲掴みしてきた。その冷たい手で私の胸をこねくり回している。それこそパンを捏ねるように力強く揉んでいる。揉みまくっている。しかしなぜ自分の胸が揉みまくられているのにこんなに客観的に成れるかと言ったらまるで痛みがないからであろう。あんなに揉まれているのに全く痛みをともわない。それどころか、感覚もないような気がする。案外、自分の身体なのに感覚ないと言うものは恐怖を与えてくれる。私は女としての羞恥としてさすがに嫌がった。
「ちょちょっと…クローバーさん…?」
それまで真面目な様子で他人の胸を揉んでいたクローバーさんは私の言葉に我に返ったかのように胸から手を離した。
「あぁ…すまんのぅ…ついな。」
私は乱れた服装を整えた。と言っても今はウェディングドレスを着ているので整え方なんて分からない。取り敢えず、肌が見えないようにした。…あれ、私の肌…こんなに綺麗だったかな?
「でも、何も感じなかったじゃろ?」
こくりと頷く。
「それは、自分の身体でないからじゃ。」
…?
―吸血鬼…正確には吸血鬼の様な死神…は身体を持たない。と言うかほぼ全ての神は身体がない。と言うのは吸血鬼も始め、最近までは只の死神じゃった。死神とは死そのものであり、身体を持たない。強いて言うならば生き物が死んだその姿が死神じゃな。
…ややこしくしたかの。取り敢えず、死神は生き物の生を喰って生きていた…いや、生きていると言う表現は誤解を招くの。…存在しておった。しかし、ある事があってからの、死神達は各々の特化した殺し方で生を喰うことにしたのじゃよ。
―ある事とは?聞くな。いつか知る時が来るであろうが、今はその時でない。…で、吸血と言う殺し方に特化した死神…それが妾達の祖先じゃな。そのため、元々姿、形がない。あの後に身体を手に入れた死神をおったらしいが皆一様に神殺に殺されたらしいのう。
―安心せい。神殺については後で説明する。名通りの神を殺すことを生業にしておる神じゃよ。そう覚えとけい。取り敢えず形がない妾達のこの姿は言うならばイメージじゃな。人間の様な姿じゃ。これにはきちんとした理由がある。
―そう急かすな。ワインくらい飲ませてくれ。妾はあまり話すのが得意でないのじゃ。…。…でその理由とは、人間…妾達の食糧を狩りやすくするためじゃ。魅惑し、油断させ、簡単に狩りをするためじゃよ。
―酷くないわ。貴女だって人間として生きるために他の生物の生を喰らってきたのだろう…?妾達とそう変わらんよ。…じゃからこの姿は武器じゃ。自分のイメージで作られた武器じゃよ。だから吸血鬼は皆美しい。元人間の貴女から見ても妾は美しいじゃろう?それこそ目が奪われるほどのう。
―そうじゃ。貴女は理解力があって此方も助かるわい。
―あくまでイメージじゃから自由に姿を変えることが出来るのじゃが…自分のイメージと言うのは中々、変えることが出来なくての。精々、服装程度しか変えられん。…あとで試してみるとよい。
―不衛生?んな事はないのう。この姿はイメージじゃから幻影の様なもの。汚れることすらないわい。吸血鬼もシャワーくらいはあびるがの。そんなのは妾達の食事みたいなもんで人間としてのイメージを無くさないようにある程度人間と同じ生活をしているにすぎない。安心せい。妾達はまがいながら神じゃよ?
―多分…まだ人間の名残が残っているのじゃろうな。しかしそれも時間の問題じゃ。近いうち劇的に身体が変化する時が来るがあんまり驚かんようにな。よく考えたらこれを教えてから胸を揉んでも遅くなかったのう…。スマン、すまん…妾、反省…。
―貧乳だった?それは良かったのう。妾は物心ついたころからこの姿、吸血鬼じゃったがその気持ちは残念ながら分からんのう。そもそもこの胸は人間…特に男の人間を惹き付けるための武器であって、人間の様に子に精液をあげるためにあるのではないぞ。
―えっ?あれは母乳?…つまりは乳か。知らんかったわい…。いくら神でも知らんことくらいあるわい。しかも妾は神は神でも死神じゃ。んなこと知る訳がない。いままで人間は自分の子に精液を与えているのかと…不埒な生物のうと思い込んでおったわい。いやはや…。二千年生きておっても知らんことはまだまだあるようじゃ。
―また質問か…今度はなんじゃ?
―性交?んな事せんよ。大体姿、形は人間に見えるが身体の構成はまるで違うからな?妾達は幻影じゃ。人間の男とも、吸血鬼の男とも子は作れんよ。不可能ではないがの。しかし妾は我が娘にそんな不埒な行為をさせる気はない。分かったか、我が娘。
―…確かに、我が娘はちょっと名として良くないの…。しかし人間でもないのに、人間の名を名乗るのものう…。吸血鬼の名はクローバー家の奴は全て、妾が決めておったのじゃがのう…流石に跡取り娘に安易な名はつけられんし…。とか言うと他の吸血鬼共に叱られるの。
―?…当たり前じゃろ?何のためにNの奴等を使って確実に貴女を捕まえたと思っておる?貴女は第三柱目のクローバー嬢じゃ――。