第三十翼 自己の愛
神はいないと思った。
正確には、いないと言う考察が確信したと言うべきだろう。もし私がこの世界の神と崇められる存在にだったのなら独りの実に弱々しい生物一匹にこんな死を与えはしない。
迂闊だった。
いくら自分以外が入ることが出来ないとは言え、単独で最深部に侵入なんて死に行くようなものだと、何故気付かなかったのだろうか。それは知佳や命を有無を言わさず奪われた人々の復讐を果たすと言う意志が私の冷静さを無くしたからに他ならない。
奴等を根絶やしにするため。
奴等の生命を終わらせるため。
奴等に復讐するため。
そんな思いが私を殺した。
死んだのだ。復讐を果たすまで必ず生き延びると決意した私だったが、圧倒的恐怖の前で人間は余りに無力だ。最初こそ、死にたくないと抵抗したがそれが無駄と解ると素直に死ぬことをあっさりと認める事が出来た。しかし私の十八年と言う短く虚しい命はあっても無くても人類への影響は皆無な人生だったが、いざ終わるとなると不思議と悲愴感に駈られる。結局私が生きているとたくさんの人を殺してしまうのだ。罪悪感は私を死に急ぐ為のそれとしては充分。宇宙にとって人間一人の存在の有無は関係の無いことだけれども。
最後にお別れを責めて、運命共同体、佑助には言いたかった。アイツはいつも何も言わず何処かに行ってしまうが、何も言わずに帰ってくる。その点に関しては私の方が質が悪いかもしれない。軽率な行動によって首を絞めていた他ならぬ、私だった。死にたいとは思わなかったが死にたくないとも思わなくなっていた。
今更、後悔したって私の命は返ってこない。さようなら、岩島舞。
そこは悪魔の巣窟の様な場所だった。いや実際に悪魔など見たことが無いので本当のところ、悪魔が居そうな場所と言う意味だ。もし、悪魔が居たとしてもそう確認出来たかは別問題であろう。
呆気にとられた。中が機械兵に占領されていたとしてもレーダーの反応は微々たるものだったため、私でも撃退出来ると腹を括っていた。しかし狭い空気口から出た私の眼下に広がる世界はこの世のものではなかったのだ。
レーダーは故障していたのか、そこには機械兵なんて一体も存在しなかったが、代わりにお迎えしてくれたのはやはり悪魔だった―。
この宇宙に悪魔など存在する訳もなく、そこには悪魔の様な、人間の様に動き、言葉を発する生物が大量に存在した。私が司令棟の変わり様に目を点にし立ち尽くしていると、その悪魔の生物は私に話し掛けてきた。私に…その物体が喋る、と言うか発する、訳の分からん不協和音が理解できたわけではない。ではなぜ私が彼等とコンタクトを取れたのか?…それは不協和音の言葉が意味こそ分からなかったが、その生物の意思が伝わったからである。まるで高度な文明を持つ宇宙人が下等生物である人間に語りかけているようだった。
「貴様は我等の敵か。」
そう只一言だけ、私に尋ねてた。その言葉にどんな深い意味が隠れているのか残念ながら理解できなかったが恐怖を一切感じなかった。それは悪魔の巣の様に様変わりした司令棟に住み着いた生物に私は恰も知り合いだったの様な感覚を憶えたからであろう。見た目は正に人類が抱く悪魔のイメージそのモノだ。しかし、そこに妙な親近感を持ったのは私がこれから地獄に堕ちるからであろうか?
―勿論、私は機械兵にこそ敵意を持っているが悪魔を敵と思ったことはない。親近感のある悪魔なら尚更だ。
「…少なくとも敵ではないです。」
と一言。敵でない存在が自分の味方であるとは限らない。そこには疑心の気持ちより好奇心の方が強かった。悪魔の正体を、ゼアールの新たな生物兵器か、人間の味方か、それとも…。いつの間にか私の戦意は無くなって、気持ちを赦していた。この時、既に悪魔に意思を支配されていたのかは今となっては分からない。
私の言葉を理解したのか悪魔達は会話を始めた。さっきと変わらぬ奇声だったが今度は何も解らなかった。只の不協和音…いかにも耳に悪そうな。それは会話などではなかった。
―暫く奇声を耳にいれていると小さく頭痛がした。徐々に痛みは増して行き、激痛に変わっていた。よく、頭が割れそうなくらい頭が痛いと言うが、正にそれだった。あまりの痛みによって私は意識を失ってしたが翌々考えてみるとあの時、私の頭は割られていたのだろう。
気付いた時には岩島舞と言う人間は死んでいた。頭が二つに割られ、その場に倒れていたが不思議な事に血が一滴も出ていない。私はそれを意外に取り乱さずに見れている。冷静でいるうちに事実を率直に述べると…私はやっぱり死んだのだ。
こうして意識のある者が死んだと言うのは矛盾しているが、そこに居た少女は確かに死んだ。結果的に自分のミスによって自らの人間としての命を失った。しかし私は存在している…こうして自分の死体と向き合うことができる、岩島舞としての意思を持っている。私には…と言うのは変かもしれないがそれでも私は私だ。今となってはここが何処かハッキリと分かる。確かに悪魔の巣窟なのだ。そこにいる野次馬共も悪魔だ。悪魔であり、私の仲間でもあろう。
私は―悪魔になっていた。