第十八翼 暗黒の翼
不思議と身体に痛みはない―。俺は…死んだのか?佑助が瞳を開くと目の前には血まみれの軌跡の姿があった。まだ手首に巨大な釘が刺さったままだ。出血が止まらない…。
グローもまた大量の出血をしている。肩の辺りから腹部に渡り切り傷ができていた。肩が震えグローの眼開いてが憤怒の色に染まっていく。
「何をする!!邪魔だぁぁあ!!!!お前からコロス!!」
暗黒の瞳をギラリと光らせたままで佑助に向かって血に染まった大斧を軌跡へと振りかぶった。軌跡にはもう避ける力も残っていないようで瞳を閉じていた。軌跡が血だまりの中で膝をついて剣が掌から離れたとき二度目の血が流れた。
同時に高い悲鳴と倒れる音…それは軌跡の声ではなく、グローの悲鳴だった。グローの心臓の辺りに刀身が赤い大剣が刺さっている。グローは口から大量の血を吐いて一瞬、目を見開いて息絶えてしまった。剣が引き抜かれるとグローの死体は血だまりの中に倒れて冷たく動かなくなった。殺人鬼の最期にしちゃあ上出来だろう。倒れた軌跡を持ち上げたのは他でもない総隊長だった。
「待たせたな。」
いつの間にか身体を固定していた釘が外れて動けるようになっていた。意識のない守と大和も十字架から外され、総隊長に保護された。
「よい。全員無事だな。良かった…。」
総隊長は安堵の溜め息をついた。よく見ると首筋に汗が流れているのが分かる。余程焦ってきたのだろう。
「いやぁ…さすがだねぇ。EARTH最高指令長さん?」
いつの間にかゴードン、奥の機械兵達が武器を構えていた。この数の勢力…差は圧倒的だった。すると総隊長は佑助達に背を向けて小さく呟いた。
「ここは任せろ…この先に行くと俺が乗ってきた船がある…。それに乗ってGCに帰還してくれ。…中に緊急治療セットも積んである…。」
軌跡は腕の傷を押さえながら声帯を潰されたのか掠れた声で言った。
「しっしかし…この手勢では、父上も…」
総隊長からは今まで感じたことの無い程の殺気が感じられた。殺気だけで人を殺してしまいそうだ。
「だからってお前が戦うのか?足手まといになるだけだ!さぁ行け!!」
佑助はぐったりとした大和を担いでから軌跡の肩を叩いて、頭を横にふった。
軌跡は一瞬躊躇ったがすぐに頷くと守を担ぎ上げて歩き始めた。
「ふふっ…そうはいきませんよ?」
ゴードンがそう言うのが早いか機械兵達が魔術を発動させ、背を向ける佑助達目掛けて猛攻撃を開始した。魔術攻撃は目に見えないため回避が出来ない。しかしその魔術攻撃を総隊長は全て一本の大剣で受け止めてしまった。まるで全ての攻撃が剣に吸い込まれていくようだ。佑助達はゆっくりだが確実にゴードンから距離を離していた。
「ちっ…流石に刹那では…。」
ゴードンが言うと総隊長はニヤリと笑って大剣を天に向けて突き出した。すると頭上から黒い雷が落ちだした。雷は機械兵の軍勢の上で集まって巨大な稲妻を落とした。次の瞬間には全ての機械兵が焼き焦げていた。機械兵は一体として動いている個体が無く、ゴードンのみがその攻撃を回避していた。手には剣が握られている。いやに刀身が白い…その白さは白を越えてまるで光そのものだった。
「聖剣…やはり貴様が…。」
総隊長は息を飲んだ。急に人工呼吸器が苦しくなってきた…。
「くくっ…闇は貴方に味方してくれますかねぇ?」
「ふっ…それはお前も同じことさ…。」
ゴードンは不敵な笑みをこぼした。剣を握る拳に力が入る。
「さぁ…ショータイムの始まりだ!!」
佑助と軌跡はそれぞれ大和、守を担いで宇宙船を探していた。応急措置として止血はしたがあんなに出血してしまったので意識ははっきりしない。まだ足元は覚束無いが一秒でも早く輸血しなければ共倒れだ。手首の痛みも佑助の動きを鈍くした。そんな激痛に耐えながら必死で歩いた。大和の呼吸数が徐々に減っている…このままではまずい…。軌跡も大分参っているようで顔色がすこぶる悪い。もう自分達が生きているのかすら曖昧になってきた。
なぜか途中に倒れていた機械兵はみんな丸焦げになっていた。そのお陰で戦闘を回避する事が出来たが、思うように身体が動かないため船を見つけるのに大分苦戦を強いられている。早く…船は…どこだ…?
暫く歩いていると軌跡が船を見つけた。中には人数分の医療セットが積まれていて佑助と軌跡は意識のないメンバーを治療カプセルに入れた。治療カプセルは中にいる生体の治癒スピードを飛躍的にあげる装置である。あまり意識のない者には向かないのだがこの際そんな事も言ってられない。
佑助達は自分の怪我の治癒を行った。手首、足首にあんな巨大な釘が刺さっていた割にはあまり傷が深くなかった。しかしなぜか痛みは止まらない。佑助は右半分が機械だから軌跡達の半分の痛みしか感じないはずなのだが…。
ここで待つのは些か危険な気もするがこの痛みでは運転など出来ないのだ。軌跡もしかり…佑助達は総隊長も待つことにした…。
二人の戦士は既にボロボロだった。身体中には傷だらけで血も止まらない。息も大分上がっている。もう動けるような体力は残っていない…。互いに相手の出方をうかがった。静寂の中意識だけが朦朧としてきた。身体中が痛む…今にでも気を失ってしまいそうだ。早く決着を着けなければ。
一瞬気を緩めたその時だった。身体中から激痛が走った。今まで感じたことの無い…真の痛みだった。総隊長は気を失ってしまった。やがて剣の刀身から黒いオーラが湧いてきたと思うと中から身体の黒い巨大な龍が出てきたのだ。総隊長の口から黒い血が垂れ…龍の身体が完全に剣から出てきた。
龍の体長は10m程の翼で飛んでいた…目は紅に染まり合わせただけで命を奪われそうだ。ゴードンは目を見開いて笑っていた。
「これだぁ!!これが終末の獣ぉ!!これで俺も神と…!?」
突然ゴードンの身体中から黒い血が吹き出した。
「ぐぁぁぁあああ!!なぜだぁぁあ!!」
叫びと共にゴードンは一瞬にして命を落とした。
佑助は怯えていた…。何処からか男の叫び声が聴こえたかと思うと軌跡が突然甲高い悲鳴をあげて気を失ったのだ。とたんに黒い血を吐血し、黒い血は軌跡の口から止めどなく出てきた。佑助は慌てて治療カプセルに軌跡を入れスイッチをいれた。中で軌跡の吐血は止まった。安堵の溜め息が漏れる。
軌跡はあんな事が起こったのに佑助には何も起こらなかった。むしろさっきまでの謎の痛みが消えたくらいだった…あれから何か胸騒ぎがする…ボスに何かあったのか?…。
佑助はそっと置いてあった軌跡の長剣を懐にしまい来た道を戻っていった。