第三十二翼 悪魔の愛
私は、岩島舞と言う人間は死んだのだ。それを確固たるものにしたのはやはり自分の姿の変わりようだった。目立った変化こそ無かったが、犬歯が牙のように尖っており噛み合わせが悪い。爪も同じように伸びて尖っておりそれは人間のものではない。何より以前より変わっていたのは、自分の服装だった。さっきまでは血のべっとりついたオペレーター専用の軍服を着ていたはずだったが、それとは真逆のものを着ていた。ウェディングドレスの様だが…血の跡が有ることは変わりないがとても動くことには向いていない服装だ。真っ白いドレスに血が付着し、不気味な雰囲気を醸し出している。髪の毛も異様な程、伸びていた。ざっと腰まで伸びている。まぁ、見た目で分かる変化はこの程度か。
「目を覚ましたか、お嬢。」
は?お嬢って…馴れ馴れしいな。視線を自分から上げると、オールバックにした、スーツを着た男が立っていた。目付きがかなり悪く、顔色も具合が悪いとか言うレベルの白さではない。ぱっと見、人間に見えなくともないが口から牙が出ておりやはり人ではない。
「ふぅむ…。中々の美女だな。あいつらの行動は分からなくないもない。」
男は淡々と口を重ねていた。何者なのか。
「あ、あなたは…?」
声を発すると自分の声の高さに驚く。元々、女の中では低い方ではあったがこれではそこらの女より高く…美しい。
「あぁ…自己紹介というやつか、お嬢。俺は、クローバーの…っても分からんか…。」
…何か馬鹿にされているような気がする。取り敢えず地べたに座り込んでいるのも難なので立ち上がった。男が手を差しのべてきたが無視した。こうしてみると、男は案外小さい。私と同じくらいだ。
「まずは、お嬢もパニクってるだろうし、状況説明からしようか?」
それは願ってもみないことだ。正直、ここがどこか全く分からなく、自分もすっかり変わってしまいパニックを越えて呆然としているところだ。中世のお城の王室の様な場所だが…。
「…お願いします…。」
男は少し黙ってから、ゆっくり口を開いた。
「じゃ、取り敢えずは俺の事はヤナギと呼べ。呼び名が無いのは不便だ。本当の名はもう少し長いのだがそれは後でな。」
男は顎に手を当て話す内容を考えているようだ。そう言えば年齢は…。
「歳は意味の無いものなので覚えていないが、人間界単位でざっと450年くらいはこうしてるな。」
「よっよんひゃく…。」
やはり人間ではあり得ない。ましてそんなに生きる生物、聞いたことがない。
「あぁ、俺達は人間ではない…。そんなこといくらバカお嬢でも分かっておろう?」
「ばか…おじょ…う。」
なんかバカにされっぱなしで悔しい。
「俺達は…うーん、説明しずらいな。人間の言葉は不便だ。全く…なぜ人間に…。」
ヤナギは親指の長い爪を噛み出した。イライラしているのか…?私の視線に気づくとさっと腕を背に隠した。
「すまん、お嬢。みっともないところを見せたな。…俺達は、…吸血鬼…の様な神…いや、死神か?…いまいちピンと来ないな。」
男は一人悩んでいた。私への説明に四苦八苦しているようで、別に気づかう面識も無いのだが取り敢えず、折れた。
「わっ分かりました。取り敢えず、吸血鬼みたいな人間って事で…。」
――やはり、私は人間に戻りたいのか、現実から逃げたいのか。人間を前提に考えを進めていた。
「そっそうか?助かったぞ、お嬢。なんせ、特級に仕えるの初めてなものでな。」
特級…?
