第二十五翼 神々の翼
痛い…苦しいよぉ…。
ここどこだっけ?ちょっと前の記憶なのに思い出せない…。脳から記憶を取り戻そうとするとどこからか感じる激痛がそれを遮ってしまう。身体を動かそうとしても全く思い通りにならない。体から完全に魂だけが抜けてしまった…そんな感じ。動かそうとしている体が何かに圧迫されて…指先の感覚もない。
口の中が苦い。
砂利でも入ってしまったか。苦し紛れに唾を飛ばして苦味を無くそうとするけどやっぱり口内はそのまま、苦味を残したままだ。
そもそもどうして自分がこのような状況に侵されているのか全く理解できない。この痛みから逃れたい…こんな痛み…背負わなくてはいけないのなら死んだ方がましだ。しかし自分がこの痛みに押し潰されて死んでしまうと考えると死が恐怖となってしまう。
せめて視界がはっきりすれば、周りの状況が見えてくるのに。頑なに瞼は開こうとしない。いや、すでに瞼は開いているのだが暗闇の中で周囲が見えない…という可能性もある。とにかく五里霧中なのだ。分かっていることは自分に痛みがあるということだけ。
急に一筋の光がさした。光は暗闇の中その大きさを拡大させていった。あの光に…あの光を掴みたい…あの光の中に入りたい。身体を目一杯動かすが全く光との距離は縮まない。逆に光は遠くに、確実にその姿を消していった…見えなくなる…。
次に目を覚ました時、俺はまたあの場所にいた。あの時と同じ…空間しか存在しないあの場所に。あの時、聴こえた美しい女の声。あれは一体なんだったのか…しかし今になってはどうでも良かった。ただあの時と同じ様にぷかぷかと宙を浮く感覚だけが俺の存在を認める。
そうだった。俺達は地球に来ているのだ…そして何者かの奇襲を受けて…俺は…分からない。なぜ女を殺せなかったのか、なぜ女は俺に気づかれる事なく背後に忍び寄れたのか。敵が複数居る可能性も考え極限に殺気には敏感だったはずなのだ。なぜ殺せなかった…?俺はEARTHの生え抜き暗殺部隊のはず…それなりに自覚はあったのだ、根拠のない自信と共に。しかし王政は破られた。人類最強と呼ばれたEARTH元帥の下でGC最強と呼ばれた暗殺部隊達は、ゼアール軍を前に全く歯が立たず瀕死まで追い込まれた挙げ句、次はどこぞの馬の骨かも分からない女兵士に意識を奪われたのだ。奴等を人類と見ないと言う考えもあるがそれは意味のないこと。俺は人類最強とは宇宙最強だと、とんだ勘違いをしていたのだ。
結局、俺は体半分失った頃から変わってない…弱く脆いままだ。まさか己の意識の中で己を戒める事になろうとは。
―自己嫌悪もそこまでいくと刃ですね。
まただ…やはりあの女が話し掛けている。俺の心を読み計算し操っている。俺はただ耳をもつ人形と化す。
―やはり、心を読まれる…と言うのはあまり気分の良いものではありませんか。
バカにしている。結局はそれも…
―読んでいますね。
話す必要はない…思いが通じるなら簡単なことだ。自分の心すら操って見せる。
『貴様…何者だ?』
―ほほう。自分の気持ちすら殺すことが出来るのですか…やはり君は興味深い。
『質問に答えろ…貴様は?』
―広瀬佑助…ですかねぇ。
こいつ…無駄な気が起こりそうだ。
―いやいや…無駄な気が立つと私に筒抜けですよ?
『お前…本人を前にして面白い事を言うな。』
―別に面白い事でもありませんよ。…事実ですから。
なぜか女が言う言葉に偽が含まれているとは思えない。女が言うのだ。真実だろう。
『いまいち理解に欠けるな。』
―無理もないでしょう。広瀬佑助と言う人物はこの世界に…宇宙にたった一つの存在…ですからね。
『俺はこの果てしなく続く宇宙の中なら一人や二人くらい俺が居てもおかしくはないと思っていたが…お前が言うなら事実だろう。』
―…貴方の中に私と言う新たな人と似たものを造り上げているようだ…しかし私は貴方。お忘れなく。
『…なら、なおさら不思議に思うが。』
俺は一人、頭の中で他の人格と話しているだけ…と理解した方が早そうだ。そもそも存在がないのだから、女も居なくて当然なのだから。
―ふむ…なら全てをお話ししましょうか…。貴方には知る権利がありますから。
奴をまだ俺と認めたわけではない。が、敵で無いことも確かなようだ。
すると今までの浮いた感覚が消え、体が無いにも関わらず地に脚がついた感覚があった。空間が…動いた。
―ではまずは二人の神の話をしましょう…。