「ん、あぁ…。それも説明か…。俺達の位の高さってやつかな。特級、別名JK、K、Q、J、N、Wの高い順に振り分けされてんだ。因みに、特級に仕えるなどの王宮に関する仕事につけるのは、J以上だ。」
「じゃああなた…ヤナギはJ以上ってわけ?」
「んまぁ…そーなるーかな。」
なんか返事が曖昧だ。しかしそんな事は気にしていられない。別世界に来て分からない事は山ほどあるのだ。
「それはどうやって振り分けされてるの?」
「そりゃあ、吸血した数かな?」
「吸血?」
「さっき言ったろ、お嬢。俺達は吸血鬼みたいな死神って。吸血鬼の由来はそこから来てる。吸血鬼の仕事は人間の血を吸血することだが俺等の場合、吸血した人間を吸血鬼化することが仕事だな。故に死神。」
ヤナギは私に手を差しのべるとその冷たく凍るような目でとるようにと意思疎通をしてきた。一瞬躊躇ったが、ゆっくりと手を重ねる。とても冷たい掌だが自分も冷たいのかそんなに気にならない。おじきをしてゆっくりと歩き出した。私も隣について歩き出す。
「あの…どこへ…。」
「それはお楽しみだお嬢。さぁさっきの続きを話そう。」
盛大に誤魔化された…。
「お嬢も分かっての通り、特級であるためには大量の吸血をしなくてはいけないわけだか…お嬢の場合は特別だ。」
「特別…。」
「あぁ、特別だ。お嬢を吸血した吸血鬼みたいな死神が特級だったんだ。」
私は分からないことを伝えるために首を傾げた。
「ん、なぁに特級に吸血された人間は初めから特級って事さ。…故に滅多な事では吸血しないんだが…。やっぱり、お嬢は特別だ。」
ここでヤナギが歩みを止めた。私も止まる。ずっとレッドカーペットの上を歩いてきたため、何処に向かっているのか大体予想はついたが。
「クローバー様、お連れしました。此方が先ほどの…。」
目の前には立派な玉座があったが誰も座っていない。ヤナギは空間に向かって話す趣味をもつ残念な男だったのか。
「ふむ…やはり、ダイアモンドは原石の頃から輝きを持つものなのだな…シスよ。」
急に何処からか声がするから辺りを見回したがそれらしき人は見当たらない。とても美しい、流れるような声だが幻聴か。程なく、ヤナギはまた独りでに話し出した。
「その通りで御座います。先ほどの無礼をどう詫びれば良いか…。」
「なぁに、シスが気にすることでない。」
やはり、幻聴などではなく空間が喋っているよう…。
「…アレも少しは感情を持ち合わせておるのか…良い事を知った。御苦労だった。もう下がって良いぞ。」
「はっ。」
次にヤナギを見たときには既にそこには居なかった。歩いていった様子もない。この狭い空間に、私一人…。
ふと玉座の方を見ると知らない女性が一人長く白く綺麗な足を組んで座っていた。
「そう、驚くでない。妾が先ほどからシスと話をしていた、クローバー=ジョーカー=フログランセス=シス=フェルマーだ。」
「クローバー…ジョー…」
「ははっ!真名など覚えなくて良い。妾の事はクローバーと呼べ。」
「はぃ…。」
あまりの美しさに見とれて名など耳に入ってこなかったのが、正直なところだ。美しい瞳、スラッとした身体、しなやかな黒髪の髪の毛、細い手足。全てどこを取っても美しい。まるで生きた芸術品だ。その上、声は聴いているだけで耳が癒される、治癒効果が有りそうと思わせるほどの美しさ。服装はこれまた王宮に似合う、真っ赤なドレスだった。人間の女なら憧れの…いや、人間の成せる姿ではない。これは人でない生物だからこそ叶った姿なのかもしれない。
「そう畏まるな。シスから聞いたのだろうお前を吸血したのは妾だと。」
シスとはヤナギのことか。そういえばヤナギも長い名前がなんとかだ、とか言っていた気がする。
「はっはい。」
正確には、特級の吸血鬼に吸血されたとしか聞いていなかったが…。大方予想はついていた。
それは予想というより寧ろ、直感だった。吸血鬼の血がそう伝えている…この吸血鬼と血を共にしていると。こんな美しい吸血鬼に私は、吸血されたのか…。
「ふむ…。では、このクローバー家の事も?」
「いえ…そこまでは…。」
どう接し良いのか分からず、どうしても語尾を濁して話さなくてはならない。
「やっぱりな、自分の口からでは言いづらいだろう。では妾が直々にクローバーの話をするとしよう。」
クローバーさんは手元の赤ワインを口に運んでから口を開いた。
「…クローバー家は最も、古い貴族の一つだ。元よりこのクローバー家が果てしない数の人間を吸血し、邪魔の礎を造り上げたのだから。」
「あの…邪魔とは…。」
「あぁ、邪心吸血魔境の略だ。簡単に言えば、妾達の住む世界の事。大きい意味で取ると妾達のことかの。」
クローバーさんはちょいちょい古風な発言をする。
「…で、クローバー家が繁栄した辺りにその子孫が絶対王政を崩すべく反対勢力が目立つようになってなぁ。全く、大変だったよ…あの頃は。…約、二千年前の話かの。」
「に、にせんねん…あの…やっぱり私達ってぇ…。」
「勿論、不死身だ!!」
クローバーさんは凄い笑顔で此方を見てきた。
「で、そこで妾の子孫は宇宙に散らばってしまってな…。差し詰め、家出した子供達じゃ。」
「はぁ…。」
あまりのスケールのでかさに頭がついていかない。
「じゃから、散らばったの子孫達の行方はしらん。噂では人間と子を作ったらしいが…そんな愚かな事をするやつを妾の子孫とは認めなくないのぉ。」
そこには何か人間への執念を感じた。
「兎に角、ここに居る奴等はみんな純血な妾の子孫だ。安心して過ごすと良い。」
ここから、舞が吸血鬼になるんですがそのため少し舞の話が増えてしまいます。
ちょっとの間、佑助の話は進みません。
ここの辺り、忙しくあまり更新が不安定だったんですが大分落ち着いてきたので今日中にもう一話だけ更新しようかと思います。結構な話数、ストックも増えたので。
最近、周りではインフルエンザが流行っていますね。皆さんも体に気を付けてお過ごしください。
では今後とも、銀色の翼をよろしくお願いいたします。
2012.1.23 市野川 梓